大地の怒り

 大地の怒り――それはサントル帝国の新兵器である。

 水蒸気圧で鉄球を打ちだす射程武器、としかルークスは知らない。

 それどころか王宮工房では「加熱による空気膨張」と思われていたので、お話にならないほど射出能力が低いと思われていた。

 だが、誤情報は一つではなかった。

「何が鉄球だっ!? 飛距離で空っぽだと分かるだろ!? 丸ごと鉄ならどれだけ重いと思っているんだ!?」

 ルークスが水繭内に声を響かせるので、ウンディーネが心配する。

「ルークスちゃん、落ち着いて」

「考えれば分かることだ。鉄球が当たったくらいじゃ、せいぜい鎧が割れる程度。ゴーレムに対する決め手にならない。そんな物を使うのに、さらに重い四つ足なんか作らないよな」

 今度は低い声で笑いだした。

「そうだよな。十四才の女の子でも思いつくことだ。帝国の技術者が発想してもおかしくはない」

「主様、大地の怒りは一体?」

 グラン・シルフの問いかけに少年は答えた。

「あれは、ゴーレムを攻撃する武器じゃない。後方から前線を飛び越えて敵本陣を直接攻撃する、決戦兵器だ!」

 外見が鉄球でも、中が空なら飛距離はまるで違ってくる。

 否、加圧水蒸気が詰まっていて、着弾の衝撃で破裂するのは自ら飛ぶ矢セルフボルトと同じ原理だ。

 相違点は目標である。

 大地の怒りは、外殻を破片にして飛び散らし周囲を殺傷する、対人兵器だ。

 ゴーレムを無力化する最善の方法は、ゴーレムの破壊ではなくコマンダーの無力化なのは軍事常識である。

 頭上から降ってくる死の使いには、平地に敷いた陣では為す術がない。

「素人を間諜にしているせいで、見当違いの情報を寄越したんだ! 戦場の様相を一変させる、戦略兵器じゃないか!!」


 後方からコマンダーが指示をして、ゴーレムが潰し合う時代は終わった。


 これからはコマンダーも指揮官も身を隠さねばならない。

 当然視界が悪化して、自他のゴーレムの識別さえ困難になる。

 グラン・ノームによる集団運用ができない軍隊は、既に時代遅れになっていた。

 パトリア軍も例外ではない!!

 帝国軍がこの時期に外征を始めたのは、偶然ではなかった。

 ゴーレムは消耗戦、という従来の戦術を陳腐化させる新兵器が完成したからだ。


 三度目の着弾、今度は飛来する球をシルフが確認できた。

 陣地のすぐ横で弾け、飛び散った破片がイノリの鎧に当たって火花を散らす。

 落下地点は着実に陣地に近づいていた。

 その意味するところをルークスは悟る。

「グラン・ノームは落下場所が分かる! 風向きを変えろ。一発ごとに変えるんだ!」

 矢ほどでないにせよ、中空の球体は風に流される。

 一定の方向と強さの風を維持していたら、ズレを修正されて命中してしまう。

 今までは敵兵対策の盛り土が破片を防いでくれていたが、陣地の中に落ちたら最後、スーマム将軍やゴーレムコマンダーたちは全滅だ。


 イノリは右肩に担いだレールを斜め上に向けた。

「ここから、後方の四足型ゴーレムを狙う! どこでもいいから当ててくれ!」

 白い尾を引いて放たれた矢を、シルフが誘導する。

 ダミーを叩くレンジャーと、その後ろで棒立ちしているレンジャーの列は越えたが、四足型ゴーレムの手前で力尽きてしまった。

 地面に落ちた衝撃で矢は無駄に破裂する。

 対して敵は四発目の怒りを射出した。

 風向きが西寄りになったせいで陣地の東に外れる。

 それでも火に炙られたような焦燥感にルークスは駆られた。

 いくら命中精度で勝ろうと、射程距離で負けている。

 風を読んで修正されていれば、いずれ当たるだろう。

 たとえレンジャーを全滅させても、味方コマンダーを失っては勝利ではない。


 ルークスは決意した。

「打って出る! 将軍に伝えてくれ!」

 シルフの伝令がすぐ戻って来た。

「まぐれ当たりを恐れる必要なし。作戦続行を願う」

 結果的により多くを救えれば、味方の損害を受け入れるのが軍隊である。

 新型ゴーレムの位置という重要情報より、部下の命は優先順位が低かった。

 だが幼い頃からの顔なじみを、父の元部下たちを死なせるなどルークスにはできない。

「四つ足を撃破したら、そのまま敵本隊に向かいます。グラン・ノームがない本隊など簡単です」

 しかしスーマム将軍は「本隊にもグラン・ノームがいる可能性を考慮されたし」と返答してきた。

 指揮官はルークスだが所詮は子供、戦術上の判断は将軍がするべきだ。

 そして年長者の意見の方が正しいことは、少年にも分かっていた。

「でもそれじゃダメなんだ。このままじゃ皆が」

 狼狽えるルークスに、インスピラティオーネが助言する。

「主様、将軍はイノリを詳しく知りませぬ。主様が危険と知れば認めるでしょう」

 イノリの鎧は前後だけで、両脇を革ベルトで繋いでいる。

 最初の大地の怒りは横で破裂したので、左から入った破片が鎧の内側で跳ね返ってから右へ抜ける間に、水繭を掠めたのだ。

「それじゃ秘密が両軍兵士に知られちゃうよ! それに僕なら、球が飛んできた方にイノリを向ければ大丈夫だ」

「主様が守りたいのはコマンダーたちでしょうが、将軍が守りたいのは主様だけなのです。ですので将軍を説得できる情報を、本人だけに聞かせれば済みます」

「すぐ横で戦槌が鋼鉄の骨を叩いている。ささやき声なんか聞こえないよ」

「ならば周囲の音が耳に入らないようにしましょう」

 グラン・シルフはシルフを二名送った。

 精霊に肉体はない。

 人間と触れあうとき物質の真似をするだけだ。

 そのサイズは自分の影響範囲に限定されるので、大きくなるには限界があるが、小さくなる分には際限がない。

 シルフたちは豆粒より小さくなり、スーマム将軍の左右の耳穴に飛び込んだ。

 空気の断層を作って外部からの音を遮断し、右耳のシルフがささやく。

「将軍、あの武器はルークスの命を脅かした。彼を守るために破壊する」

 突然両耳に異常が生じ、続いて頭蓋骨の中で声が響くので若い将軍は仰天した。

 まるで自分の声のように、頭の中で他人の声がするなど生まれて初めてである。

 精霊使いではない彼は、未知の体験に驚きはしたが「自分に知識がないのだ」と納得した。

 学園の教師たちなら認めなかったろうが。

 シルフが狭い穴に入り、空気を遮断して閉じこもる、のは風精の性質に反する。


 だがそれは空気が動かない密閉空間が苦痛なだけで、物理的に不可能ではない。

 ルークスが危険な状況で、拒む友達はいなかった。

 スーマム将軍は作戦変更を告げる。

「了解した。ルークス卿には、敵射程武器の無力化を期待する」


 イノリは台に置いてあった火炎槍を手にし、サラマンダーへと差し伸べる。

「カリディータ! 火炎槍の出番だ!」

「任せろ!!」

 レールに一本の矢を乗せ、槍を握ってイノリは台から飛び降りた。


 その瞬間、グラン・ノームのオブスタンティアは最優先目標を探知した。

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