35話 明日は晴れるかな……
雨の降る中、タクシーに乗り込もうとする私に父は自分が濡れるのも構わずに傘を宛てがってくれた。だけど、私が奥の座席に詰める前に、父はドアを閉めてしまった。窓を下げて、雨中に立つ父の顔を見つめる。私が声をかけようとすると、父は腰をかがめて目線を合わせてくれる。
「一緒に帰れないの?」
「悪いな。まだ仕事が残っているんだ」
「そう。……あのねパパ、再婚のことだけど」
「やっぱり、嫌か?」
「いいえ、違うの」
「じゃあ、悠太くんのことかい」
「それも違うの」
「なんでも言って欲しい」
「ううん、やっぱりなんでもないわ。それより……」
「水希?」
「再婚おめでとう、パパ。まだ言っていなかったから」
「ありがとう」
出してくれ、と父は運転手に合図した。私は車中から後ろを振り返って、遠ざかっていく背中を消えてしまうまで目で追いかけた。
タオルで濡れてしまった髪を拭う。部屋に入り。クローゼットを開け、目当てのものを持ってベッドに座った。タオルを首にかけたまま、私はアルバムを開いた。写真に写る母は映画の中とはまったく別の顔をしていた。母の顔の輪郭をなぞるように指を滑らせた。楽器の弦に触れたわけでもないのに、何かが潰れるような鈍い音が響いた気がした。
いつまでそうしていたんだろうか、唐突なスマホの通知音に目を覚まされる思いだった。別に誰も見ていないのに慌ててアルバムを閉じる。鞄から携帯を取り出して、通知を確かめた。
「よしのちゃんからだわ。映画部兼写真部が廃部の危機? カメラを持って来て欲しいって……」
明日は特に予定がなかったはずだ。もとより、よしのちゃんの頼みを断るつもりはない。だって、彼女も私の妹になるのだから。
都合の良いことに先生がくれたカメラがある。私は早速返事を打とうと、rainでよしのちゃんへのメッセージを書き始める。
「…………」
文面を考えている途中で思い直して、よしのちゃんではなく、彼にメッセージを送った。
《私は二人を祝福したいって思ってるよ》
「嘘よ」
私はベッドに倒れこむ。前髪に残っていた雫を指で弾いた。
「明日は晴れるかな……」
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