騎士団強襲
ゴーレム連隊を擁するリスティア軍第一軍団は厳重警戒の末、アグルム平原で無事に夜明けを迎えた。
ひっきりなしに警戒のシルフが「敵シルフに妨害された」と戻ってくるので、将兵たちはろくに眠れなかった。しかし厳戒態勢のお陰で夜を乗り切れたと、朝日に喜んだ。
キニロギキ参謀も「騎士団は第二軍団に向かっていたのでは?」と推測するほど、静かな日の出であった。お陰で出陣前からしくしくしていた胃の痛みを忘れられた。
野営地を引き払い隊列を整え、アグルム平原を後にする。一路南へ。
なおも偵察シルフが「敵シルフの妨害」を訴えるので、精霊士たちはもちろん、それを報告される幕僚たちもうんざりしていた。
「それが敵の狙いだ。引き続き警戒は厳重に」
と馬上でキニロギキ参謀が引き締める。本来それをやるべき指揮官のアニポノス将軍が、昨夜のうちからシルフの警告を無視するようになっていたのだ。
第一軍団は林道に入った。ゴーレムより高い木の樹冠が空を覆っているが、リスティアの森より明るく、
参謀は異国の風景を深く考えなかった。それだけ注意力が落ちている事に気付かないくらい、疲労していたのだ。敵軍よりもむしろ上官によって。
「敵が後方から来ます!」
精霊士長が部下からの警告を伝える。
「まさか、騎兵が林の中に!?」
キニロギキ参謀にとっても想定外である。「直ちに陣を敷いて迎撃するよう」アニポノス将軍に具申した。しかし却下された。
「敵の狙いが足止めであるくらい分かれ」
と、将軍は騎兵大隊とゴーレム一個中隊に迎撃を命じただけで行軍を続けた。
「道を塞げばもう追って来れまい」
と事も無げに言う将軍に不安を抱いたが、参謀も具体的な危機までは予想できなかった。
しかし「敵の虚を突く」のが戦術の基本である。シルフの警戒網を破って夜襲を成功させた、あの騎士団が道路封鎖で終わる程度の攻撃をするとは思えなかった。
リスティア軍ゴーレム部隊が林に入ったのを確認して、パトリア騎士団は追撃を開始した。
一晩中警戒させ精神を疲弊させたうえに、行軍へと意識を切り替えさせた敵への強襲である。しかも、騎兵に不利な森林地帯で。
陣を敷かせて時間を稼げても良し、行軍を続ける中に突入できれななお良しだ。
いち早く出迎えたのはリスティアの騎兵大隊。道を塞ぎ、弩を一斉に放ってきた。
「散開!!」
フィデリタス団長が命じるや騎士団は左右の木立の中に突入した。
「騎兵が森の中を!?」
リスティアの騎兵たちは度肝を抜かれた。
木は整列している訳ではない。乱れ生える木々の中に戦闘速度で突入すれば、立木に衝突して終わりだ。
さらに森林には下草もあれば藪もある。馬が足を取られれば転倒は必至。
怯えて馬が足を緩めてしまえば騎兵の戦力は激減、歩兵に引きずり下ろされるだけだ。
だがしかし、パトリア騎士団は道を進んできた速度を維持したまま、立木の間を疾走している。
騎士は時代遅れと言われてなお、騎士団は武芸を磨いてきた。
剣を、槍を、そして馬術を。
その馬術が、林の中で機動戦を行うという不可能を可能にした。
確かに立木は障害である。しかしこの林は鹿によって下草や藪が食べ尽くされ、馬が足下を気にしないで済む。
キニロギキ参謀が「見通しが良い」と感じたのも、背伸びして口が届く高さの枝葉まで鹿が食べていたからだ。
他の国なら豚を森に放すが、どんぐり類が少ないパトリアの森林では豚が育たないので、鹿が冬の間の貴重な食料として守られているのだ。
さらに騎士団は、王都から出陣してこの林を通った際、道の外を実際に馬で進んで「これなら走れる」と確認している。
そうした事情を知らないリスティア騎兵たちは、純粋に練度の差と思い、敵への恐怖を強めた。
無意味な道路封鎖を諦め、部隊に戻る命令を大隊長が下したとき既に、パトリア騎士団はリスティア騎兵の両側を通過していた。
続いて道路封鎖していたゴーレム一個中隊九基も、木立の中を迂回する騎士団に武器を届かせる事ができなかった。
ゴーレムが道を外れようにも木が邪魔をする。押し倒し、引き裂いているうちに騎馬はさらに遠くへ避けてしまう。
石を投げようにも、手ですくえるのは厚く積もった落ち葉とせいぜい枝。投げても落ち葉が散って枝は木に当たるだけ。
いかな最強兵器でも、攻撃が当たらなければゴーレムとて脅威にはならない。
騎兵大隊に続いてゴーレム中隊もまた、騎士団に何もできず突破された。
迎撃に送った部隊二つがあっさり抜かれたため、第一軍団は行軍隊列を背後から騎兵突撃されるという、最悪の事態を迎えた。
兵は蹴散らされ、荷車には火を放たれた。
足下に逃げ惑う味方がいるのでゴーレムは身動きが取れない。
後方の混乱を知った兵たちが道路から逃げだし、部隊は止まった。
騎兵に有効な弓兵が林では射程を活かせない。林道は真っ直ぐではないため、道路に沿って矢を通す場所も限られていた。
その限られた場所で、弓兵小隊が斉射で反撃した。
数騎を射落とされた騎士団は、すぐ道を外れ木立の中を駆け抜け、弓兵隊の横から突っ込んだ。
接近を許した弓兵は騎兵の敵ではない。瞬く間に蹴散らされ、蹂躙された。
こうして抵抗拠点は潰され、ゴーレムは迂回され、第一軍団は騎士団に最後尾から先頭まで縦断された。
道に残されたのは戦死者と動けぬ負傷者、燃え上がる荷車やゴーレム車、そして何もできなかった戦闘ゴーレムなどだ。
さらに荷車の火が落ち葉に燃え移って火の手が上がった。煙に巻かれた第一軍団は完全に混乱した。
幸い沼が近くにあったので、精霊士がウンディーネを使って消火にあたり、林野火災で全滅する事はまぬがれた。
火は消えても燻った木々や落ち葉から煙は絶えない。シルフでいくら吹き飛ばしても後から後から吹きだして、視界を閉ざしてしまう。
部隊は散り散りになり士官は兵の掌握ができなくなっていた。
後方から戻って来た騎兵大隊は、その惨状に恐怖した。
自分たちの失態で軍団が全滅したかも知れないのだ。帰国したら責任を問われるのは確実だ。
騎兵大隊は汚名返上の為に必死に追撃した。
林から出てなお道を全力疾走する騎兵を、突如両側から大量の矢が襲った。
「伏兵だ!」
パトリア軍はノームを使って道路の両側に溝を掘り、上を枯れ草で覆ってシルフの目を誤魔化していた。
遮蔽物のない路上にいた騎兵は両側からの不意打ちにバタバタ射落とされる。
一部は敵弓兵の中を突破しようと、溝を跳び越した。だがその先にある枯れ草の下は、さらなる溝だった。
溝は二列並んでおり、手前の弓兵が隠れていた溝を跳び越した騎兵は、その先にある溝に次々と落ちた。
跳躍した馬から放り出されるだけでも命が危ない。ましてや馬ごと落とし穴に落ちてはただでは済まない。馬の下敷きにされた者、溝の斜面に叩き付けられた者は、即死できれば幸せである。運悪く生き延びてしまうと、敵兵に留めを刺してもらうまで苦しむ事になる。
「ダメだ! 駆け抜けろ!」
大隊長以下生き残った騎兵は必死に馬を走らせ、何とか伏兵地帯を抜け出した。
無理が祟って馬が次々に泡を吹く。連日の夜襲警戒で疲れていた馬が限界を迎えたのだ。
速度を緩めた先は上り坂で、彼らは坂の上に馬群を見た。
集結していたパトリア騎士団だった。
用意していた馬に乗り換えている。
替えの軍馬、それが騎士団の切り札であった。
本隊の騎兵を減らしてまで、軍馬を騎士団に集中させていたのだ。
フィデリタス騎士団長が号令をかけた。
「突撃!」
騎士団は一丸となって坂を駆け下った。
馬が走らない騎兵は戦力ではない。伏兵地帯から生き延びたリスティア騎兵たちは為す術なく、下り坂で速度を増した騎槍突撃の餌食となった。
騎兵大隊で助かったのは、後方にいて伏兵に驚いて逃げ戻った者だけだった。
第一軍団は集結のために時間を浪費し、昼近くまで林道で立ち往生した。
そのまま逃亡した兵もかなりの数になり、負傷者を除くと兵数は四千を割り込んだ。
およそ二割の損失である。
特に騎兵の損耗が激しく、出陣時は五百騎いた騎兵大隊が百弱しか残っていない。大隊長など中核を失ったうえ、人馬とも疲れ切ってもはや戦力にならなかった。
そのうえ、ついにゴーレムコマンダーに損害が出た。
一名死亡、二名重傷、五名が軽傷である。
重傷者二名は後送するしかない。幸か不幸かゴーレムが減っているので、コマンダー不足にはならなかった。
だが指揮官の次に守らねばならないコマンダーの損失は、味方の士気をさらに下げた。
アニポノス将軍の怒りは激しかったが、もっと激しく怒ったのは将兵たちである。
将軍が迎撃する時間を惜しんだせいで大損害を出したのだ。
将兵たちの心は完全に指揮官から離れてしまった。
さすがに騎士団も損害は大きく、路上や木立の中にかなりの死体を残していた。
捕虜を拷問することが知れ渡り、気絶していた二人を除いて動けない者は自害していた。
キニロギキ参謀は「重要情報を聞き出す」として二名を保護、死なせないよう縛って荷車の一台に入れた。味方が殺さないよう見張りを付けて。
(完敗した)
彼はパトリア騎士団に白旗を掲げた。
暗闇による戦力誤認という少数側の基本戦術を逸脱した、捨て身の強襲だった。
せいぜい二百騎。
それが迎撃をすり抜け五千の部隊に突入し、翻弄し、縦断したうえに追撃を叩き潰した。
伏兵の援護こそあれ、実に二十五倍の敵に圧勝したのだ。
胃袋がキリキリ痛む。
部隊が林に入った時に攻撃をしかけた時点で、気付くべきだった。
敵は木立の中を駆け抜ける作戦なのだと。
今にして思えば、この林は下草も藪も無く、馬で駆ける余地があった。
それに気付かなかった自分は参謀として失格である。
確かに無謀な攻撃で、木に衝突するなどして騎士団はおおよそ五十騎は失ったであろう。
だが五十の損失で千の敵を死傷、散逸させたのだ。赫々たる戦果ではないか。
しかも騎士団が討ったのは将兵だけではない。
心もである。
ただ士気が落ちたどころではなかった。
アニポノス将軍の大失態は隠しようもなく、末端の兵にまで知れられている。今や敵よりも憎まれていた。
しかも不本意なことに自分が一役買っている。「陣を敷いて迎撃せよ」と献策した事で。誰が吹聴したかなど詮索したところで今さら遅い。
兵の心が離れた軍隊は長くない。
そうシュタールの軍略家シュトラティギーも言っていたではないか。
「いや、違うな。軍隊が長く戦うには、いかに兵の心を離さないか、だったか」
元より将兵の心を掌握できなかったアニポノス将軍である。騎士団は強襲によって、双方の離反を早めたのだった。
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