5話 まるでデートみたいに
ドリンクを持って、二人で席に座ると、まるでデートの休憩に来たカップルのようで気恥ずかしい。こんなところをクラスの誰かに見られたら、
篠原はコーヒーも飲まずに、さっき買ったばかりの腕時計を自分の手に付けていろんな角度で眺めていた。あんなにダサいと言っていたのが嘘のようだ。それにしても、美人というものは何を付けていても様になるようで、あの無骨な時計が、篠原の腕にあると人気のファッションアイテムにみえてくるから不思議だった。
「気に入ったみたいだな」
俺はブレンドコーヒーを
「気に入ってなんかないわよ。こんな時計」
「じゃあ、なんで買ったんだ?」
「それは……あんた前はこんな時計付けていなかったでしょ?」
「前って?」
「始業式の日よ」
始業式か、一週間前のことなのにずいぶん昔のことに感じる。あの日は校長の訓辞を体育館で聞いた後、新しいクラスで顔合わせと簡単な自己紹介だけで終わったはずだ。それから俺は丸一週間休んでしまった。もし、篠原の隣の席になっていなければ、俺の名前さえ誰も覚えていなかったかもしれない。
この時計を付け始めたのは確かに今日からだ。始業式で一度顔を合わせただけの、それから一週間も姿を見せなかった人物の些細な変化に気づくなんて、篠原はやはり抜群の記憶力を持っているらしい。学業が優秀なのも頷ける。
「あんたが付けている時計、傷だらけよね。随分と長く使っている感じ。でも、始業式の日は付けてなかった」
「その日はたまたま忘れただけかもしれないだろ」
「でも、あんたはそういうズボラな人間には見えない。一週間も休んでいたのに、時間割は把握してたし、予習もちゃんとやってた」
「よく観察しているんだな」
「隣の席だから嫌でも目に入るの。だから私言ったの。変な時計だって。着古しているのに、今日初めて付けてきたみたいだから」
「まるで名探偵だな。そうだよ、この時計は貰い物なんだ」
「だから気になるじゃない。新品がどこでも買えるくらいだから、別に希少なものでもない。それなのにわざわざそんなボロを付けている理由があるってことでしょう」
「それが理由なのか? わざわざ俺に案内させてまで、時計買ったのは」
「そう。それ以外に考えられないでしょう」
篠原は何故か顔を赤面させながら言う。天才美少女の考えることは俺にはよくわからない。こんな使い古したただの時計を世界一地味な俺が付けていたところで、誰も気にも留めないはずだ。なのに、一日隣に座っていただけの彼女が、この時計の意味を見抜いてしまうなんて。
「お前って面白いやつだな」
素直な感想が口から漏れ出た。
「当然でしょう。私より魅力的な人間はこの学校にいないもの。あんたはそんな私の隣なんだから、もっと喜ぶべきよ。だいたい、せっかく私の隣の席に選ばれたのに、一週間も休むなんて……くじに細工した意味がないじゃない……」
「なんか言ったか」
最後のほうが小声だったのでうまく聞き取れなかった。
「あなたは神に感謝すべきと言ったのよ」
そんなことはどうでもいい、と篠原は核心に迫ろうとする。
「その時計、誰からもらったのよ。まさか女じゃないでしょうね」
「いや、そんなわけないだろ」
「じゃあ、誰?」
俺は言葉に詰まってしまう。本当ならクラスの誰にも話す気はなかった。それはわざわざ周囲に喧伝するようなことではなく、ちっとも特別ではない、世間ではままあることだと思ったからだ。
けれど、今俺は学校一の美少女と話している。いや、彼女は俺にとっても一番の美少女だ。これが特別なことでないはずがない。もしかしたら、もう二度とこんな機会は訪れないのかもしれない。
篠原は凛としたその大きな瞳を瞬かせながら、俺が答えるのを待っていた。篠原と話すのが今日で最後なら、今日くらいは話してもいいのかもしれない。
「これは親父からもらったんだ。……形見なんだよ」
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