第二部:プロローグ:求め、直す者

第182話:その結果が引き起こした一つの結末 1


 薄暗い赤が支配するその二十畳程の部屋には、一つの機械が置いてあった。


 二十畳とは言っても、辺りに散らばる機械や何かが割れたような部品の散らばりから、人が歩くスペースとしてはそこまでないのかもしれない。

 太い血管のように張り巡らされたパイプ管が部屋内を支配しており、集結先である一つの機械から何かを排出されるために繋がっているようで、ごうんごうんと小さな機械音をたてていた。


 機械に囲まれるようにひっそりと佇むそれは、今日も音を絶え間なく奏で続ける。








 こぽこぽと。

 水の音が聞こえる。

 それはまるで気泡のような音であり、その音が自分の口元から上へ――いや、正しくはそれは体全体から小さな気泡となってぽこぽこと上部へとあがっていた。


 ぷかぷかと浮遊感に包まれて。

 人が一人は入れる程度の小さな試験管の中。

 まるで標本のように浮かべられた人間が、満遍なく溜まったうっすらと緑色の色をつけた水の中で起こす、『生きている』という証拠の気泡だ。



<……ここ、は……?>



 その人――服を着たままその中に放り込まれたような様相の青年は、眠たくて仕方のない目をうっすらと開いた。


 今の青年にとっては見たことのない部屋。

 でも、子供の頃なら見たことのあるような部屋。



<……ああ、ここは……>



 青年はゆっくりと思い出していく。



 自分の身に何が起きたのかを。

 自分が何をして、何もできず。

 そして、何かを護ろうとしたのに、何も護れなかったかを。



<でも、これは。……夢だった。こうなった後に僕が見た、夢の中の記憶だった>



 先程まで見ていた、自分が辿ってきた道。

 そして自分が思い出の中に浸っていたことに気づいた。



<スズ……>



 その思い出を思い起こさせてくれるのもまた。


<……ごめんね。ごめんね>

<僕がそうしたかったから。僕が弱かったから。だから、そんなに自分を責めないでください、スズ>

<……ごめんね。ごめんね>


 自分の傍で。自分の耳元で。傍に居続けてくれている彼女だ。

 何度も謝り続ける最愛の人の声に、自分の声は届かない。


 傍にいてくれるのは嬉しい。でも、その懺悔をずっとさせ続けてしまっていることが悲しく、そうさせてしまった自分の力の無さが惨めだった。

 慰めたくても触れられない。話しかけられない。動けない。



 青年――永遠名冬は、そう思いながら目を閉じることしかできない。





 冬が意識を失う直前に見た光景。

 それは、『縛の主』によって泡と化したスズだ。

 なぜそのようなことをする必要があったのか。冬は考えた。


 その主の行動は、スズという『苗床』を効率よく素体に反映・潤滑させるために液体化とする動きであり、冬に見せる為に固形化させただけであり、この時すでに実験に成功していたのだ。

 『縛の主』はそうすることでスズという素体を、爆発的に量産化することに成功しており、その量産化の結果が、姫達許可証所持者達が遭遇した、スズと同じ姿をした兵士達――『主の子』達だった。



 『型』を作り、そこに素体の元を流し込む。

 液体には、そこに至るまでのパイプ管を通る過程で知識を与えていく。

 その知識を偏らせて洗脳へと変えるにはそこまで時間がかからなければ、裏世界、強いては人体実験施設である月読機関からしてみれば、そこまで苦労がかかるわけでもない。

 型の中に溜まった流動化している液体に、薬品と刺激を与えて固定化させる。

 それだけで素体の元であり自身のためだけに動く兵士がフィギュアのように出来上がるのだ。


 無尽蔵な液体となって、常に素体の元を作り出す、『苗床』。

 その苗床が液状化した水は、人と言う種の全てが詰まった液体スープだ。


 疑似人工生命体。

  『苗床の成功体』。


 ――人為的に作られた、命の元と素体を生み出すためだけの液体人間。






 それが。

 『水無月スズ』の正体だ。






<スズ……>

<ごめんね。ごめんね>


 『縛の主』と戦い、何もできずに首を落とされたあの時を冬は思い出す。

 意識を失った直後。何があったのかは、辛うじてまだ会話のできていたスズから聞いた。

 『縛の主』という圧倒的なまでの君臨者に冬が勝てるという一縷の望みは捨ててはいなかったが、いざ最愛が倒されたことを考え、スズは自身が泡とされる瞬間を狙っていた。


 自身の体を構築する素体が消え、液体となった彼女は、すぐに冬に纏わりつき、取り込んだ。

 冬自身を全て取り込むことで、冬と言う種を生存させることができるからだ。


 自身が生み出した素体に宿った冬という人格。

 『苗床』という存在からしてみれば同一の個体に近しい二つに分かれた愛しいその人を助けるために、復元するために、自らの体に取り込んだ。


 取り込むことで、『縛の主』からもう二度と引き剥がされないために。


 冬を奪われないために。

 自分をどうしても手に入れる必要のある『縛の主』と、自分を賭けて交渉をした。






 『自身の苗床の力を存分に使わせる代わりに、冬の生存を認め、傍にいることを認め、手を出さないこと』





 それに対して、『縛の主』から提示された条件をスズは了承した。





 『共に苗床の檻から出ないこと、出さないこと。元の姿に戻らないこと』





 そして二人は。

 人が一人入れる程度の試験管――『苗床の檻』の中に閉じ込められ。

 そこで今も、生き続けている。



 何日経ったか分からない、この、檻の中で。

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