第251話:逃げた先

「はっ、メイドごときが相手だぁ?」

「殺人許可証所持者の中でも見ないが、そいつの奴隷か?」

「……メイドごとき。奴隷、ですか」

「あ、それ、禁句……」


 姫が許可証所持者達の暴言に鼻で笑う姿に、冬はびくびくと怯えを覚えた。



 来る。

 来る。


 あのときと同じく彼女が、自身の存在を知らしめて絶句させる、あの瞬間が。




「跪きなさい――『牛刀』」




 産声のように起動音を上げ、白い光が姫の右腕に、純白の穢れのない刀身を作り出す。

 その光の眩しさに、彼女は光輝く女神のようにも思えてしまう。



「舞い踊りなさい、くさり――っ!?」



 続けて自身の弐つ名である名を紡ごうとした姫が、ぞくりと、背後からの視線に気づいて動きを止めた。


「……水原、さん?」


 やり直し前では、紡がれた言葉と共に、姫の左腕に小型改良されたガトリング式の銃がからからと空回りの音をたてていたはずだった。


「……私、『鎖姫』に殺されたいのであれば、思う存分、お相手を……と。したかったのですが。ああ、そう言えば――」


 彼女が伝えた――その高名な弐つ名に、彼女の正体を知り、包囲していた許可証所持者達が動きを止める。



 あのときは、そうだった。

 でも、今回は、そうならなかった。



「……暴れようが、ラムダの許可証剥奪は変わりありませんね。今は逃げますよ」

「え? え?」


 冬の背後を睨みつけ、がしっと、冬を小脇に抱えると、一気に天井へと跳躍し、何もない空間を蹴りながらジグザグに空へと駆け上っていく。


「突き破ります」


 宣言すると、牛刀の一振りで天井を切り裂き、切り裂いた穴へと向かって許可証協会の外へと。


「え……」


 おかしい。


 そう感じたのは、姫が牛刀を振り抜くため、一時的に冬を天井に向かって投げ飛ばしたことでもなく。

 そんな天井に、放り出された冬より先に後に振り抜かれたはずの牛刀の一閃が先に天井に到達して破片を飛び散り落とされたことでもなく。

 天井を抜けた先で、姫に先程までとの抱え方とは違って、お姫様抱っこのようにホールドされてしまって妙に懐かしさを覚えてしまったからというわけでもなく。


 いや、両方(かつ、お姫様抱っこ)ともに。でもある。


 以前は、鎖姫と名乗って『牛刀』と『鎖姫』を展開し、許可証所持者達を絶句させていた。

 そしてその後――


「あ……」


 そう言えば、あの後。と、冬は今起こらなかった出来事を思い出す。

 姫は『疾の主』に一目惚れされていなかっただろうか、と。その後は、事前に姫が『鎖姫』で開けた天井の穴から今回のように抜けて共に逃亡していたはず。


 それが今回、起きなかった。


「……僕が知っているやり直し前と……違う……ということでしょうか……?」


 冬は、ここで、話がずれたことに違和感を感じた。


 すでに変わっている?

 それはなぜ?

 自分が同じように動いていないから?

 受け答えが違っているから?

 だとしたら、もうあのようなことは起きない?


「……? ラムダ、何か気になることでも?」

「い、いえ……なんでもありま――いえっ、気になることといえばありますよ!? なんで僕はお姫様抱っこされてるんですかっ!?」


 動いているはず。

 自分は、前回と同じように動いているはず。

 なぜなら、先程まで同じだったから。

 何も変わらずに、同じ出来事が起きていたから。


「ただでさえ強くもない貴方が……いえ、言い直します。あのようなことがいきなり起きてまともに戦えない貴方をそのまま歩かせるより、私がこうやって抱きかかえて逃げたほうが早いでしょう?」

「い……えぇぇー……水原さん、それはちょっと……凹みます」

「許可証を剥奪されるより凹むことはないでしょう。ラムダ――いえ、冬。貴方は、黒帳簿ブラックリストに要注意人物として載せられたお尋ね物で、手配帳ビンゴブックに登録された生死問わずの賞金首ですよ」

「……そう、です……よね……」


 あの時は、冬はあまりのショックに立ち直れず、ただただ運ばれるだけだった。

 今回は、すでに知っていた結果であるからこそ、そこまでショックは受けていない。


 だけども、同じことを行わなければならない理由があった。

 しかし。

 同じことが起きない。


 それはいいことなのかもしれない。

 それこそ、同じことが起きないのであれば、自分の見た未来とも言える、実際に経験してきた出来事が実際に起こらない、ということにも繋がるのかもしれない。

 あのような結果は迎えないのかもしれない。


 そう思えるからこそ、同じことが起きて欲しくはないとも思う。


 だけども、冬にアドバンテージとしてあるものは、以前同じことを経験している、という部分だ。

 やり直しているからこれから何が起きるのかが理解でき、だからこそ、どこかで大きく変える転換点や、自分が経験した結果を覆したい起点の部分がある信じて、今このやり直しを進めているのだから、冬からしてみれば、同じことが起きないのであればやり直したアドバンテージが大幅になくなってしまうことに他ならない。



「水原さん……」

「なんですか」

「僕は……」





 同じことを、し続ける必要が、ありますか……?





 そう、前回と違う行動をする姫に、冬は問いかけてみたかった。


「貴方は、誰から見ても、今回の件に関しては無実ですよ」

「……」


 だけども、その慰めの言葉は前回と一緒。

 その言葉は、今も変わらず嬉しくもあるが、以前はどれだけ嬉しかったか。


 でも。


 同じことをしても、知っている結果にならないのであれば。

 する意味があるのか。




 これから先同じことが起きるのか。

 ただただ、それだけが心配であった。






「あ~、みつけたぁ」


 その声が聞こえたのは。

 裏世界の暗器を扱う<鍛冶屋組合>のお店がひしめく、<鍛冶屋組合>の領域。

 武具店が入ったビル郡が立ち並ぶ、ビルとビルの間の細い路地だ。


「……ああ、あなたですか」



 同じことは起きて欲しくはない。

 そう願いながらも、同じことが起きてくれることが、こんなにも嬉しいと思ったことはないと思う。



「まさかね~。ちょと関わったことがある人があんなことやってる人だってのは流石に驚いたね~」


 その細い道の先に、二人の行き先を塞ぐように、女性が立っていた。



「君も、私も〜。名乗っちゃおっか」


 近づいてくるにつれ姿が露になるその女性は、長い髪を後ろで無造作に団子上にくるりとまとめた、医師が着ている白衣をコートのように着る女性。



 冬は、以前はこの出会いに誰かすぐに理解はできなかった。

 でも今なら分かる。




     B級許可証所持者 桐花雫

       弐つ名は『戦乙女ヴァルキリー



 彼女もまた、冬と共に戦ってくれた、仲間の一人なのだから。








 冬はまだ。ターニングポイントを見つけられてはいない。


 それはこの先にあるのか、すでに過ぎ去っているのかも、冬には分からない。

 過ぎ去っていないことを願いながら、冬はこの先にきっと全てを変えることができるポイントがあると信じる。


 懐かしく思うお姫様抱っこの胸の中で、虎視眈々と、これから何が起きるのかを思い出す。

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