第99話:足止め A面

「ん? 何で大樹も一緒に逃げてんねん」

「同期勢揃いだね」


 エレベーター前で立ち塞がる二人は、冬と樹を見ると、ほっと安心したかのようにため息をつきながら声をかけてくる。


「瑠璃君……松君……」


 まるで二人は。

 地上へと上がらせないかのようにエレベーター前に立つ。


 今の冬は、犯罪者としての扱いだ。

 その犯罪者を捕まえる為に二人も動いたのかと、冬は警戒した。


 二人も追っ手のように見え、一年前にスズと逃避行しようとしたときのことを思い出す。


 あの時はただの勘違いだった。

 だが、今回はあの時とは違う。


 覚えはないが、自分を捕まえる理由も正当性も彼等にはある。


「……ああ、何だか、あの時を思い出すね」

「どの時やねん」

「ほら、そばかす君が冬君の家のドアを壊した時のこと」

「あー……必死に逃げようとしてたときの話かいな」


 二人も、冬と同じことを思い出してくれた。

 冬はそんな思い出という笑い話を共有する二人に顔を歪める。

 その歪みは、友人として仲良くしてくれた二人への嬉しさと――



「逃がして、くれませんかね?」



 ――これから殺し合いをしなければならないという悲しさに。

 今にも泣きそうな、苦しそうな。歪んだ表情だった。



 二人とは仲もいいと冬は思っている。

 許可証試験から――共に命を預けあい、似たような境遇に助け合おうと誓った、



       【仲間】



 である。

 少なからず、冬はそう言う認識で。

 戦いたいと思えないし、戦っても勝てる自信もない。



 でも。

 表世界に逃げ出す為にも、向かってくるなら戦わなくてはいけない。


 冬は、半減した自分の武器に手をかけ、指と指の間に針を持ち、二人に敵対する意志――戦闘体勢をとった。




「「……はぁ?」」




 冬のその動作に。

 腕から、しゃんっと、鈴の音のような音を鳴らせ。

 ぴきっと、二人のこめかみに、怒りのマークが浮き出た。


「君は相変わらずの――」

「あんさんはほんまに――」


 二人は一斉に――



「「馬鹿野郎で勘違い野郎かっ!!!」」



 ――冬の脳天に、拳骨を炸裂させる。


 遠慮のない一撃に、目の前に星をちりばめた冬は、地面に片膝ついてくわんくわんと頭を揺らす。



「そうなりますよね」



 姫がうんうんと納得すると、胸元からバイブ音をたてるスマホを取り出し、そんな三人に興味が失せたのか話し出す。

 樹も冬を憐れむように見つめ、チヨはこの状況が理解できていないが、二人の発言に冬が馬鹿なことをしたのだと理解して姫と同じように知った顔で頷いている。


「な、なんで……」


 ぐいっと、襟首を掴まれ無理やり立ち上がらせられた冬は、目の前の怒り心頭の松の表情に困惑した。


「君を知っていて、あんな馬鹿げた噂、信じる人がいると思っているのかい?」


 瑠璃も、流石に両目を開き、怒りを露にする。

 その言葉に、冬は、


「僕を、疑って……ないんですか?」


 二人がここに来た理由を、勘違いしていることにやっと気づいた。


「当たり前じゃないか」


 瑠璃の呆れたため息と共に告げられた答えと、それに便乗するかのように樹も頷く。


「僕を、助けてくれるんですか……?」

「天然もたいがいにせぇよ。理不尽な状況に陥った友達助けるんに、理由なんていらんやろが」


 友達。

 そう、照れくさそうに言う松が言った言葉に。



「僕を、信じて……くれるんですね……」



 襟首が解放されると、ふらつく冬の頭を松がくしゃりと撫でる。


「「当たり前」」


 肩に瑠璃が手を乗せると、「足止めは任せて」と変わらぬ笑顔を向けてくれる。


「二人とも……」


 二人が冬に背を向けて追っ手に立ち塞がるその背中に、冬は堪えることなく涙を流す。


 周りが敵になった今。

 姫や樹、弓が信じてくれていることは嬉しいし、心も救われた。


 でも、それでも。

 自分を狙う輩は多く、極めつけは、背後から追ってきた仲間であったはずの許可証所持者達に、味方はもういないと思っていた。


 まだ、助けてくれる仲間が残っている。

 まだ、信じてくれている仲間がいた。


 嬉しくて、冬は



「ありが――」


 涙を止めることなく、感謝を――


「――うるさい」



 述べることができず。



「「え……?」」



 姫の一言で、辺りがしんっと静まり返る。


「次、私の電話が終わるまでに喋る愚か者がいたら、問答無用で、殺します」


 姫からあふれ出る光は、救いではなく、死の恐怖を辺りに撒き散らしながら圧倒的なまでに周りを照らす。


【喋る愚か者】と言ったが、それをそのまま受け取る所持者はここにいない。


 動けば、死ぬ。

 動けるわけがない。

 物音立てただけで、死ぬ。


 それが、暴虐と暴力と理不尽、悪魔のような妖艶を撒き散らす、『鎖姫』だから。


 そんな鎖姫は――


「それは……本当に……本気ですか?」


 何度も何かを電話越しに確認し、うっとりとした表情を浮かべ唇を艶かしく舌でゆっくりと舐める。

 その妖艶さに、ごくりと、その場にいる男性達だけでなく、女性達も心を奪われ動きを止めた。


「分かりました。すぐに向かいます」


 そんな電話をかけるだけで艶を漂わせる姫の指先が、ぴっと、音を立て電話を切ると、「喋っても、いいですよ?」と姫は満面な笑顔を皆に向けた。


「お相手しようと思ったのですが、急用ができました」


 そう言うと、姫は瞬時に冬に近づくと小脇に抱える。

 冬が驚きながらも抱えられることに慣れてすぐさま姿勢を正している間に、もう片方にはチヨが抱えられていた。


 抱えられた時点で受け入れて抵抗しないのもおかしいのだが、二人揃って、「なんで?」と声をあげてしまう。



「ガンマ、そばかす。ここは任せても?」


 姫の確認に、瑠璃と松は頷き、姫は目の前の許可証所持者達に背を向けた。

 冬とチヨを抱えた姫が、急ぎエレベータへと向かいだし、樹が二人をちらりと見て頷き後に続く。


 残った瑠璃と松は、互いを見合うと、笑いあった。


「さ~て、と」


 瑠璃と松は、改めて追っ手に体を向ける。


「ざっと、二十人程度、かな?」

「せやな。見たことない所持者やけども」


 『戦乙女』の背後にいる許可証所持者を見ながら、松は面識のない相手に違和感を覚えた。


「今年、結構な数が入ったみたいだからね」

「ほー。有望な奴等がわんさかかいな?」

「試験内容が甘くなったらしいよ。ほら、所持者少ないでしょ。増えてる敵対勢力に対抗できなくなってきたみたいだよ」

「ほー?」


 松は、ぐるりと所持者を見渡すと、正面に立つ自身の恋人を見る。


「……で? どーすんねん」

「私は旦那様とは戦わないわよ~」

「じゃあ引くか?」

「引けないでしょ~、でも、新人達が躍起になってついてくるから~」

「どんな関係やねん」

「いちお~、新人の教育者かねてるからね~。今回の仕事はうってつけでしょ~」


 戦乙女の背後にいるのは、新人殺人許可証所持者である。それも、なぜか女性はおらず、男性ばかりである。


「あれれ~? 嫉妬かなぁ~?」


 普段から男性に囲まれて仕事をしている戦乙女ではあるが、慕われるように囲まれることはあまりなく。


「嫉妬……?」

「ふふ~」

「あー、まあ、独占力はあるほうやな」


 「逆ハーみたいでしょ~」と、自分がモテているような優越感もあってか、自身の彼氏が今の状況に自分を意識してくれることに嬉しくなって更に挑発するように言った。


「自分の彼女が若い男――言うても同年代より上やけど、知らんとこでそんなんはべらかしてたら、怒らないとか、別れられないと思ったお前に腹がたつけどな」


 そう、返された内容に。

 「あ。やぶ蛇った」と戦乙女は焦りを感じた。


「ち、違うよ~っ!?」

「違うもなにも――」


 松が無邪気ににこやかに。

 笑顔と自身の暗器――型式砲天略式の刃を向ける。


「変な目した奴等、全員殺せばいいだけ、やろ」


 やぶ蛇であり。

 新人達にとっては災難である。



「うわぁ……松君、嫉妬深いんだね」

「ほっとけ」


 今は相棒とも言える隣のA級所持者は、痴話喧嘩に軽く引き目に松を見ながら笑い、自分より下位所持者を悲しそうに見つめる。


「残念だけど。君達は僕らがここで引き留めるわけなんだけどさ」

「わりぃなぁ。取得するのも大変なんは知っとるけど」


 瑠璃は自分に半身を向ける相棒に背中を合わせて同じように刃を所持者達に向けた。


「「とりあえず、死んでもらおうか」」


 二人が、友人を守るため、笑顔で同業者に死を撒き散らす。

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