第93話:大樹
まさに廃墟と化したその一角で。
辺りの惨状に戦意喪失した戦乙女と冬が座り込むその爆心地。
姫は動けない戦乙女に近づくと、
「――、――」
「……えっ!?」
何かを耳元で囁き、戦乙女の横を通り抜ける。
「行きますよ。永遠名冬」
「は、はい……」
何を話したのか分からずに、冬もふらふらと立ち上がる。
言われたことに驚き固まる戦乙女に警戒しながら通りすぎようとするが、大災害とも言える惨状に、体も強張り上手く動かない。
「さっさと歩きなさい。お荷物」
あまりにも遅い動きに、姫が冬の襟首を掴んで持ち上げて。
そしてまた。
二人の逃避行が始まる。
姫の小脇に抱えられ、普段は熱気覚めやらぬ<鍛冶屋組合>の町を、別の意味で熱気が冷めなくなった区域。
姫が起こした爆発に、追っ手は消え。
だけども、あまりにも大きな爆発に野次馬や消化作業に追われる人も多く。
その中に冬を狙う新たな相手もいるかもしれないと警戒しながら二人――抱えられているので実質一人――は慌てふためく住民達に見つからないように走り抜けていた。
「待て。冬」
そんな声が聞こえたのは、戦乙女との戦いからしばらくして。
現場から離れて人気が少なくなった場所で。
「……樹君」
C級殺人許可証所持者『大樹』
冬は、同期の殺人許可証所持者に姿を見られて呼び止められていた。
いや、正しくは。
「逃げるな」
追いかけていたようでもある。
「樹君も……僕を……」
許可証剥奪という災難に見舞われ姫に助けられながらの逃避行。
姫に助けられていることから、仲間は自分がそんなことをしていないと信じてくれていると淡い希望を持っていた冬は、樹のその言葉に打ち砕かれた。
逃げ場はどこにもない。
これから、仲間達からも追われる身になったのだと、痛感した。
それこそいっそのこと、このような境遇に追いやった裏世界全てを滅ぼす為に、殺し屋へと身を堕とそうと思うほどに。
「大樹、でしたか。貴方も情報に踊らされているクチですか」
姫もまた。
先程戦乙女と戦ったこともあってか、目の前に現れた殺人許可証所持者は敵だと認識し、小脇に抱えた冬を降ろし、大樹と相対する。
「何の話だ?」
「……え?」
大樹から返ってきた言葉は、樹を敵と認識していた二人を固まらせた。
「ああ。冬がさっき裏世界で指名手配されたことか。そういうのはどうでもいい。お前に話したいことがあったから引き止めただけだ」
誰からも逃げているのは分かっているはずで。
だったら「逃げるな」と言わないで欲しいと思うが、以前、樹に似たようなことを言われたことを思い出した。
許可証の授与式の後だ。
『避けるな。潔く殺されておけ』
あの時も、無口に無愛想に、同じようなことを樹が言っていたことを思い出して、一年前のまだこのような状況になっていない楽しかった日々を思い出して、目頭が熱くなる。
「ついてこい」
そう言うと、樹は二人がついてくることが当たり前と思っているのか歩き始めた。
「ついていきますか?」
「……何かあるのかもしれないので、行きましょう」
「そうですか。彼が味方であるといいですね」
そういうと、姫はまた、冬を小脇に抱えだす。
どうやら、冬は。
裏世界では姫に常に小脇に運ばれる宿命のようだった。
樹に連れてこられた場所は<鍛冶屋組合>の区域でも端にある家屋。
すぐ傍には、エレベータから見た、岩盤からにょきっと突き出た樹の根が見える。
遠くからみても大きいと思っていたが、近くで見ると更に大きな根であり、その根をくり貫いて人が住んでいるのだから驚きだった。
「ここが俺の家だ。ここなら誰も来ないだろう」
その家屋は、二世帯住宅のように二つの家がくっついている。
一つが二階建ての居住区として使われ、もう一つは仕事場として使われているようだ。
離れているとはいえ、<鍛冶屋組合>が幅を利かせる地でもある。
鍛冶をするに当たって必要な一式も揃っており、樹が鍛冶をするのかとまた驚く。
「樹君は……僕を、捕らえないのですか?」
「捕らえてほしいのか?」
「……」
一階居住区のど真ん中に置かれた大きな机に、ことりと湯呑みを置くと、樹は姫と冬に座るように促した。
「訂正するなら、お前の今の状況は、捕らえるではなく、殺害だ」
「でしたら殺す気ですか」
「殺るならあの場で殺るし、お前みたいな得体の知れない化け物メイドを相手にするくらいなら逃げる」
冬達が席についた後に、樹も二人の対面に座る。
「化け物とは失礼ですね」
「化け物と思っていないわけでもあるまい」
「貴方達が弱いだけですよ」
姫が優雅に湯呑みに口をつけて飲みながら樹に言葉を返す。
互いに何か譲れないものでもあるのか、妙に化け物について張り合っている。
姫が「毒ではないですよ」と、冬に飲むよう促した。
毒見をかってくれたようだが、もし毒が入っていたら姫がどうなっていたのかとも思う。
「頂きます……」
喉が渇いていた。
熱い緑茶だが、すぐに冬は飲み干してしまう。
「まあ、あのようなことになれば疑うだろう。辛いのもわかる。……安心しろ。俺はお前の味方だ」
「油断させて後ろからとも」
「黙れ女狐」
敵ではない。
「……ぅ……っ」
樹が敵ではないと。
例え嘘だったとしても、その言葉に、冬は涙を流してしまった。
裏世界がすべて敵。
それは間違いない。
だが、それでも自分の味方でいてくれる人がまだいることが嬉しくて。
「ありがとう、ござい――ます……」
「だが、な」
「?」
流れる涙を必死に拭う冬は、樹が立ち上がって真横に来ていることに気づかなかった。
「お前をここに連れてきたことはまた別の話だ」
そう言うと、樹は――
ぱこーんと。
冬の頭を思いっきり殴った。
「いっ!? な、何を!?」
別の意味で涙を流す冬に樹は意外と石頭で固かった冬の頭に、驚きとひりひり痛む拳をひらひらと振りながら冬と同じく涙目に。
「お前。俺に言うことないか」
「え。な、なんですか?」
そんな冬に、再度のぱこーんが。
今度はぐーではなく、平手だったのは、手を痛めないためだったのかもしれない。
「お前、俺と約束してただろ」
「え……」
「今度、俺にしっかりとその武器見せると」
初めて樹と会ったときに、妙に武器に興味を持たれて世間話に言った話だった。
「あ……」
「後、糸だけでは心許なくなったから武器を見繕ってくれとも」
それは、シグマに仕事のレクチャーを受けた時。
樹と共に初仕事をして負傷したときに、糸だけでは裏世界を生きられないと悩んだ時の話だ。
「一年くらいお前が俺の工房に来るのを待っていたのに、来ないとは」
「え? いや……えー……?」
この一年間で、『針』という武器に行き着き戦力アップした冬ではあるが、どうしたら強くなれるか同期の仲間達に相談したことがあった。
「いや、樹君の家知らないですし」
「しらん。探せ。さあ、今日こそは見せてもらうぞ。見せないと怒ってもう一回叩くぞ」
何か、怒られるところが違う気がします。
そんな、冬の今の状況を気にせず接してくれる樹に。
「す、すいません……忘れてました」
「だろうな」
申し訳なさと心強さを感じ、また涙を流してしまった。
その涙は決して。
叩かれた頭が痛いからではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます