思考の落とし穴

 槍が四本ずつ投じられ、地面に突き立ってはイノリの行く手を阻む。

 止まっていたらいずれ当たるので、向きを変えて転がるしかない。

 右に転がった際、兜が槍につっかえた。

 どけようとルークスがイノリの手を動かし、掴み損ねた。

 手が当たっただけで槍は倒れてしまう。

「!?」

 槍は浅く刺さっているだけらしい。そして倒れたら軟らかい土でも沈まない。

「それだ!」

 ルークスは活路を見いだした。


 中央にあった白いクイーンの駒が、二重円に並べた赤い駒に近づいてゆく。

 穴蔵に一人こもっているシノシュは、ゆっくりと首を振った。

「足を取られはしても動けるか。投槍が当たることは期待できないな」

 だがその口元は緩んだままだ。

「そのままバーサーカーに向かうがいいさ」


 イノリは槍を抜き、前に倒してその柄を踏んで進む。

 支援型が投げてくる槍は、足場に格好だった。

 木製の柄は重量をかけても折れずにしなり、くるぶしまでしか沈まない。

 また抜いて前に倒し、さらに一歩。

 端の方を踏むと足が沈み込み、反対側が浮き上がってイノリは前のめりになった。

 踏み戻して立て直す。

 次の槍を抜いて倒し、それを踏んで進み、手が届く槍を抜き、倒す。

 ゆるゆると埋め立て地を進む。

 点在するバーサーカーの合間を目指していたのだが、あと一息の所で右のバーサーカーが横に移動、正面に来てしまった。

 逆に左の方は遠ざかる。

 一定の間隔を保つためか、他もそれに合わせて位置を調整する。

「どこかに引き寄せて、隙間をこじ開けるのは無理か」

 意を決して槍を二本斜め前に投げ、バーサーカーの盾側を突破する賭に出た。

 踏み出した右足が槍と周囲の土ごと沈み込む。

「落とし穴か!?」

 そろそろ歩きが幸いし、足を戻して落下は免れた。


「どうやら新型ゴーレムは、地上しか見えないようだな」

 一度は内陣に肉薄したクイーンが後退するのを見て、シノシュは薄く笑った。

 全力疾走してきた時ならまだしも、埋め立て時に残した空間に気付かないとは。

 グラン・ノームのオブスタンティアも「従わないノーム」を見ていない。

「ルークスには偵察などに使えるノームがいないのだな」

 グラン・シルフ使いと契約できるノームがいる時点で奇蹟なのだ。複数のノームと契約できなくても不思議ではない。むしろ当然である。

「新型ゴーレムは地下からの攻撃に無防備か。オブスタンティア」

 土を介してグラン・ノームに指示を出した。


 イノリを数歩下がらせ、やっとルークスは息をつく。

 心臓が跳ね馬のように暴れ、全身が汗にまみれていた。

「どうして、ここに行くと分かった?」

 円陣のどこに行くかは予想できないはずなのに、落とし穴があるとは。

「そうか、点ではなく線――穴じゃなくて溝か!? 埋め立て地を一周しているぞ、これは」

 罠は三重どころか四重だった。あるいはそれ以上――

「ルールー、足下が揺れ始めたです」

 ノンノンの警告に、ルークスは総毛立った。

 その意味するところを悟り、すぐに移動を始める。

「落とし溝がバレたから、今度は真下を掘っているのか?」

 被せただけの土なので、圧縮するなどで地表に影響を与えず空間を作れるのかも。

 止まっていると落とされるので、イノリは常に移動を強いられた。

 支援型が投げつける槍を抜き、足場にしながら。

 しかし、いずれは既に作られた空間に落ちるだろう。

「地面の下が見えないからなあ」

 弱音が漏れるほどルークスは追い込まれていた。

 精霊たちも焦れている。

「じれってえなあ。あたしの出番はまだなのか?」

 イノリが背負った火炎槍に宿るカリディータが短気を起こした。

「サラマンダーよ、主様を守ることが最優先であるぞ」

「んなこたぁ分かってらあ。グラン・シルフ様よぉ、いつもみてえに邪魔物を吹き飛ばせねえのか?」

「相手がグラン・ノームでは、たとえ地上でも無理だな。ましてや地下にいては」

「土だよ土! 全部吹っ飛ばせ」

「無理を言うな。どれだけ膨大か」

 険悪な空気にルークスは頭が痛くなった。

 罠から抜け出るには、落とし溝を跳び越えねばならない。

 その為には助走が必要だ。

 しかし走れるほど固い地面が罠の中には無かった。

 倒した投槍を足場によたよた歩くのがやっとなのだ。

「ルールー、また揺れてきたです」

 イノリはバーサーカーへと追い立てられる。

「固い地面さえあれば」

 待ち構えるバーサーカーから向こうにしか、それは見つからなかった。

「待てよ……」

 ルークスは敵ゴーレムの足下を見つめる。

「そうだ。固い地面、あるじゃないか。インスピラティオーネ、友達を集めて。土を吹き飛ばすんだ」

「ですからそれは――」

「全部じゃない。落とし溝に被さる分を取り除くだけでいい」


 海上でやったようにシルフたちは竜巻を起こし、埋め立て地の土を吹き飛ばす。

 バーサーカーの手前には崖、その急斜面を利用した深い溝が露出した。

「ゴーレムを支える土は固くなきゃね」

 イノリは崖に飛び付いた。固い土はしっかりと支えてくれる。

 急斜面ではあるが手を使えば登れないことはない。

 右手からバーサーカーが近づいてくるので急がなければ。

「ルールー、地面が揺れるです」

 ノンノンが警告したその時、斜面が立ち上がりはじめた。

 バーサーカーが大きく傾く。

「まさかっ!?」

 ゴーレム愛では誰にも負けないゆえに、ルークスが「無意識に排除していた行為」を敵は実行した。

 自軍ゴーレムもろとも崖を崩したのだ。

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