第238話:誓約と条件

「いいかい? 型式は、その一つ一つの型でどのような場面で使うか想定し、どんなものが使いやすいか想像しそして創造する。だから人それぞれの力の塊となるから似ているものは出来てもまるっきり同じものはできない」


 ずずんっと、辺りですう姉が戦っているであろう戦いの音を聞きながら。


 時間はなくて、まだ話す余裕があるのか分からないけども、残留思念の僕は、型式について話をしてくれる。

 時間がないことは本人もよくわかっているからだろうか、僕なんかが普段言わないくらいに妙に饒舌で、しっかりと僕が知らないことを教えてくれる。


「たかが想像することで簡単に創造できちゃうんだからそれだけだと型式は弱い。その型を強くするには、その型に条件と誓約――他にもあるけど、自由を縛る何かを付け加えることで更に強力なものに仕立て上げることができる。要は創造したそれらがデフォルト……基本、どノーマルと考えればいいのかな? そこに付加価値を与えていくんだよ」


 樹君はこくりと頷いてその言葉を肯定する。僕はその話自体聞いたことがなかったので興味が湧いていた。

 僕の作った型式で言うなら『舞踊針ぶようじん』が該当する。僕の周りに針を『疾』の型で浮かせているものだけど、滞空させたままなら防御に使えるし、僕の意志で投げつけたりすることもできる。そこに条件付けをしたりすることでよりいいものができるのではないだろうか。


 ひめ姉が言っていた完成には程遠いという話がこの部分に該当するのだとも理解できた。

 そうなると、型式ではない僕の技『流星群ちゅうにびょう』に型式の力を付与することでバリエーションをつけることもできるかもしれない。


「今回は誓約に僕達の記憶を捧げている。だから、僕達はあるところから記憶を完璧に忘れてしまっているわけだけども、僕達の生い立ちとか、覚えている必要もないものもあれば、忘れたくない記憶全て……色んな思い出を捧げているのだから、その分強力なものができたわけだよ」


 誓約と条件。

 創造した型式に制限をかけるという発想はなくて、制限をかけることで強くなるなんて思ってもみなかった。


 型式へどのような条件をかけるのか、どんな誓約とするのか。

 『記憶を捧げる』。それが誓約であり、条件は『どのような記憶』か、となるのだろう。彼が言う忘れてしまった――僕が捧げた記憶というのは、残留思念である彼自身であり、僕が世界樹にいた頃の記憶全て、なんだと思う。


「流石に、一人だけの記憶だと時間のやり直しには行き着けなかったから、成功体君をベースに、僕の記憶も捧げたわけ。というか記憶を捧げるなんてことしたから、型式が変異してやり直しするための型式なんて出来上がったんだろうね。望んだ型式を手に入れられたのだから、望んだ結果以上に、出来た時は喜んだもんだよ」


 樹君は、まるで分かっているかのようにこくりと頷いた。

 僕は彼が本当に理解できているのか心配になった。樹君も記憶を捧げているのだから今の話は僕達からすると初耳のようなものだと思うのですが……。


 樹君への疑惑は消えないものの、彼の話はとても有用だとも思う。


 複数人で創り出した型式。

 自身の想像と創造により作り出される型式を、複数人で自由に創るなんて誰も試したりなんかしないだろうし、思いつきもしないのでは。と、記憶はないけど、当時のどこかの僕達は、そうまでして、やり直してまでして、なにをしたかったのだろうかとも思う。

 そこまでしないと……いえ、そこまでしてやっとやり直しの型式『未知の先フォールダウン』となったというけど、二人分の当時の記憶全ては妥当なのかどうかは、誓約と条件を加えた他の型式を見たことがないから比較はできない。


 時間はないのは分かるけども、もう少し情報を引き出したくて、話を聞き続ける。

 彼も自分がいた記憶を残したいのか、積極的に話をしてくれる。


 僕でありながら僕でない残留思念の彼。


 もっと色々聞きたいこともあるけれど、今はこのやり直すことになった経緯が分かればなおいいと思う。


「どうして、そんなことをやろうと思ったんだ? 俺の記憶も捧げているというのであれば、俺もその計画に加担していたのは分かるが、俺がどうしてそうしようとしたのかが分からない」


 樹君は自分の胸元で光る型式の元を見ながら呟いた。

 樹君も戸惑っているようで、僕と同じように今の状況に陥った原因を必死に知りたいと思っている節が見て取れる。それは奇しくも僕と同じ考えで、質問等が出来ない僕にとってはとても都合が良かった。


「スズが、可哀想だったから」

<……冬……>

「スズを外に出してあげたかったから。『縛の主』から救いたかったから。僕がスズと一緒に自由になりたかったから。ここにいた皆と、僕と友達になってくれた皆と、自由に世界を見たかったから」


 彼は、「簡単な理由でしょ? 後は僕が彼女のことが好きだったから、とか? 他にもいる?」と付け加えたけど、本当はどれもが正解なんだろうと、僕でもあるから理解できる。

 僕にとっての原動力は、スズそのものなんだなぁって、改めて思って少し恥ずかしい。


 だって、後ろに、スズがいるから。


 だけど。それは樹君が記憶を捧げて協力する理由ではないと思う。


「だから僕は『縛の主』に反旗を翻した。……元々、成功体達は、スズ以外『縛の主』にいい感情はもってなかったからね。とはいっても、スズを抜いたら二人。正しくは三人だけど。一人はとっくの昔に事故でいなくなってたし、もう一人もここに戻ってくることはなかった。つまり、いい感情をもってなかったのは成功体の中でも君だけになるね。君はそこが理由かな? 何考えていたかは分からないけど」

「水無月スズ以外……?」

「スズは、さ。意志の表現を許されてなかったから」


 少し悲しげに後ろにいるスズを見る僕。


 スズに必死に話しかけている小さな僕が、なぜ話しかけていたのかよく分かった。


 僕は、意志をもつことを許されずに『苗床のゆりかご』の中にいるだけの創られた彼女に話しかけることで、彼女の意志を確立させたかったんだと思った。


<僕は、それだけスズが大切だったのさ>


 残留思念の彼の気持ちは痛いほど理解できた。

 僕もそうだから。疑うこともない。

 でも、彼の『大切』と、僕の『大切』の意味は多分ずれている。そのずれは記憶の有無ではなくて、スズをどう見たか、スズとどうなりたいのかの違いであって、根本は変わらないのだと感じた。


 僕達は、それだけスズが好きだってこと。

 だから、その気持ちは僕であった彼が消えても持ち続けることだけは信じて欲しくて、脳内で僕の想いを彼に伝えると、彼が嬉しそうに笑った。


 ずんっ、ずぅんっと、近づいてはまた遠くで鳴る、扉の先の戦闘の音に、僕は、もうすぐ決定的な何かが起きてしまう予感を覚えた。


 その音は、すう姉がまだ戦ってくれている証拠。

 今すぐにでも助けに行きたい。

 でも、体は僕の意志では動いてくれない上に動いても樹君にいまだ肩を貸してもらっている状況で満足に動かないし、僕の力では何も手助けにならないのではないかと不安が過る。


 僕は自分の弱さに、悔しくて涙が出そうになる。

 もっと力があれば、こんな事態さえも跳ねのけれたはず。スズをこんな目にあわせなかったはず。

 もっと知識があれば、事前に抵抗ができたはず。


 様々な後悔と、その取り返しもつかない後悔を後々知って、その度に悲しむだけしかできない自分。


 今、この、樹君が示した道を進んできたことで、僕は知識を得た。

 どこで変えられる。未来を予知、予想し、対処できるまでの知識を得た。

 その知識をどうやって扱うか、どうすれば有効的に扱えるのか。


<その気持ちを忘れずに、知った知識を使って次に生かしてくれればそれでいいんだよ>


 やり直せる。

 やり直すことができるなら。

 きっと、今知った知識や型式の新たな力の使い方で、状況を覆すことができるはず。


 スズだって、杯波さんだって、暁さんだって。

 瑠璃君も。

 皆を助けることも。共に戦えることだって。


 残留思念の僕の気持ちに、今の負ける結果しか見えない今を捨て、二人の言う、やり直しに賭けることにした。

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