第163話:想いをのせて 3
「……う?」
瑠璃はまた目を覚ました。
地面に水溜まりのように。アイスが溶けるように闇の中へ消えていこうとしてた瑠璃が目覚めて辺りを見てみると、自分の周りに自分を取り込もうとしている影ではない別の影がそこにあることに気づいた。
その影が、自分の意識を覚醒させたのだと思うと、自分の最後を看取ってくれるなら誰でもいいかともそう思えた。
「やぁ、瑠璃」
そこに。
自分を呼ぶ、空から降ってくるかのような、軽やかな声が聞こえた。
その声はあまりにも懐かしく。
すぐに言葉を発することはできなかった。
「僕は言ったはずだよ? 『呪』の型は使うなって。こうなることくらい、自分でも理解できてたよね?」
「……兄さん……」
声だけで分かる。
そこにいるのは、青いカジュアルスーツに身を包み、にこにこと常に笑顔なポニーテールの髪を揺らす、瑠璃の兄だ。
「でも、よく頑張ったね」
「兄さん、僕は……会ったよ」
「ん? 何にだい?」
「冬君に。僕達が世界樹から助け出したかった冬君に、僕は会ったよ。また友達として仲良くしてくれたよ。……楽しかったよ」
「そっか……よかったね、瑠璃。ずっと会いたがってたからね」
昔と変わらない笑顔で。
すでに闇に消えかけている瑠璃と流石に目線を合わすのは難しいが、それでもしゃがみ込んで話しかけてくれて、かけてくる言葉の隅々に伝わるその暖かさに、自然と涙が溢れてきた。
「兄さんは……収穫はあったかい?」
「ああ、まあ……ね」
「……? 兄さんは、何をしていたんだい?」
「あー……うん? 瑠璃、冬君から言伝を聞いてないのかな?」
言伝。
そう言われても、冬から何か兄絡みで聞いたことはなかった気がして、瑠璃は必死に彼とのやり取りの中で聞き漏らしがなかったか確認した。
それと共に、「冬君が兄さんを知ってたなら、何で教えてくれなかったのか」と、皆で皆の捜し物を探していたのに酷いなぁと考えが過るのも、体が弱っているからなんだろうとも思った。
「僕は君達の傍にいたよ?」
変わらぬ笑顔の中に申し訳なさそうな雰囲気を浮かべる弓に、瑠璃は不思議に思う。
「……あれ? もしかして――」
<ラムダは誰から教えてもらったねん>
<A級所持者『紅蓮』さんからですね>
<知らんな。その人にコンタクト取ったらわいも知れそうか?>
<残念ながら、いきなり拉致られて教えてもらったので……>
<ふ~ん。まあ、地道に探すか>
<いや、そこは拉致されたことを突っ込もうよ>
<ガンマ君は紅蓮さんとは知り合いでは? よろしくって言ってましたよ?>
それは、『ガンマ』として。
ラムダが、B級殺人許可証所持者になり剥奪される前日に、『そばかす』と『ラムダ』の二人とチャットで話していたときのことだ。
「……A級殺人許可証所持者――『紅蓮』……?」
「正解だよ」
今にして思えば、どれだけ身近にいたのか。
いなかった。それは確かだ。
先程、『冬がなぜ教えてくれなかったのか』と疑ってはいたが、冬も知らなかったのだと、疑ったことを申し訳なくも思いもした。
だけども。
「兄さんは……僕達の傍に、いた……?」
「そりゃあ、君達は実の弟と、弟みたいな友達だからね」
傍にはいた。
ずっと近くで、傍で、護ってくれていた。
「ははっ」
そんな素晴らしい兄へ。
「兄さんはやっぱり――」
最後に最愛へ向けるは、曇り一つない尊敬と敬愛を込めた笑顔。
常に僕の上を行くから凄いゃ――
瑠璃の言葉は風に乗り。
微かに辺りを揺らす言霊のように。
とぷんっと。
影の中へと、消えていった。
「お疲れ様。瑠璃」
兄は、消えるその時まで。
傍で、慈しみの笑顔を向けたまま。
彼の最後を、看取る。
End Route02:『瑠璃』 完
辺りはいまだ『焔の主』の焔でぶすぶすと焦げ付く黒い炭の世界。
その世界に、青の若者が一人佇む。
若者――弓は、つい先程までそこにいた、最愛の弟の消えたその場所を見つめ続ける。
その表情は、深い哀しみに包まれているのか、しゃがみ込んで俯き影が落ちて伺うことはできず。
「……瑠璃。君は、本当によく頑張った。『焔の主』さえ倒すほどに成長したなんて。お兄ちゃんは嬉しいよ」
弓は今は闇の中へと消えていった自分の弟がいたはずの虚空を見つめて、そう呟く。
「……でも、君の努力は無駄なんだよ。そう……無駄なんだ」
辛そうに悲しげな表情を浮かべてその場所を見つめる先には、何かが落ちていた。
瑠璃が消えたその場所に。
ぽつんと。地面に一つ。
「君の頑張り。そしてこれから起こること……。この先にいる、僕達の仲間。そしてそこを抜けて世界樹へと向かう冬君達。みんな、全部。無駄に終わるんだ」
許可証No:6999299999
コードネーム:シリーズ『ガンマ』
階級:A級殺人許可証
落ちていたそれは、交通系のカードくらいの大きさの、表面にそう記載されていた証明書。
弓の弟である、遥瑠璃の、殺人許可証だ。
「これはね。決まってることなんだ。……だって、これは……僕等が知りえるはずもなく気づけないままに、次のために進むための道程なんだから」
瑠璃の、今は形見ともなったその許可証を拾うと、その許可証をじっと見つめながら呟き続ける。
「僕も含めて、この戦いは、負ける。後はこの先の戦いだけだ。だから、そこで終わらせるわけにはいかないから、これが、必要なんだ。……借りていくね。瑠璃」
瑠璃の闇があったその場所をじっと見つめて軽くお辞儀をすると、弓の体はふっと消えた。
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