首都制圧

 イノリが迫っても、東門前に立つ二基のゴーレムは動かなかった。

 強風が吹きすさぶ大王都の三箇所にある門には、二基ずつ帝国軍のクリムゾン・バーサーカーが配置されている。

 東の軍港より攻め上ったルークスは、手前の二基から片付けに入った。

 無防備に直立しているゴーレムの正面に駆け込んだイノリは、敵の兜と鎧の隙間、喉首を上から火炎槍で突き下ろした。

 深々と穂先が刺さった直後、兜が中身ごと吹き飛んだ。

 高々と上がった兜は、地面に落下して派手な音を立てる。

 本体は崩れ、盾と戦槌が地面に落ちてまた轟音を響かせた。

 僚基が破壊されたのに、もう一基が動かないのでルークスは驚く。

「動くのを禁じられているのか?」

 奇襲される程度も考えていないのか、自律行動を認めないほど帝国は精霊を信じていないのか。

 無能な人間に使われるゴーレムにルークスは同情してしまう。

「嫌な作業はさっさと終わらせよう」

 ゴーレム愛では誰にも負けない少年にとって、ゴーレムを破壊するのは不愉快極まりない作業だった。


 東門の二基を破壊したあと、ルークスはイノリを城壁沿いに外周を走らせた。

 ゴーレムから抜けたノームが戻るまでの間に、外にいる四基を始末できそうだ。

 南門の二基も、撃破されても動かなかった。

 イノリが西門に到着する頃、ようやく帝国軍のゴーレムが動きだした。

 クリムゾン・バーサーカーが盾を向けたところにイノリは駆け込み、一基撃破。

 もう一基が戦槌を振り上げる前に側面に回りこみ、右脇の下を突いて撃破。

「よーし。じゃあ町中のゴーレムを始末にかかろう」

 ルークスは努めて明るく振る舞い、気乗りしない仕事に取り組むのだった。


                  א


「シノシュ、ノーム二体が土に戻ったぞ」

 少年は女性の声に目を覚ました。

 ベッド脇に立つ人影が、グラン・ノームのオブスタンティアであると気配で分かる。

 室内が真っ暗なので、まだ夜更けだろうと推測した。

 シノシュは土の大精霊に「ゴーレムから離脱したノームの名前」を尋ねる。

 第八十九連隊第一大隊第三中隊所属ノームの名前が出た。

 大王都ケファレイオに配置された十六基のノームを、シノシュは頭に入れている。

 その一体なので少年はため息を漏らした。

(大王都到着は早くて夜明けと思ったが)

 馬でもそれくらいかかるはず。

 パトリアの新型ゴーレムは馬より速く走れるらしい。

「師団長に報告してください」

 土の大精霊はノームを伝令に送った。

 白髪の少年は軍服のシャツを着ていた。ズボンを履いて上着を羽織るだけで着替え終わる。


 テーブルに地図を広げてある宿の居間が臨時の師団本部である。

 士官である市民様は当直などしないので、下士官が一人いるだけだ。

 シノシュが行くと、当直下士官は引き継ぎをして下がった。

 地図上の大王都に刺してあるピンを、シノシュは抜いた。グラン・ノームが新たに名前を告げる度に、小隊単位で一本、また一本と。

 大王都での詳しい配置は分からないが二基ずつ、つまり小隊単位で撃破されているのはわかった。

「二基ほぼ同時ですか?」

「相次いで土に戻っているのは確かだ」

 グラン・ノームの返答にシノシュは考えた。

 動きが速いのは、走るという情報で判明している。

 だがゴーレムを撃破する早さはどうだ?

(どう考えても一撃で大破させている。速さで翻弄して背後から、にしては二基目の撃破が早すぎる)

 アロガン師団長はシャツを着ただけでやってきたが、シノシュが身だしなみのチェックを終えてもまだ余裕があった。

 大あくびをしてから少年に尋ねる。

「敵が大王都を攻撃しただと?」

「申し訳ありません。そこまでは不明です。現時点で確認されたのは、十基のゴーレムからノームが抜けたことのみです」

「やられたのか?」

「現地指揮官がゴーレムからの離脱を命じたなら別ですが、他にノームがゴーレムから抜ける理由は考えられません」

「シノシュ、また一体、ノームが土へ戻った」

 長身の少年は脈拍を数えた。

「また一体」

「そんなに早くか!?」

 師団長の銅鑼声に邪魔されたが、五拍数えなかった。

(鎧袖一触で撃破されたとしか思えぬ早さだ)

「北から部隊を戻しているが、これでは間に合わんぞ」

 アロガン将軍は紫に染めた髭を撫でた。

 移動命令が届いたかも怪しい、とは大衆階級の少年は口にしなかった。


 征北軍司令部から放たれた伝令シルフが、全く戻ってこない。

 パトリアやマルヴァドから放たれたシルフは、この本陣にいるグラン・シルフが近辺のシルフに命じて追い返している。

 だが征北軍が占領部隊や本国へ送ったシルフで、追い返された者はいなかった。

(パトリアのグラン・シルフは、追い返す以外の対処をしているらしいな)

 シノシュの推測は正しかった。

 帝国軍本陣は、ルークスの友達に包囲されていた。

 出てきたシルフにまといつき、進むのを妨害しているのだ。

 追い返さない。

 ただ進行の邪魔をして時間を稼ぐだけ。

 目的地に到着するまでシルフは飛び続けるので、結果征北軍司令部のシルフはほとんど出払ってしまった。

 征北軍の誰も「ルークスはグラン・シルフ以外に百以上のシルフを動員できる」事を知らされていなかった。

 帝国本土にはその情報が複数の情報源から寄せられていたが、誰も信じず捨てられていた。

 その為征北軍は情報戦で完全に遅れを取っている。

 グラン・ノームによるノームの位置確認が、唯一の戦況を知る手段であった。


 師団長から呼ばれたホウト元帥は、入室するや怒鳴った。

「大王都が攻撃されているだと!? シルフから連絡は入っておらんぞ!!」

 身なりを整える間、頭を冷やす時間はあったのにご機嫌斜めである。

 格下に呼びつけられたことが腹立たしいのだろう、とシノシュは表情を読んだ。

 それまでの威勢が消えたアロガン将軍は小声で言う。

「撃破以外に、全てのゴーレムからノームが離れるなど考えられません」

 こちらも元帥が来るまでに軍服を着てきている。

「離れたのは間違いないのか?」

「どうなんだ?」

 元帥の問いかけを師団長はシノシュに丸投げした。

 少年は後ろに立つグラン・ノームに振り向いた。

 女性精霊はきっぱりと言う。

「精霊の言葉を疑うなら、それまでだ」

「だそうです」

 と大衆階級の少年は、自ら答える危険を避けた。

 ホウト元帥の声量はさらに上がる。

「一個連隊を置いてきたのだぞ! ルディキ将軍は何をしていた!? 恐れ多くも皇帝陛下に『敵に裏をかかれて首都が落とされました』などと報告できるか!?」

(ここにいない人を怒鳴るなんて、二重に無意味だ)

 と内心に生じた軽蔑を、シノシュは即座に振り払った。

 微塵でも顔に出たら命取りとなる。

 自分は一個の駒。

 市民様の命令通りに動くだけ。

 それが大衆が生きのびる――家族を巻き添えにしない唯一の道なのだから。


                  א


 リスティア大王国首都ケファレイオの大王城は、夜半に突然の轟音と地響きに揺るがされた。

 十七才の少女ヴラヴィは跳ね起きた。

 呼吸は乱れ、心臓が早馬のようにせわしく脈動している。

 何か大きな音がしたのか、それとも悪夢だったのか。

 どちらにせよ直前の記憶は無かった。

 再び雷のごとき轟音が響いてきた。

「陛下、ご無事で!?」

 寝室の扉が叩かれた。

 少女はやっと、自分が祖国に戻って来たことを思い出した。

 寝汗が酷く、モロコシの毛のように腰がない亜麻色の髪が頬に張りついている。

 ヴラヴィ大女王は居住まいを正し、務めて平然を装う。

「入りなさい」

 灰色頭の年配女性が入ってきた。

 帝国へ亡命した際にも同行した女官長である。

 レースのカーテンの向こうで深々と頭を垂れる。

「夜分に御寝所をお騒がせして申し訳ございません」

「何ごとです?」

「外で大きな音が。恐らく敵が攻めてきたものかと」

「敵ですか。私にとっての敵とは何者でしょうね?」

 両親の仇であるアラゾニキ四世なら、まさしく敵である。

 だがその男はヴラヴィが帰国するより前に、隣国の虜囚となっていた。

 アラゾニキを倒す為に帝国の傀儡になったヴラヴィは、玉座に着いたと同時に騙されたと知った。

 リスティア大王国はアラゾニキを見捨てていた――つまり自分はアラゾニキを除いてくれた祖国を滅ぼしてしまったのだ。

 彼女を玉座に据えたサントル帝国も、用が済めば殺しに来るのは間違いない。

 味方どころか敵である。

 ヴラヴィの周りは全て敵だった。

 味方など一人もいない。

 

 雷鳴のような音またした。二回。

 部屋に衛兵が入ってきた。

「申しあげます。外部との連絡が取れない状況です。帝国軍も事態を把握していない模様」

 城壁など外を守るのは帝国軍だが、城内警備はリスティア人が行っていた。

 アラゾニキの元部下なので信用できないが。

 ヴラヴィが連れ戻ったのは女官と侍従の一握りで、武官はいなかった。

 窓の外は強風が吹き荒れ、月は雲に隠れているので様子が分からない。

 また雷鳴と地響き。しかも二回。

 なぜ二回ずつなのか?

 雷鳴と地響きは次第に強まってゆく。

 そして間近に落雷したのか、轟音が窓を叩き、振動が城を揺るがした。

「まるでこの世の終わりが来るようです」

 不意に外が静まった。

 風が弱まり、雲が払われた。

 ヴラヴィはバルコニーに出た。

 月が現れ、王都が一望できる。

「――無い?」

 城の正面に二基、門の両側に立っていた帝国軍のゴーレムが無かった。

 町中の要所にもいたはずだが、一基も見当たらない。

 ゴーレムより高い建物はあるが、まさか十数基すべてが死角に隠れたとは思えなかった。

 町を囲む城壁の上に篝火がまた灯されたとき、ヴラヴィは息を飲んだ。

「――!?」

 東の門の向こうに、巨大な人影が見えた。

 篝火を照り返しているのは鎧兜らしい。だが人間ではあり得ないほど巨大だった。

 ゴーレムなら分かる。

 戦闘ゴーレムはちょうどあれ位の大きさだ。

 だがゴーレムとは思えぬほどの細身、姿形は完全に人間、しかも女性だった。

 巨大な女性像は手に松明を持っている。

 それを城壁の上に置いた。

 女性は両手を城壁に着くと、反動を付けて跳びあがる。

 片足を振り上げ城壁にかけ、体を持ち上げて城壁を乗り越えた。

 動作が人間そのもので、ゴーレムとは思えない。

「あれは何です?」

 大女王に問われた衛兵は、見るも無惨に青ざめていた。

「パ……パトリアの新型ゴーレムです! アラゾニキ大王陛下を誘拐した、あの――我が軍のゴーレム部隊を壊滅させた、あの新型です!」

「では先ほどの轟音は?」

「恐らく――帝国軍のゴーレムが破壊された音と――倒れた振動かと」

 一国のゴーレム部隊を壊滅させた新兵器なら、大王都にいた十数基に勝てるのは道理だ、とヴラヴィは簡単に納得した。

 それがどれだけ非常識か知らなかったから。

「陛下、ここは危険です」

 女官長が避難を促す。

「どこへ逃げろと?」

「ここでなければどこへでも。敵が王城を攻めるのは確実ですので」

 ヴラヴィは首を横に振った。

「私の人生は逃げてばかりでした。アラゾニキから逃げ、帝国まで。そのアラゾニキを倒せると思って戻れば、せっかく暴君を追放してくれた祖国を滅ぼしただけ。罪も無い幼子まで殺して」

「アラゾニキの血を引く者でした」

「私はアラゾニキにはなりたくない! 一国の君主として、敵は玉座で迎えます」

 新型ゴーレムは城を前にして止まった。

 女性の声が城内に響き渡る。

「パトリア女王が騎士、ルークス・レークタの親友、グラン・シルフのインスピラティオーネである! パトリア王国女王より、リスティア大王国君主へ使いをもたらした! これは二国間の交渉であり、サントル帝国は当事者ではない! 帝国軍人は全員城外へ出よ! 今なら命の保証はする。だが、新型ゴーレムが入城してなお城内にいた帝国軍人は、シルフに命じて息の根を止める!」

 赤い軍服の帝国兵たちが、城門を開けて逃げだした。

 シルフが城内を飛び回り、帝国軍の将兵が残っていないか確認する。

 使いが入城するまでの間に、ヴラヴィは身なりを整えることにした。

 他国の使者に恥ずかしい姿は見せられない。

 たとえそれが降伏勧告の使者であろうと。

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