第155話:『影法師』 3

 尽きるのことない、杭。

 尽きるはずと思っていたそれが一向に尽きることがなく、ガンマ一人だけの我慢大会の様相を呈してきた状況に、焦りを通り越して焦燥を感じだした頃。



「……まさか……」



 ……おかしい。


 またもや着地点を読まれて杭を打ち付けられ、辛うじて『疾』の型で一瞬減速して着地点をずらして回避に成功したガンマは、この終わることのない杭避けゲームに違和感を感じた。




「……鬼ごっこは終わりかぁ?」




 数十分ほど、その追いかけっこは続いていた。

 違和感を感じては、これ以上の逃亡は無理だと悟ったガンマは、何度も繰り返し飛び続けた後、突如スピードを緩めて姿を現す。


 その足元に、分かっていたかのように、かしゅっと音とともに吐き出される一つの杭。

 違和感は、この、『杭』だ。


 その杭が、どこから装填されているのか、ガンマは途中から考え、見定めていた。



「……困ったね。足場が消えたよ」



 遊ばれている。

 これだけ必死に駆けても、これだけ必死に逃げ続けても。


 今のガンマの動きでは、『焔の主』の目をかく乱するほどまでに動くことができないと、力の差を痛感した。ただ、それだけの結果だ。




 だから、分かったことは一つだけ。

 絶えることなく穿たれる、その、『杭』の正体についてだ。



「貴方は、自身の『焔』で、杭を生成しているんだね」


 『焔』の型で生成された、杭。

 それは、杭のように見せかけた、炎の塊が正体であった。

 そして、『焔の主』は、『炎の魔人』のように、体全体に『焔』を纏っている。

 つまりは、無尽蔵に杭を生成できるということになる。


 そんなことをすれば、どんな武器でさえ簡単に壊れてしまうから誰もやろうとしないのだが、それを可能としているのが、『焔帝』の遺産である『型式砲天』であり、目の前でそれを実践されていたのだから、その暗器の有能性に納得するしかない。


「ご名答。お前みたいに、弾が切れるまで逃げようとしたやつは何人もいたぜ」

「……それを早く言って欲しかったかな」

「言うわけねぇだろ。鬼ごっこ楽しいんだぞ」


 やられたほうは溜まったもんじゃない。と、ガンマは深く息を吐く。

 熱された周りの大気の中を駆け抜けていたためか、自身の体力消費も激しい。

 べっとりと汗でくっつく衣服が煩わしく感じてしまうが、脱ごうがこの暑さは変わらない。


 吸う息も吐く息も、熱気で体は熱くなるだけ。

 明らかに不利な状況もガンマの気力を削ぐ。


「参ったね……」


 逃げたところで、何の意味もなかった。

 ガンマは、自身の判断のミスに、この場を切り抜ける方法が少なくなってきたことを感じる。


「で~? 次はどうするんだぁ? 逃げるか? それとも――」


 ガンマが自分の周りに『流』の型を発動した。

 ゆらりと、水色がガンマの周りで流動する。その水色は冷たく、周りによって熱されたガンマの体を心なしか涼しく癒やしてくれた。


「やっぱ、『流』の型で俺に対抗するしかねぇよなぁっ!」


 嬉しそうに笑う『焔の主』に、殺人許可証所持者となり一年経って殺し続けてきたことを思えば自分は戦闘狂だと思っていたのだが、この目の前の魔人に比べればそう名乗るものもおこがましいとさえ思ってしまった。


 そんな相手に、自分の『流』の型は通用するのか。

 複合技術を使うにしても、体全体に纏うあの『焔』を鎮火させることはできるのだろうか。


 『主』は、その型を極めた存在と同義ともされている。正しくは、極めた存在だからこそ『主』足りえるのだ。

 いくら目の前の男が『変態』といえど、『焔』の型は先の攻防からしても自身より扱いに慣れ、ただただ強い。


 『焔』の型では、どう足掻いても勝てない。

 つまりは、同一の型で対抗しても、競り負ける。


 そう感じたからこそ、ガンマは『火を消すには水』という、単純な考えで『流』の型を出してみたのだが……


「でもよ~、結局、俺のこの『魔人モード』を貫くことの出来た『流』の型なんて、一人くらいしか存在しないんだぜ?」

「……一人、いたんだね」

「おぅよ。いるさ。一人だけ。ありゃいい女だったぜ」


 『女』という言葉に、ガンマの脳裏を過ぎる存在があった。

 『流』の型で、『焔の主』と真っ向に戦える存在となれば、早々数がいるわけでもない。実際、本人も一人だけと言っていることから、その相手が同等の存在であることを理解させる。


 『焔の主』と同等の力を持った、『流』の型の使い手――


「……まさか」

「俺の元嫁『流の主』だけが、俺のこの焔を静めることが出来たんだが……なあ、ガンマちゃんよ、お前は、『流の主』を超えるくらいの使い手なんかね?」


 それは、


 『流の主』

    久遠静流くおんしずるだ。


 殺人許可証を発行する、許可証協会の支配者。

 裏世界を、許可証の力で均衡を保つ役目を持つ、現『主』の中では唯一の女性だ。


 <許可証ライセンス協会>と高天原の科学組織<天照アマテラス>を管理する女性。


 その彼女が『焔の主』と夫婦であったということにも驚きだが、その主と同等の力を持っているかと言われれば――



「……やめた」


 ガンマは、その域に達しているとは思っていない。

 幾ら誰よりもA級殺人許可証所持者になるのが早かったとはいえ、それはあくまで早熟だからであり、潜在能力が高いだけであり、時間をかければその域に達することのできる自信はあっても、今段階ではそこに辿り着けているとは言えない。


 ただでさえ、目の前の『焔の主ヘンタイ』に『焔』の型で勝てないことを目の当たりにしたところだ。



「お、やめるのか。図星だったか」

「そりゃそうでしょ。貴方が言うように僕は、『流』の型を極めているわけじゃない。オールラウンダーだからね、僕は」

「はっ。一つのことを極めたほうが、俺みたいに強くなれるぜ」


 それは妙に説得力があった。

 実際、型を一つ極めれば、それに対抗できるだけの力がないと太刀打ちできないことも今先程痛感した。


 だが、だからといって、今すぐそれを直せるのかといわれても、できるわけがない。


「ここまで勝てそうにない相手――いや、に会うのも、二人目だね。裏世界ってやっぱり強者ばっかだよね、本当に」


 このままでは、負ける。

 だが当初の目標は、その先にいる仲間達にこの男を向かわせないことであり時間稼ぎである。


 時間はある程度稼げている。

 だが、ここで逃げても、結局はこの男はこの先へと進んでしまう。

 目の前の男は、炎を纏った無傷の男だ。


 この男の強さを目の当たりにして、このまま仲間達の元へと向かわせるほど、ガンマも出来た男ではない。


「まいったね。どうにも……」


 まさに時間しか稼げていないこの状況に、ガンマは、一つ、決断をせざるを得なかった。

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