第220話:『焔』を纏いて 3
「さっきのしずくちゃんを見て思いついた。どうやら……『流』の型を使うと、もうちょっと生かせておけるらしい」
「……っ!?」
「ってことは、だ。見せ付けられるってことじゃねぇか?」
男達の視線が、横たわった旦那様に向いた。
嫌な予感に、旦那様を護るためにその視線を遮るように前へ出る。
だけども、包囲されてしまっていて、目の前の男達は動きを止めても、背後の男達はじりじりと厭らしく隙をついては近づいてこようとする。
背後に牽制しようとすれば今度はラード達が近づいてくる。
「へへっ。守れるのか、楽しみだなぁおい?」
「旦那様に手を出すとか、ゆるせない……っ。全員この場で殺してでも、私は――」
「あー、何人かはやられるかもしれねぇけど、それはそれでより生き残った奴等が燃えそうだな」
「ラードさん、それちがいねぇや! おめぇら、死んでも文句言うなよー」
何を言っても、結局はそっちに話を変えられる。もう話すこともないので会話をしようとも思えなかった。
……ああ、そうだ。
こいつはこういうやつだった。
昔からこう。
人の嫌がることをして、それを楽しむ男だった。
私も奴隷としてこいつに買われたときも、どれだけ嫌がっても執拗に迫ってきた。
なぜこいつのことが好きになれるのか。
なれるわけがない。
こいつが表世界で家族を殺し。私を戦利品として裏世界へ連れて行き。奴隷として尊厳を踏みにじったこいつを、どうやって好きになればいいのか。
憎しみでどうにかなりそうだった。
隙を見て逃げ出して、その後良識のある人に保護されてから許可証所持者になるまで。
そして、こいつをただ殺すために生きて。
……でも。
今にして思えば。
どうして私はこの男から逃げることができたのだろうか。
B級殺人許可証所持者『ラード』。
追えば追うほどに、このラードという男の凄さが身に染みて分かった。
ピュアと仲良くなってから知ったラードの正体。
殺人許可証所持者として<殺し屋組合>へと送りこまれて一大勢力を作って許可証協会に敵対するようになった男。
どれだけの力があれば<殺し屋組合>であのような勢力を築けるのかと恐ろしかった。
表世界にも手を出して、試薬品を表世界にばらまいて効果の程を試しながら資金も作る。ただの小遣い稼ぎなのに莫大な資金が動いてそれがまた裏世界の組織を潤わせていく。
尻尾を掴むとかそんな話も必要ない。
ラードの組織は裏世界では組合の有力として大々的に知られている。
<殺し屋組合>でも一、二を争う大組織『
彼は許可証所持者としての正体を隠しながら組合の中で小さな組織を立ち上げてのし上がり地位を向上させて、裏世界でも知らない者は居ない程の組織の重役となった。
そんな彼が許可証所持者と袂を別って<殺し屋組合>へと寝返ったのは、許可証協会にとっても痛手だったと聞いている。
あらゆる力を持ちえて、娯楽に奴隷を買って飽きては殺し。許可証協会のやり方さえも熟知しているのだからより性質が悪い。
そんな誰も止められないほどに大きくなった彼を追いかけて復讐を遂げるなんて。
そんな目標を持つ私を嘲笑うこの男が――
「……私を、こんな風に殺したいから、今まで泳がせていたのね」
――この男に復讐するためだけに生きて、そして今こうやって対峙したこの瞬間そのものが、この男の描いたシナリオだったのであれば。
この為に弟を――旦那様を、生かして、そして殺したのであれば。
「こういうの、悪くないだろ……? いいじゃないか、しずくちゃんだって少しはいい夢、みれただろ?」
――心底。
憎い。
「しずくちゃんはさ。本当に、俺が思うように動いてくれたよ。俺を憎んで、そして今こうやって俺の前にいる」
ゆっくりと私達を囲む包囲網は縮まっていく。
「私は……あんたが憎い……」
「そりゃそうだろうさ。でもな。憎しみも、愛も、そう変わらないってことは知ってるかって話だ。お前は、俺を愛しているから憎しみをとったのさ」
「……何を、言って……」
「お前がどうだろうが、お前の体に染み付いた俺が抜けるわけないだろ? いつまで自分が自由だと思ってんだ」
その言葉を聞く必要はない。
でも、聞いてしまう。
「お前は奴隷だ。俺に飼われた奴隷で玩具だ。だったら、奴隷らしく玩具らしく。俺の望みのままに生かされているってことにいい加減気づけよ」
するりと。
心の中に入り込んでくる。
隙間を縫って、ゆっくりと。
その言葉は私の心にじわりと侵食してくる。
「……っ!」
「恨みを持たれて狙われるとかよくあるけど。しずくちゃんみたいに、殺そうとしてるけど本当は俺を愛してるから殺したいみたいな感情で狙われるのは――」
こいつは――
「――酷く滑稽で。面白くて。笑いが止まらなかったよ」
――狂っている。
「なにを。――誰が……っ!」
自分に向けられる感情を。
恨みを、憎しみを。
愛情としてカウントしてしまう、異常者。
負の感情を愛情として受けることができるから、だからこの男は人から恨みを受けようとする。進んでその道を進む。
彼の言う【愛】を、特定の相手から受け、その視線に快楽を得て。そして壊すことを楽しむ。狂者だ。
「だから、どんどんとその愛を、歪ませて、狂わせて。その上でまだ俺のことを愛し続けていられるしずくちゃんが、可愛くて仕方がなくて。だから」
こんな男を愛しているとか。
そんなわけがない。どうしてそう思えるのかさえ理解できない。
自分の人生を狂わせた相手を、どうやって好きになれるのかと、先にも感じたことをもう一度自問する。
私はただただ、こいつが憎くて殺したくて――
だけども。
そんな理解が出来てしまっている自分もまた、怖い。
……本当に?
本当に、憎い? 本当にこの男が言っていることが全て?
正しかったらどうする?
本当は憎いのではなくてこの男を愛していて、それで追いかけていたとしたら?
そんな馬鹿げたことさえ心の片隅に浮かんでしまう自分が怖い。
もし自分の人生は、この男のために捧げるためにあったとしたら。
もしかしたら、そうすることが分かっていたからこそ、この男は私の人生を狂わせたのだとしたら。
狂わせたのではなく、そうすべきだから行ったのであれば。
それが正しかったのであれば――
「――違う……っ」
「お?」
「これが、深層心理に語りかけて、意識を奪い、言いなりにする力……なのね」
何を、考えているのかと、必死に【自分】を取り戻す。
気づけば体全身汗だくだった。
「……へぇ。強くなったな。昔はこうやったらすぐに堕ちたのに。思う存分言いなりになったのにな。久しぶりに受けて嬉しかっただろ? 本当はそのまま堕ちてくれてたほうが俺も俺の仲間にも、楽しみが待っていたんだけどな」
首を振って入り込んできた意識を払う。
この男の能力に囚われたらそれで終わりだってことが分かっているから。
奴隷だった頃は、この能力に囚われて何もできなかった。
「あ~、でも。もう従順に言いなりのままのしずくちゃんは飽きたし。それで楽しめるのも一、二回程度だろうから、俺としては抵抗してくれたほうがよかったかも」
「ラードさん? その従順な子で楽しんでない俺達としてはその楽しみを味わいたいんですがね?」
「それは、さ。一度抵抗してもらっているのを楽しんでからでもいいだろ? お前等、最後は薬漬けにするんだろ? 俺は前に薬漬けになったしずくちゃん見てるし、飽きてるし」
「今度の薬は以前とは違うはずですよ?」
「あ~あ~……そうかぁ……それでどこまで壊れるのかも面白いかも」
男達の下世話な会話に、心底嫌気が差す。
ああ。本当に。
こいつらは。ラードを筆頭にして。
最低な、男達。
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