52話 難癖少年の恋愛相談

「なるほど、友達だと思っていた相手に告白されて、どうしていいかわからなくなったと、そういうわけなんだな」


 妹の話をまとめるとだいたいそんなところらしい。パリにいる俺に電話してくるくらいだから、よっぽど悩んでいるんだろう。


「……告白というか、私が勘違いしているだけで、向こうはからかっているだけなのかもしれません。確かめたくても、顔を合わせるのも恥ずかしくて……」


「それはまた難儀だな。よしのはその友達をどう思ってるんだ?」


「それがわからないから、電話してるんじゃないですか!」


「だからって俺に聞かれてもな」


 いくら兄でも妹の本当の気持ちなど知りようがない。


「このままじゃ不味いんです。夏休みが終わったら、文化祭の準備で嫌でも顔を合わせてしまいます。もうそれが気がかりで、映画も一日三つしか観れてません」


「そんなに観てたら十分だろ。飯じゃないんだから」


 よかった。映画を見る元気はまだあるらしい。しかし、困ったな。俺だって恋愛経験はほとんどないのだ。良いアドバイスができるとは思えない。


「そうだ、塔子ちゃんなら助けになってくれるんじゃないか?」


「どうしてそうなるんですかぁ‼︎‼︎‼︎」


 耳が痛くなるくらい叫ばれた。そんなに怒鳴られるとは思ってなかった。確かに同じ学校の友達には話しづらいか。


「じゃあ、篠原に話してみたらどうだ。あいつはモテるだろうから、恋愛経験豊富だろうし、きっと力になってくれるだろう」


 篠原と絶賛冷戦状態なのによくそんなこと言えたものだと、自分でも思うが、あいつは妹には優しいからなんとかなるだろう。


「それは良いアイデアですね! 私ってばお兄ちゃんみたいな朴念仁に話しても仕方ないのに馬鹿ですね。篠原氏に相談してみますね。ありがとうございます」


 ぶつりと電話は切れる。本当、一言余計なんだよな。


「誰と話してたんだよ。エマか?」


 電話を終えた俺にミシェルが問い質してくる。


「電話の相手がエマだと不味いことでもあるのか?」


「……別に。違うならいいさ」


 ミシェルの神妙な様子に俺はある察しがついた。


「さてはミシェル、エマが好きなんだろ?」


「は? 違うし! 誰があんなブス好きになるか!」


 その動揺ぶりが真実を告げていた。擦れた生き方をしていても、やっぱり子供なんだろう。強がっている様子も可愛らしいものだ。


「エマを狙っているなら、さぞかし大変だろうな」


「は? なんでだよ? いや別に興味ないけど」


 ミシェルの慌てぶりに俺は苦笑する。


「エマは侍も忍者も大好きみたいだが、鼠小僧まで好きとは言ってなかったからな」


「ネズミコゾウ? 日本のスラングか?」


「まあ、お前みたいなのそう呼ぶんだよ。エマの気を引きたいなら、盗みは止めるんだな」


「ふん、お前に何がわかるんだよ。生きるためだ。金持ちから盗んで何が悪い。あのジャン・バルジャンだってパンを盗んだじゃないか」


 ジャン・バルジャン? フランスの鼠小僧みたいなものか。


「そのジャン・バルジャンが誰かは知らないが、そいつだっていつまでもパンを盗み続けたわけじゃないだろう?」


「そりゃそうだろうけど……僕は人から奪う生き方しかできないんだ」


「そんなことはない」


「え?」


「エマに日本語を教えたんだろう。お前は人に何かを与えられるってことだ。エマはもう、お前に新しい生き方を示したんじゃないのか」


 ミシェルは考え込むように黙ってしまう。壁に積み上がった古い電話機を見ているようでもあった。


 俺が偉そうなこと言わなくても、ミシェルは自分でも気が付いているはずだ。ミシェルは俺なんかよりもずっと賢い。じゃなければ、エマに日本語を教えるなんて到底できるわけもない。これから先どんな生き方だってできるだろう。


「少なくとも俺には与えられるものがあるんじゃないのか?」


 ミシェルはニヤリと笑って、帽子の鍔を持ち上げた。


「なんだ、やっぱり気付いてたんだ。日本人は騙しやすいと思ったんだけど」


 差し出した俺の手にミシェルは腕時計を載せる。相変わらずボロボロなのに、簡単には壊れてはくれない、変な時計だった。これで篠原も勘弁してくれるといいんだけど。


「川に投げ捨てたのはダミーだよ。でもどうしてわかったのさ。完璧にすり替えたつもりだったんだけど」


「別に気付いていたわけじゃない」


「へ?」


「時計がないと、あいつに許してもらえそうにないから、ダメもとで言ってみただけだ」


 服はもう乾いただろうか。早くホテルに戻らないとな。美少女たちを待たせると後が怖い。



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