34話 再婚でもなんでも勝手にすればいいわ!
文房具屋でインクを買うついでに私は彼と同じ万年筆を探していた。しかし、店員に聞いても彼のと同じモデルの万年筆は知らないそうだ。スマートフォンでウェブ検索してみても、まるで情報が出てこない。
インクを買った彼にも同じことを伝えていると、後ろから綺麗な女性に声をかけられた。どうやら悠太くんのお母さんらしい。そして彼女の隣には……
「パパ!?」
突然のことだったから、人前でパパと呼んでしまった。恥ずかしいから隠していたのに。でも、それよりもどうして父が彼のお母さんと一緒にいるのだろう。
「水希、どうしてここに?」
父も驚いているようだった。意外な組み合わせなのはお互い同じらしい。そして私は最悪な結論にたどり着く。
「「もしかして、再婚相手って……」」
彼と声が被って、同時に顔を見合わせた。
神様、こんなのあんまりだわ。せっかく、彼と結ばれる直前だったのに、どうしてこんな試練をお与えになるのか。
私たち四人は近隣にあるカフェに入って話をすることになった。本当ならよしのちゃんも交えて、レストランで顔合わせする予定だったそうだ。
再婚する二人は私たちが同じ高校のクラスメイトで既に親交があることに素直に驚き、そして喜んでいるようでもあった。また話は幼稚園時代にまで遡り、これは運命だと二人は囃し立てた。大人っていうのはどうして子供のことにはここまで無神経でいられるんだろう。その大事な運命を台無しにしようとしているのは当の本人たちなのに。
「陽子さん、彼と二人きりにしてくれないかな。水希も席を外してくれ」
「じゃあ、私と水希ちゃんは別の席に移りましょうか」
「「え?」」
父が急にとんでもないこと言い出した。いきなりお義母さんと二人っきりになれだなんて。いや、それは彼も同じか。陽子さんが私の手を掴んで、別の席に移動させられた。父と席に残った彼はまるで子犬のように緊張で震えている。
陽子さんと私は向こうの会話も聞こえないくらい離れた席に向かい合って座った。まじまじと相手の顔を見ると、綺麗な人だなと思うと同時に彼と目元がよく似ていることに気づいた。
「それで二人はどこまでいったの?」
「へ?」
「キスはしたの? まさかそれ以上しちゃった?」
「え? え?」
あまりのことに動揺して言葉が出てこない。
「だって悠太と付き合っているんでしょう?」
「ま、まだ付き合ってません!」
「あら、そうなの。なら都合がいいわね」
「都合がいいってどういうことですか?」
「だってそうでしょう、二人は兄弟になるんだもの。これから同じ屋根の下で一緒に暮らすんだから、そういう関係でいてほしくないのよ」
「そ、それは……」
確かに義理とはいえ、私と彼は兄妹になるのだ。兄妹同士の恋愛なんてあまり褒められたものではない。それに世間体も悪い。父は会社を経営しているから、きっと反対されるだろう。
「だからさ、悠太のことは諦めてくれないかな」
「それはできません」
なんの考えもなしに口に出てしまった。しかし、それが本心だった。どういうわけか陽子さんはそんな私を見て嬉しそうに笑った。まるで考えの読めない人だ。
「二人が再婚することに反対はしません。けど、それと悠太くんとのことは別問題です」
「そっか、ならこっちにも考えがあるんだよね」
陽子さんはカバンからクリアファイルを取り出した。中には可愛らしい便箋や封筒がごっそりと入っている。おそらくは小さな子供が書いた手紙だろう。
「これ見覚えがあるわよね。だってあなたが書いたんだから」
「それは、まさか……」
クリアファイルの中身を陽子さんはテーブルに広げる。手紙の文面に目を落として、私はすかさず体を伸ばしてテーブルに覆いかぶさった。
「これは、これだけは勘弁してください!」
「全部とってあるのよ。幼稚園のときあなたが悠太に送った熱いラブレターの数々。随分と恥ずかしいことも書いてあるようね」
「これは今すぐ燃やしてください! 今すぐ滅却してぇ!」
それは私の黒歴史だ。幼い私はその無邪気さと素直さから毎日のように彼への愛を綴った手紙を渡していた。今では思い出すだけで寒気がする。そんな私の恥部がすべてまるっと保管されているとは思っていなかった。
「これを今ここで読み上げてもいいわね、それともネットにあげようかしら、ああ、雑誌で特集記事を組んでもいいかもしれない」
「あ、あのお義母さま、なんでもするのでそれだけは……」
「じゃあ、悠太と別れてくれる?」
なんて意地悪で狡猾な人なの! 優しい彼とは大違いだ。しかし、肝心のブツは彼女に握られている。これでは再婚してからも彼女に一切逆らうことができないじゃない。
私は椅子から立ち上がって、陽子さんを睨みつける。覚悟を決める時だ。
「再婚でもなんでも勝手にすればいいわ! て、手紙だって好きにすればいい。それでも私は悠太くんを諦めませんから!」
「あら、それでいいのね」
「ええ、たとえあなたちが結婚したとしても、私たちだって血が繋がっていないんだから、法律上は結婚できるはずよ。誰にも文句を言われる筋合いはないわ!」
ああ、私は将来のお義母さまになんてことを言ってしまったんだ。これでは後々の関係に支障が出てしまうだろう。でももう自分を止めることはできなかった。
「そんなに悠太のことを好いてくれているのね」
「ええ、そうです。私は彼が大好きです!」
「よかった。水希ちゃんがそう言ってくれて」
陽子さんは心底嬉しそうに言った。
「へ?」
「さっきの別れてくれってのは冗談よ」
「冗談!?」
「ただ、確かめたかったのよ。この手紙に書いてあることが本当なのかどうか」
陽子さんは私の手紙を懐かしそうに指で撫でた。
「全部ね、大事にとっていたのよ。大切な手紙だからね。ずっと、あなたに会いたいなって思っていたの」
「……お義母さん」
「悠太のことよろしくね、水希ちゃん」
陽子さんは私の手を握った。どうしてだろうか、そのとき彼女のことが少しわかったような気がした。彼女も素直じゃないのだ、私と一緒で。
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