第101話:五人目と枢機卿 1
「はる~」
そんな間延びをする声が室内に響く。
ここは
シグマこと、
シグマは公開処刑とも言える黒帳簿に掲載された冬を見て、冬の自宅からすぐに表世界の自分の家へと戻ってきていた。
その一室。
「ちょっと、黙ってろ」
その部屋で、そわそわとしながら隣で自分を呼ぶ女性に邪魔されないよう一言入れて、自身の目の前の緑の半透明の液晶画面を動かしていく。
「――ん?」
『何か、わかりましたか?』
違和感を感じて特定の画面を見続けるシグマに、別の女性の声がかかる。
「……ああ、姫が言ってた通り、冬の許可証を剥奪したのは、『疾の主』ってことがわかった」
「情報組合のボスがなんで冬を陥れるのよー」
『……ピュア絡み、ですか?』
「え。私のせいなの!?」
ピュア――冬の姉である雪は、自分のせいだと言うかのような、もう一人の女性のシグマへの質問に、隠すことなく驚いた。
「いや、そうじゃない」
自身の旦那の訂正に、雪はほっと安堵の吐息を漏らす。
『『主』が絡んできていますので、ピュア絡みかと思いましたが』
「こいつに関して言うなら、『疾』と『焔』は関係ないだろう」
『それもそうですね』
「も~、二人して、す~ちゃんに至っては何で私より旦那と分かり合ってるみたいに話してんのよ~」
どこかずれた意見を雪が返してくるのも、また二人は慣れたもので。
『え。一応……私の親ですから』
何でと言われても。という不思議そうな声で、す~ちゃん――枢機卿は雪に当たり前に返した。
「……そうだった……親だったねー……」
「ああ。一応、娘みたいなもんだな」
「旦那の娘なら私の娘でもあるわね。まー、こんなに立派に育ってー」
うんうんと、何かに納得する雪を、枢機卿とシグマは呆れながら見る。
『ピュアは母というより、手のかかる姉でしょう』
「……だな」
「なによー!」
『そんな馬鹿げた話はよくてですね』
「馬鹿げてないよっ!? 奥様として旦那様を理解しよ――」
「『疾の主』は、あくまで枢機卿の情報を元に、断罪を決行しただけだな」
『私の情報を元にならば、あのようになるはずがありません』
「いや……この情報は、隠されていた。だからいきなり現れたんだろうな」
『隠された? 私に知られずに、ですか』
二人が無視して話しだし、「よく似た親子だよ、ほんとー」と、ぶすっと頬を膨らませてベッドの上にごろんと横になる雪。
だが、ごろごろ転がりながらもその話はしっかり聞いているようで、二人から目を離すことはない。
枢機卿は、まさに「手のかかる姉」を見るように近くで待機し、シグマの回答を待つ。
「前々からおかしいと思ってたことがあってな。それが見事に的中したってとこだ」
シグマが液晶画面を投げるようにスライドすると、その液晶画面に書かれている内容を雪と枢機卿はじっと見ていく。
そこには、とある殺人許可証試験の授与式時に作成された許可証所持者の一覧と、そのコードネームの簡略化された情報が載っていた。
『これは……私が作成後、本体に保管しているデータですね』
「ああ。お前、五人って認識してるか?」
シグマの五人という言葉に、枢機卿は思い当たる節がない。
むしろ、何を当たり前に私の本体にハッキングしてデータを拾ってきているのかと逆に怒りたい気持ちでいっぱいだった。
何か思い当たったのか、ベッドの上で豆電球を頭の上に灯した雪がにやりと笑った姿を見て、より枢機卿は怒りを覚えた。
「正しくは四番目ではあるんだがな。お前が登録したんだぞ?」
『……私が?』
「冬達の許可証取得試験。あの時の合格者は何人だ?」
『そんなの言われるまでも。
「もう一人。五人登録されている」
二人の目の前に置かれた液晶画面の一部を指差した。
簡略化された情報ではあったが、そこには、確かに。
五人の名前が。
しっかりと記載され、承認されていた。
『……まさか……これがそれですか……?』
「もっと言うなら。大樹に関しても、本当は合格者ではないんだがな」
『……え?』
「あの時の合格者は、瑠璃と松と冬の三名だけだ。樹については『縛』の主からクラッキング受けてるぞ」
その形跡を見つけていたシグマは、さらっと枢機卿に伝えると、二人の前に置いていた液晶画面を自分の手元に戻して画面を触りだす。
「……まあ、大樹の件はこの際どうでもいい。関係ないだろうからな」
『いえ、関係あるでしょう。私に簡単に入りこめられている時点で』
「いや、管理権限の執行をされただけだからそこまで重要な話でもないぞ」
『なにを。私より高い権限を持ち得ているとか――』
「ああ。お前、二番目の権限だから」
『……はぁ?』
「まあ、今の状況的にそれもまずいから、お前の権限を一気に最上位権限まで持ち上げておいたから、これ以上こんなことはされないけどな」
さらっと、「そんなことは今更どうでもよくて」と言うが、枢機卿からしたら大問題である。
自分の内部を、知らない誰かに常に見られ、触られ弄られていたに等しいのだから。
『……いえ、まあ、その話は後にしましょう。後でたっぷり説教するとして』
だが、今はそれは後回し。と考えをすぐに切り替える。
枢機卿は大人だった。
「ま~……こういうのは確かに分かりにくいわ。おまけに、しっかりと権限付与して情報を弾いてやがる」
『そうですね……しかもリンクしているわけですか』
「そう。ちょうど一年前くらいからか。冬が許可証を取って活躍し始めた辺りで、同時に動いたみたいだな。で、本当にそれを行い続け――」
『冬がB級昇格と同時に切り替えた』
「だな。何のためかも分からないし、今更戻したところで遅いだろうけど――っと」
ぴろろん♪
シグマは急に鳴り出した電話を取ると、心底嫌そうな顔をしながら受話先の相手と話し始めた。
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