第154話:『影法師』 2


 向けられたそれから放たれた殺気と、射出された棒のような塊が飛び出してきたことに、瞬時にガンマは体をずらした。


 半身となってすぐ。

 ひゅんっと音と共に、先ほどまで体があった場所を通り過ぎていったそれは、ガンマの背後の太い大木の幹を簡単に貫き、バキバキと更に貫通して遠くへと飛んでいった。


 貫くついでに、木々に真っ赤な炎を灯して遠くへと消えていく様は、まさに火の玉のようで。


 だがそれは火の玉ではない。実際に過ぎ去ったそれは、細長い『杭』だ。


 『焔の主』の代名詞ともなった『弾倉式杭打ちパイルバンカー』こと、『型式砲天』から放たれた杭。


 砲弾として飛ばされていた小石より、『杭』はより大きな物体である。

 小石は小さいからこそ見づらい。その見るべき標的が大きくなれば、その分見やすくもなるからまだ小石より杭のほうがましだと思っていたのだが。


「いきなりだね」

「そのいきなりを避けたのは誰だよ」


 その杭が、小石と同じスピード――いや、それ以上のスピードで迫ってくる様は、圧迫感を覚え、また、大きな物体だからこそ、当たればそれだけで致命傷ともなりえるのだから、更に集中しなければならないのかと、自分の神経が磨り減り過ぎないか心配になる。


 にやりと不敵な笑みを浮かべる相手に、反射的に勘に等しいレベルで辛うじて避けることの出来たガンマも普段と変わらない笑みを返す。


 その返した微笑みは、ただの虚勢であり痩せ我慢である。


 ガンマの首筋につぅっと汗が流れ落ちた。

 周りの熱気のせいで落ちた汗ではない。


 先のような攻撃が再度来たときに避けれる自信はないからこその汗だ。

 警戒を常にしておけば避けれるだろうかと、ガンマはすぐに警戒心を最大まで引き上げた。


 ふと思えば、杭だろうが小石だろうが。

 この男が放つのであれば、どちらにしろ、致命傷だ。

 そう思うと、覚悟することもできた。


 かちゃり、かちゃりと、目の前の焔を纏った初老の男の腕で音が鳴る。

 その音にガンマの顔面が蒼白になった。


「僕の想像通りであれば……ちょっと勘弁して欲しい所だけど」

「ぁあ? ぁー……そうだな」



「想像通りか、味わってみるといいぞ」


 先程よりも早く、それは飛び出した。

 飛び出す音は複数。


 つまりは――


「連射とか――避けれるわけないじゃないかっ!」


 『弾倉式杭打ち』だからこそ、連射が効くのである。


 ガンマはとっさに『疾』の型を発動し、自身の体に最大限に纏った。

 辺りの大気を利用し、自身を加速させる。


 高速機動。


 燃え散る大木に一瞬だけ足をつけ、その一瞬に力を込めてまた空を駆ける。


「お?」


 一気に加速したガンマは、『主』の前から消えた。

 辺りにびゅんびゅんと音だけが聞こえるその速さに、『焔の主』も狙いを定めて杭を撃つその動きを止めた。


 ガンマの動きは更に加速していく。

 先程の『主』の小石や杭のように。木々に触れては触れたその場所を破砕する。まるで、ガンマ自身が弾となったかのように。


 その加速していく動きには、理由があった。


 『焔の主』がもつそれは、『弾倉式杭打ちパイルバンカー』だ。


 弾倉がある。

 あれば、数には限りがある。

 実際、数回撃てるだけの装填場所しか、その武器には見受けられなかった。


 だからこそ、弾が切れるまで、ただ避け続けようと、ガンマは動き続ける選択をした。


 だが、それは避け続けて弾をなくす理由である。

 速度をあげる理由ではない。


 より速く動くことを選択した理由。

 それは――



「おーおー、早いねー。よく避けてるじゃねぇか」



 少しでも気を抜くと、ぼんっと、破裂するような小さい音が鳴ったかと思えば、目の前には炎の塊――『炎の魔人』が。


 自身の姿が見えなくなる程の圧倒的なスピードで動き続け、かく乱し、不規則に動き続ける予測不可能なその動きを止めれば、すぐに『主』は接近戦へと持ち込んでくるからだ。


 自身の半身を吹き飛ばし身軽になりつつ、軽くなったその体を、爆発させた風圧で自在に宙を舞い。


「撃ち貫くぜ。避けてみなぁっ!」


 がちんっと、装填される恐怖の音が響かせながら。

 ガンマの動きに追従し、時にはガンマを言葉の通り貫こうと襲いかかる。


 『弾倉式杭打ちパイルバンカー』だからこそ、本来の距離は近距離が適しているのだから。


「くぅっ!?」


 だからこそ、ガンマは必死に動き続ける。

 『焔の主』に掴まらないように。狙撃されないように。撃ち貫かれないように。


 辺りの熱気を吸い込みながら、熱されて熱くなる体に鞭打ちながら。

 その動きは、目にも止まらぬ程に。


 一般人では間違いなくその姿を見ることはできないほどに。

 型式を使うことのできるようになってまだ日は浅いシグマラムダフレックルズそばかすでは、その動きを追うことは出来ないほどであろう。


 そんな速さまで。

 そこまでの速度で駆けたガンマを――


「みえてんぞー」


 ――『焔の主』は的確に見極め、ガンマの次の着地点に杭を撃ち続ける。


 その杭が、終わることなく次々と射出されていき、それが大木を薙ぎ払うたびにガンマの空中での逃げ場も少しずつなくなっていく。



 時には中距離、遠距離からの杭撃ち。

 時には突貫からの接近戦。


 拳が。炎が。杭が。


 ガンマの体に大きな穴を開けようと、咆哮のような風切り音を鳴らしながら近づく、『焔の主』。





         『焔石えんせき




 そこにガンマが放つは、『焔』の型と『縛』の型の複合技だ。

 唱えるように汗だくのガンマから紡がれるその言葉と共に、突如、ガンマの正面に真っ赤に燃え盛る大きな石が現れた。


「はっ! そんなもんで俺の動きを止められるとでも思ってんのかぁ?」


 だが、急に目の前に現れた隕石のような石をものともせず。

 避けることさえせずにそのままぶつかった『焔の主』は無傷である。


 ガガンッと、大きな音をたてて、接触と共に粉々に砕け散った石は、更に熱量の高い『主』に触れたことでどろりと溶けては粘っこい液体となって飛び散った。


 その間、数秒。


「なんだ。目晦ましかよぅ……お前、速いから目で追うのは老体にはキツイんだぜ?」


 その間に接近戦を回避できたガンマはまた逃げる。


 やはり、今は逃げるしかない。

 まだ弾倉は残っているようで、だが必ずそれは来るはずだと信じて逃げる。


 先の『焔石』の破砕でガンマはいくつか理解した。


 自身が生み出す『焔』の型の力は、『焔の主』からしてみれば、何の障害にもならないほどの熱量であり、そよ風レベルなのだと。

 そして、その『焔の主』自身の熱量は、焔石を簡単に溶かすのだから、最低でも1200℃は有しているということ。

 つまりは、火葬場より高い温度なのだから、何も考えずに近づけばこちらの体が燃えだすのだから近づくことさえ無理だということだ。


「みぃ〜つけたぁ!」


 ひゅんっと、思考に耽っていたガンマの傍を、燃え盛る杭が、熱気と共に通り過ぎていく。


 そして、また捕捉されて中・遠距離からの杭撃ちが始まる。


 避けては背後の木々がまた幹をなくして燃えては消える。

 それだけの熱さの杭が当たれば、木に限らず。それこそ体は溶けるかのように貫かれるのもまた理解できた。




「これが、裏世界――最強……っ!」



 追いつくことができないほどに、目の前には実力差という断崖絶壁の壁が立ち塞がる。


 ふと思い出すは、一年前。


 冬と共に許可証試験の一次試験で、共闘したときのことだ。


 早さで圧倒しようとかく乱し、ガンマこと瑠璃に簡単に追い詰められて殺害された殺し屋がいた。


 あの時の殺し屋と同じく。


 今は、自分が、殺される側なのだと。


 改めて、痛感――



「もう、さ。よけるのやめねぇ?」

「……いや、それ死ぬんだけど」

「俺さ、こんなこととっとと終わらせたいんだよ」

「……なぜかな?」

「ぁぁん? 決まってんだろ」



 ――痛感し、もう一つ、ガンマは理解する。



 この目の前の最強は、

 見た目が初老の若作りの老人でありながら、


「チヨちゃんポイントを使い切りたいんだよ。ふふふ……。溜まってるから、このポイント使ったらチヨちゃん何してくれるかなっ!」


 『焔の主ロリコン』で『焔の主へんたい』なのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る