アルティの戦い

 足がふらつくルークスの肩をアルティが支えた。

 二人連れだって歩くところに、話を聞こうと学園の生徒たちが群がる。

「待ちたまえ、君たち。今は彼を休めるのが、我々後方にいる者の務めだ」

 級長のフォルティスが集団から二人を連れだした。ついでとばかりルークスにささやく。

「あのゴーレムは色々違うようだが、あまり喋らない方が良いだろう。敵に伝わると弱点を狙われる」

 うなずいたルークスは、彼に問いかけた。

「力が無い者が自分より力も体重もある敵に勝つにはどうしたらいい? 剣でも戦槌でも何でもいいから」

「喩えるなら、君がワーレンスに勝つ方法かな?」

「そんな感じ。ルール抜きで」

「弱点を狙う。人間なら目や股間、だがゴーレムは表面に弱点が無い」

「弱点の核は体の一番奥。しかも場所が決まっていないから、一点集中攻撃だと当たりにくい」

「難しいな。力任せに鎧を割って核を破壊するのがゴーレム戦だ。その力が弱いとなると、鎧を貫くか、隙間を狙うしかない。いずれにせよ刺突攻撃となり、攻撃範囲は狭くなる。それで核を破壊するとなると、刺突とは別の何かの力が必用となるな」

「刺すだけじゃ、小さな穴が空くだけだからねえ」

「あっ!?」

 大声をあげた弾みでアルティが手を離したので、ルークスは尻餅をついた。尾てい骨からの衝撃に彼はうめく。

「い、痛いじゃないか」

「ごめん! フォルティス、ルークスを家に運んで」

 アルティは脇目も振らずに工房へと駆け戻った。

「どうしたんだ、いったい?」

 訳が分からないルークスにフォルティスが言う。

「君に影響されたのではないか? 衝動的に行動する人物ではなかったはずだ」

 ルークスはフォルティスに助けられ帰宅した。

 作り置かれたシチューを冷めたままでパンと食べ、ベッドに倒れ込んだ途端に寝入った。


                   א


 工房に戻ったアルティは、炉を開けてサラマンダーを呼び出した。

「シンティラム、あなたの炎は鉄が赤くなるくらい加熱できる?」

 出てきたサラマンダーは炉を指した。

「可燃物さえあれば。それに風もあると熱を高めやすい」

「風なら大丈夫。あとは可燃物ね」

 炉の薪は火元から離れた工房の隅にまとめられている。そこに松明もあったので、アルティはそれを手にした。

「これを、あれに付けたらどうだろう?」

 目を向けた先には、投槍の穂先があった。

 投槍は投げて使う武器で、鋼鉄の穂先は工房で作り、木製の柄は大工が作る。

 穂先は等身大ゴーレム一基では重すぎたので、二基で持たせた。三基めに松明を多めに持たせ粘土山へ向かう。

 ゴーレムの型取りをしている場所を避け、隅に陣取る。

 松明を運んできたゴーレムからノームを出し、身の丈ほどの粘土塊を作らせた。

 地面に刺した松明をサラマンダーに燃やさせ、穂先の先端をあぶる。先端が赤くなったところでアルティは言った。

「それで粘土塊を、勢いよく突いてみて」

 二基のゴーレムが穂先を粘土塊に突き刺すと、穴から猛烈に蒸気が噴きだす。

「あれ? 鉄棒を泥溜に落としたときと違うな」

 あのときは泥が弾けて飛び散った。あれを利用すれば、ゴーレムを中から弾けさせられるのでは、とアルティは思いついたのだ。

 穂先には銛のように「返し」が三枚付けられている。抜けにくくすると同時に、抜くときに穴を広げる効果がある。その返しが抵抗になって、等身大ゴーレムの力ではあまり深く刺さらない。

 アルティは穂先を諦め、炉の温度測定に使った鉄棒にした。

 松明で赤くなるまであぶり、ゴーレムで粘土塊に突き刺す。刺した穴から蒸気が噴きだした。昨日の様に弾けない。

「何が違うのかな?」

 泥溜くらいに水が溜まっている地面の泥に突き刺させた。大きな気泡が何度も弾け、アルティに泥水の飛沫をかける。

「もう、最悪」

 だが昨日の再現はできた。

「そうか。水が穴を塞いだからか」

 しかしゴーレムにはそれほど水分は無い。

「水じゃなくても、穴を塞げば良いのかな?」

 加熱する部分の後ろに板を付けたらどうか考える。

 熱した鉄棒の先を木の板に押しつけ、焼いて穴を空けて突き通した。

 再度加熱し、粘土塊に板まで押し込んだ。穴と板の隙間から粘土混じりの蒸気が噴きだし、板が割れた。

 アルティは泥を被ったが、棒の太さより大きな穴が粘土に空いたので不機嫌は吹き飛んだ。

「塞ぎ型が不十分だったか。でも方向性は正しいわ」

 地面に絵を描いて色々考える。

(そうか。これが父さんやルークスがやっている事なんだ)

 自分の考えを試し、問題点を改良して前に進むのは、やってみると面白い。

 今、アルティは泥を被った事も気にならなくなっていた。しょっちゅうルークスが服を汚しているのも、それを気にしない理由もなんとなく分かった。

 穴を塞ぐ部品は鋼鉄にしても、板では簡単に曲がってしまうだろう。ゴーレムとの戦闘で使う武器なのだ。

 穂先を見て思いついた。返しに布を巻いて円錐状にしてみる。

 熱した先端を粘土塊に突き刺す。

 手前への噴きだしを抑えられた、と思ったら、凄い音がして周辺がごっそり吹き飛んだ。

 なんとゴーレム二基が押し返された。アルティも盛大に泥を被る。

 相当泥は飛んで、型取りしていた職人にアルティは叱られた。

 穴は大きいが浅かった。

(もっと奥まで差し込めたら、どれだけになるだろう?)

 アルティは地面に絵を描く。穂先の先端を伸ばし、松明の固定具を付け、返しに当たる部分に円錐の金物を付け穴塞ぎにする。

 持ち手は――戦槌の握りを流用すれば良さげだ。


 武器の絵を石板に描き写して父親に見せた。昨日、熱した鉄棒を落とした泥溜が弾けた事などを説明する。

 武器の原理は良く分からなかったが、アルタスは製作を引き受けた。

 自分でも行き詰まっていた事だし、何より汗さえ嫌った娘が泥まみれになって考えだしたのだ。それに応えてやるのが親の務めである。

 強化方針が決まった鎧は同輩たちに任せ、自分は武器に取りかかった。


 アルティがゴーレムを工房に戻してノームを解放したときは、もう正午を回っていた。

 昼飯にこれから取りかからねばならないが、他に自分が何かできないか考えた。

 炉にサラマンダーを戻す時に思いついた。

「ねえシンティラム、ルークスの契約サラマンダーを呼べない?」

「声はかけるが、来るか分からないぞ。あいつ最近、燻っているから」

「ノンノンの件を引きずっているの?」

「まあな。炉が壊れたんで他の奴から怒られたし。それに、最近無視されているしな」

「無視って、ルークスが?」

「他にいるか?」

「だよね」

 何かに夢中になると他に目が行かなくなるのは、ルークスの悪癖である。

 今はゴーレムしか頭に無いのは明らかで、そのゴーレムではグラン・シルフ、ウンディーネにオムが活躍しているが、サラマンダーの出番は無かった。

「ちょっと呼んで来て。お願い」

 サラマンダーは炉に飛び込むと、すぐもう一人連れて戻った。

「何か用か?」

 サラマンダーの娘カリディータは暗い色で、見るからに不機嫌だった。ふて腐れた態度でそっぽを向いている。

「今、ルークスはゴーレムの事で頭が一杯なの。他に目が行かないのは昔からの悪い癖なのよね」

「ゴーレムなんてこの世から消えて無くなりやがれ」

「それはちょっと――」

 言いかけて、思いとどまった。彼女の感情を否定してはいけない。

「そのゴーレムを、ぶっ壊してみたくない?」

「泥の塊なんか、いくらあぶったところで焼き固まるだけじゃねえか」

「それができるんだなあ。大穴が空くの」

 カリディータがこちらに顔を向けた。

「へえ、そりゃ面白そうじゃねえか」

「ルークスは今、ゴーレムの攻撃力と防御力が足りなくて困っているわ。防御力の方は父さんたちが鎧を工夫しているから何とかなりそうだけど、攻撃力についてはグラン・シルフやウンディーネではどうにもならないの。ルークスに敵を倒す力を与えられるのは、サラマンダーだけよ」

「そりゃ本当だろうな?」

「精霊に嘘をつくのは精霊使いの御法度でしょ。この、泥まみれの姿が証拠。ゴーレムに見立てた粘土の塊に大穴が空いたわ」

「おいシンティラム、お前がやったのか?」

「俺は武器の元をあぶっただけだ」

「その武器は今父さんが作っているわ。完成すれば大穴どころか、ゴーレムを一発で壊せるかもよ。でもそれにはあなたの力が必用なの。ルークスを助けてあげて」

「そいつは楽しみだぜ」

 燻っていたサラマンダーは、熱気を上げて明るく燃え上がっていた。

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