第214話:『雪』と『春』 4

 正義のヒーロー。


 言われてみれば、と。

 ヒーローなんて似合わないと思いながらも、樹の行っている行動が枢機卿の言ったことにぴったりなようにも思え、春はこほんっと咳払いをした。


「まあ、後はここでのんびりと俺が作った娘を守るのが仕事として、だ」

「後はあっちにお任せしたいとこだからねー」

『許可証を渡して、それを過去へと持ち、正してもらう。『紅蓮』が許可証を集め回っていて、すでに貴方達も許可証を運んでもらっているならこれ以上進む必要もありませんね。……出来る事なのか信じられませんが』

「……お、おぅ……?」

『それに、どうやらピュアは簡易枢機卿のデータを見る限り一度死にかけているようですのであまり動かないほうがよろしいでしょう。後、そこの父親は型式を使いすぎて、ふっつぅぅの人っぽいとのことですし』

「ん~? なんかす~ちゃん怒ってる~?」


 機械であるからこそ感情は見えてこないのだが、その機械音声を聞いていると、どかりと寄り添うように枢機卿の本体の前に座る二人を説教しているようにも見えてくる。


『いえいえ、怒っていませんよ。なぜなら私もこれ以上何もする必要がないかと思うと、なぜに私を再起動したのか、という所に行き着くわけですが』

「いや、お前は俺達以上にこれからも活躍するだろうし、お前が動いてないと全部の枢機卿が動かないし情報を得られないだろうが」

『許可証所持者がほとんどいないのにそんなわけないでしょう? それにあちらにはすでに私から独立起動する枢機卿がいるわけですし、なぜか分からないのですが、すう姉と羨ましく呼ばれていたりするわけですし、どちらが優位かと思われますかね?』

「何に怒ってるんだお前は……」


 枢機卿に会ってからなぜここまで何度も呆れなければならないのかと。

 思わず怒られているようで正座になってしまっていた自分に気づくと、春は立ち上がって背伸びをした。


『私の憩いの場を潰した輩には報復をしたくて堪らないので本来ならあなた方に依頼したいところではあるのですが、ああ、忌々しい……』

「お前なぁ……まあ、なんにせよ。お前を守るのも必要だろう。俺達がいれば例え俺以外の別天津が来ようがなんとかなるだろう?」

「来るとしたら一人しかいないじゃない」

「ああ……そういやそうだな。あいつしか――」


 むすっとするピュアに、春はしまったと、思わず焦って言葉を止めた。


天之常立あめのとこたちは春のことですし、高御産巣日たかみむすひ神産巣日かみむすひはあなた達が倒したのだから、後は――』

「……おい」


 春の睨みの静止に、枢機卿も気づいて言葉をそこで止めた。


 残る『別天津』は一人。

 それはピュアにとって思い出したくない相手でもあり、この裏世界という世界を創り出した男の名でもある。


「――まあ、あいつは現れないだろう」

「そうね……会ったところで、私達が勝てるとは思えないけども……」


 ピュアを裏世界へと。

 自分の創りだした仕組みである、『運送屋プレゼンター』を使い、実の娘を裏世界へと売った人物。


「あいつは――」


 嫌な感情と思い出を思い起こさせてしまったことに、春は一歩ピュアへと近づく。

 先ほど説教を受けていたかのように互いになぜか正座をしていたため、座り込んでいるピュアの肩に手をかけては、慰めの言葉をかけようとした。










「――だよなぁ。俺しか、いないよなぁ」










 びぃっと。

 まるでテープが引かれるような音を立てて、春の首元に横一文字にゆっくりと線が引かれていく。


「――え。……?」


 ぐらりと揺れて、その上の塊が落ちていく様を見て、ピュアは動きを止めてしまう。

 先ほどまであった自分の旦那の首元から、一気に噴き出す血液と、自身へと倒れてきた体を、理解できないままに抱きしめて体がダメージを負わないように衝撃を和らげることしかできない。



「――はる……? っ!? あ、あんた……」



 驚愕。

 ピュアが浮かべた表情はまさにそれだった。

 共に、目の前で自分の夫が殺されたことと、自身が動けない状況に、死を悟ったのか、苦々しい表情を浮かべる。



 いつそこに現れたのか。

 先ほどまで春が立っていた場所にずっといたかのように男が立っている。


 自分の実弟である冬とよく似た男。冬が大人になって歳を重ねたような見た目に、ピュアは自分の夫が目の前で殺されていることさえ忘れ、冬が無事でいるか心配になった。

 そう思う心の行為は単に、今の現状に心が追いついていないだけであるのもすぐに分かった。だが、今この流れる激情に身を任せてしまっても、何もいいこともなければ、任せてもらえる時間も残されてはいないと悟る。


 自分の愛する弟ではないことは、彼女が一番よく知っている。

 相手が自分を見つめる表情に浮かべるのは無関心であり、そのような表情を冬が自分に向けるわけがない。


 先程殺した相手にさえ興味がない。

 殺したことさえ当たり前であり、息をするように殺しただけなのである。

 そう思える程の無関心さと、そう思えた自分が、ここまでこの男を知ってしまっていることにピュアは酷く苛立ちを覚えた。


 だが、今のこの状況で。

 その苛立ちをぶつけるよりも。

 自分の夫が殺されたことよりも。

 所持者最強といわれた自分でさえも、この男に相手にされないことに。


 なによりも無関心なその男の行為によって。


「あんたを殺すために探してたって言うのに、やっぱあんたさい――」


 その言葉を発する間にも。

 彼女の頭部はことりと地面へと転がり落ちて、言葉を発しなくなった。





「ああ、そういやお前。俺の娘だっけ。あー、そうだっけなぁ。そういうのいっぱいいたし、大体殺してきたから、親とか子とかどうでもいいんだよな。まあ、探してたところ悪いけど、ご苦労さん」





『……』


 枢機卿本体は先ほどまで仲良く会話していたことがまるで嘘のように思えていた。

 丸い球体の機械である。冬の枢機卿のように体があるわけでもないので目の前で起きた惨事を見ることしか出来ない。だが、体があったとしても、今のこの状況は同じ動きをしてしまっていただろう。


 フリーズ。

 目の前で突然起きた光景に、機械らしく枢機卿本体は動きを止めていた。


 信じられない。

 何が起きた?

 誰がどうした。

 今そこにいたのは誰だった?

 私の親の二人ではないか?


 すぐに起動。

 このような時に人のように体があれば。人の感情の同一のものが自身にあることを枢機卿は恨めしく思った。

 物言わぬ機械であればこのような状況にもすぐに判断して効率よく動けたと言うのに。体があれば二人を護ることができたかもしれないのに。と、世界最高の頭脳とも言える、自律思考の情報媒体であるからこそ、フリーズから復帰してすぐに知覚した事象を理解し把握する。


 体がないからこそ、今出来る最善――警告を発しようと動作する。



「お前も、もういらないかな。情報なんてあってもなくてもどっちでも変わらないからさ。そんなの、知りたがりの弱い奴等が自分を護るための防衛処置だろ?」



 声ですぐに相手を照会。

 該当。

 すぐに緊急要請を通達しようと電子は動く。



「お前がいくら情報を蓄えてそれを提示したとしても。お前のように頭があるわけじゃない。有効活用さえ出来ないんだから、お前、いる必要ねぇじゃん」



 先に進む彼等の仲間へと警戒のために――



「だから、さ。壊れちゃえよ。もう。いらねぇよ。もう。こんな協会。高天原そのものも。裏世界も」








 ――天之御中主あめのみなかぬし








 枢機卿本体がその相手の正体を発する前に。


 いくつものまっすぐな筋が、枢機卿本体の球体に走る。

 かこんっと、外れるような音を立ててずるりとずれては地面に落下していく。繋がる細微のケーブルがだらりと零れ落ち千切れ、断裂した部品が火花を散らし、機械内部をさらけ出していく枢機卿。


 直後起きる、本体内部からあふれ出る熱量により、許可証協会は内部から吹き飛んだ。


 轟音とともに広範囲に飛び散る破片に、燃え広がる火災。

 裏世界の人々が住むその中枢で起きた爆発は、一気に広がり拡大し、阿鼻叫喚の巷と化す。



 その爆発の中に一人。

 業火と爆炎の中、こつこつと物ともせずに歩く男がいた。





「は。やっぱこの裏世界ってのは、創ってみたもののどうしようもないな。お前達が俺の考えに至れないってことは分かってたつもりだけど。……勘違いしてんだったらもういらねぇか」





 誰に言うわけでもなく、一人呟き辺りの光景を見ると、にやりと笑みを残して、その場から消えていく。




 許可証協会の崩壊。

 表世界への入り口であり防波堤の破壊は、すぐに裏世界全体に爆炎と共に駆け巡る。



 その結果が引き起こす未来は――








      ――表世界の蹂躙。









End Route00:『雪』と『春』






――――

お知らせ


小説家になろう様にて、『ライセンス!』の後日談のような番外編のような続編のような立ち位置の作品『雪が止む頃に』を公開してみました。


https://ncode.syosetu.com/n9194gz/


※カクヨム様でも公開してたりします^^;


なろう様は、文章の最下部に☆が五つ並んでいるのですが、こう、☆☆☆☆☆を★★★★★と、お星様をぽちっとですね……いや、むしろカクヨム様でもこの作品でもお星様を頂けますと嬉しい限りです(●´ϖ`●)


これからも本作品をよろしくお願い致します(≧∀≦)

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