第117話:気づき、そして

『精神的な攻撃に慣れていないからこそではありますし、慣れる機会などないのはわかりますが、もう少し、貴方は耐えることを覚えなさい』


 そう言って冬の傍に立って冬を引き起こした枢機卿は、冬の代わりに目の前の少女に相対する。


『さて。弱いものいじめを見続けるのも飽きました。聞きたいこともいくつかありますので教えてもらいますよ』

「弱いものいじめ……」


 ……言われてみれば、最近いいところないですね。


 そう思い、実際に言われ、今もその通りに自身が護られていることが悲しくなった。


 だが、今のこの不利な状況に、凹んでいられない。

 まずは三人の行方を知る必要があると気持ちを持ち直す。


「しょうがないでしょ。冬はまだ型式覚えたばかりなんだから」

『ひよこみたいなものですね』

「そうそう、ひよこー」


 片方は裏世界のすべてを知り。片方は許可証所持者のトップ。

 そんな二人から見れば、確かにひよこであろう冬ではあるが、実際言葉にして言われるのは嬉しいものではない。


「あははー。ごめんごめん」


 枢機卿に呼応するように、ぽんっと、冬の頭を謝りながら軽く撫でて前へと進むピュア。


「……あっ……え……?」


 その、冬の前に立つ、白髪の女性の後ろ姿を見て。


「さぁてー。色々教えてもらうわよー」


 ぐるぐると、腕を回すその姿を見て。





 <幻惑にも通じるなら……――雪っ!>





 あの時、なぜ、春が『姉』の名前を呼んだのか。


 自分は、『幻惑』をかけられ続けていて。

 姉を姉として、『視る』ことが出来なくなっていたことを。


 なぜそうされていたのかは不明だが、こんなにも近くに、いたことに。




       気づいた。





「ねぇ……さん?」




 理解した結果の、当たり前の確信をもった質問。


 その声に、ぴくりと。

 冬に背中を向けながら、ピュアは少しだけ反応を示す。











「さ、さぁてー。い、い、色々教えてもらうわよぉぉっ!」








『ああ、さっき。『幻惑』、切りましたね。焦っていたからとは言え、なぜ全部解除したのですか?』

「い、いろいろぉぉ……も、もう一回かければっ!」

『見苦しいですよ。ピュア。そもそも、とっとと話しておけば良かったのですよ』

「……なにしてんだか……」


 二人の会話に、春も今の情勢に似つかわしくない呆れたため息をつく。


「皆さん……知って……?」


 三人の会話に、冬は騙されていたような気分を味わった。三人の言っていることや、今自分が目にしていることが信じられなかった。


『とにかく。その話は後回しです。和美様と未保様、スズ様の居場所を割り出さないといけませんからね』


 今の状況を忘れて、泣きそうな、嬉しそうな。でも、怒っていそうで、理解できないような、なんとも言えない表情にころころ変わりながら、無防備に立つ冬を無視することにし、話を進めていく。


 冬からしてみれば、いくら騙されているような気分を味わおうが、突如、探し求めていた姉と出会えたのだ。

 三人の行方も心配ではあるのは間違いないが、あまりにも、ぶらっと、突然すぎて。


 何が? 何で? どうして?


 そんな考えで頭のなかはいっぱいであった。


『もっとも。教えてくれそうにもありませんし、知っていなさそうではありますが』


 実際のところ。

 そんな冬の心境なぞ、枢機卿からしてみれば、目の前で生存を確認できている冬のことより、確認できていない彼女たちの安否の方が、重要である。


「むぅ……そこのメイドさん、邪魔だなぁ……」

『邪魔しているのですから、そう思って頂けたなら、これ幸いですよ』

「……人形さんが、美菜の邪魔しないでよ」

『あら? 貴方、確か『人形遊びドールメイク』とかの、人形で自分を慰めることしか出来ない、まさしく人形ごっこが得意だったのでは?』


 枢機卿の分かりやすい挑発に、笑顔の美菜の眉間に皺がよった。


「……いい性格っ。あったまきたっ。人形なんだからばらばらにしてあげるっ!」

「頭にきた。なるほど。これがそう言う感情ですか。ありがとうございます」


 深々とお辞儀をする枢機卿に、更に美菜のイラつきが膨らむ。


「……はぁ? 何であんたみたいな人形にお礼言われないといけないの」

『私が、十分に怒っている、怒れているということを、理解できましたから。貴方の存在にも意義があったということですね』

「怒ってるのはこっちなのにぃーっ!」


 美菜が叫ぶように頬を膨らませて枢機卿を睨み付け、


「……なんなの? お兄ちゃんの傍にいるのは美菜だけでいいのに。お兄ちゃんの傍には女の人多すぎだよぅ」


 冬の回りにいる女性のそれぞれが癖がありすぎて、傍に多くて、ため息をついた。


『それは同感です』


 枢機卿は元々、冬のサポートとして他の所持者と同じく、許可証協会から貸与された存在である。


『……楽しくはありましたがね』


 だがそれは、冬が以前枢機卿に犯した大罪から、枢機卿自身が通常扱いとせず警戒し、より本体に近しい存在として接しためではあるのだが、気づけば、冬と、その周りにいる女性達との交流を経て、また、自身の製造者の嫁であるピュア――永遠名雪の弟であるからこそ、自分の弟であるように思えていた。


「あーあ。お兄ちゃんに近づく子が多いから、美菜はこれからが大変だね」

『永遠名冬に見てもらえなくて、ですか?』

「……はぁ?」


 だからこそであるのか。


 枢機卿は、


 友人として。


 姉として。


 その彼の、周りの親しい友人、恋人、に危害を加えられたことや、それに気づかなかったことに、自身にも憤りを感じていた。


「お兄ちゃんが見てくれない? 何を言ってるのかな?」


 枢機卿は、ちらりと、背後で、探し求めていた姉に出会い、その正体を知って固まったままの冬をみた。


『見て貰えると思う方がどうかしてますが。正体隠して皆さんと仲良くしていれば、まだ見てもらえたかもしれませんね』


 枢機卿は、思う。


 裏世界や表世界で、許可証を所持して人殺しなんてするような子ではない。人に優しく、要領の悪い子なのだから。と。


 きっと。

 自分より自分の周りに危害を加えられなければ、敵でも許してしまう。

 そんな隙があるからこそ、簡単に相手に付け入られる。

 先に簡単に入り込まれて意志を塗り替えられそうになる。


『厄介な子ですよ、貴方は……』


 枢機卿からしてみれば、だからこその、手のかかる弟であり、目を離すと危なっかしすぎて、見ていられなくもある。


「えー? 美菜のことが好きになるようにしたらいいだけでしょ?」

『……仮初めの気持ちで貴方がいいのならそれでいいのでしょうね』

「うん? 仮初めじゃないから大丈夫だよ? お兄ちゃんはそんなことしなくても、美菜が好きだから」

『……その一方通行の愛に、彼女達は巻き込まれたわけですか』

「酷いなぁ。両思いの美菜達に手を出してきたのが悪いんでしょ? それに、もうどこかで死んじゃってるでしょ」

『……なるほど』


 枢機卿は、話すことで何か情報を得られないか探ってみたが、この少女から知り得ることはないことに、ただでさえ貴重な時間が無駄になったと悟った。


『では。貴方に聞いたところで、彼女達の行方はわからないと言うことですね』

「当たり前っ☆ 知るわけないよっ」


 けたけたと、無邪気に笑う美菜に、まさに時間の無駄であったことに、枢機卿の我慢も。


『であればこそ――』


 枢機卿は、美菜を睨み付け――


『私の安息の地を汚した罪は、重いですよ』



 その言葉を残し。


 美菜の胸部に、黒い棍型の武器がにょきっと生えた。

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