第四章:A級許可証所持者『シグマ』

第89話:――黒帳簿入り


「ああ、貴方達、ちょうどよかったわっ!」


 ――ファミレス。

 店長である香月は、裏世界の情報屋の中で拡散されていった信じがたい噂に、タイミングよく自身が経営する店内に走りこんで「ぜーぜー」と息を切らしている三人の従業員を見つけてすかさず声をかけた。


 勢いよく店内に飛び込んできた看板娘達に、ファミレスを利用していた数組の客が、従業員と一緒に驚いている。


「店長っ!」

「あの話、信じてはないけど、何があったの?」

「流石店長、情報早いっ!」


 すでに広まっていることには驚いたが、そのことを、信じていない人がいることや、味方がいたことに三人はほっと安堵する。


「私が仕入れる情報が早いわけじゃないわよ。広まるのが早すぎるのよ」


 そこに疑問を感じた香月店長は、その噂を信じてもいなかった。


 明らかな情報操作。

 トップレベルの情報屋であれば、この情報はすぐに虚偽フェイクだと分かるだろうが、中堅処やその下であればこのような情報には飛びつく。

 それがこの噂を流した相手の思惑ではあることにはすぐに行き着いた。


「冬君がそんなことしないことくらいは分かっているわよ」

「仲間がいてくれて心強いね」

「よかたよかた。これで信じられてたら冬も可哀想やわ」


 三人を護衛していた瑠璃と松が店内で会話する香月店長の答えに返すと、外を見た。


「……店長はん。その噂て、どれくらいの時期に流れたん?」

「そうね……半日くらい前かしら」

「……枢機卿より流れるの早かったってわけかいな」

「でも、その噂とさっき流れた情報を元に来たみたいだけどね」


 店内に、客を装って三人組みの男が入ってきた。

 それを案内しようとする従業員の一人を、瑠璃が腕を掴んで止める。


「B級許可証所持者『ラムダ』に関係した施設だな?」


 その中の一人が、店内で急に片腕から暗器を取り出し、一気に店内がざわめきだした。


「こんな風に、勘違いして襲ってくる奴らも出てきちゃうよね」

「お店に被害でるのだけはさけなあかんけどなぁ……」

「客が数組だけだったのが幸いってとこだね」


 相手は明らかに下位ランクの殺人許可証所持者だった。

 瑠璃と松はその三人組を見ながら、一般市民がこの場には普通に食事に来ているからこそ、どのように店内で戦うかを考え睨みを効かす。

 その間に、和美と香月店長が機転を利かせて従業員を奥へと、スズと未保が、声を張り上げて数組のお客を避難させていく。


 数組は簡単に避難誘導に応じてくれ、一気に店内は静かになる。


 瑠璃と松はため息をつき、とっとと闖入者を退治することにした。


















 ――許可証協会エントランス。


 そこでラムダは、カウンターの前で稀有な存在と相対していた。


 ラムダの目の前にいるのは、最高評議会『四院』であり、和美や香月店長の所属する、<情報組合>の管理者『疾の主しつのぬし』だ。


「……日頃の行いを恥じる……? どういうことですか?」


 そう言われても、恥じるようなことがないラムダは、何を言われたのか分からなかった。


 なぜ許可証の承認を受けるために来て殺されなければならないのか。

 B級昇格には試験はないと聞いていたが、これが試験であれば、エントランスにいる許可証所持者達もその試験の相手なのかと、考えてもキリがない。


「恥じる行いはないというのかい? これを見ても?」


 そういうと、目の前の男――形無疾は枢機卿にアクセスし、強制的にラムダの情報を開示した。



 放火

 通貨偽造

 機密文書偽造

 遺失物横領

 公然わいせつ

 強姦

 集団強姦誘致

 強制わいせつ住居侵入

 蔵匿

 脅迫

 監禁

 威力業務妨害行為

 強盗 

 窃盗

 詐欺

 恐喝



「重犯罪から軽犯罪まで。満遍なくよく活躍したもんだよ」

「なん……ですか、これ?」


 それはラムダが自宅から出た後に、許可証協会から全許可証所持者へ通達され、ラムダの個人情報が写真と共に公開された罪状であった。


 それぞれの記載内容には、どこでどのように何をしたか等、事細かな詳細が記載されており、この一年間で行ったと記載されている件数は何百にも渡っていた。


「枢機卿のデータに乗る、君の罪状だ」

「枢機卿に……? 何かの間違いでは?」


 ラムダからしてみると、そのような情報が自分の中に載っていたことも記憶になければ、それを行ったことさえ覚えがない。

 自分がもし記憶喪失や何かしらの障害、仕事をするうえで精神に支障を来していたのであれば話は別だが、そのような兆候もない。

 もし、これが正しいとしたら、枢機卿はあのように接してくれていたのだろうかとさえ、ラムダはその身に覚えのない罪状に驚くことしかできなかった。


「枢機卿は優秀なデータバンクだ。そこに載せられた情報は絶対だよ。特に、今現在も、とあるファミレス――君の働いていた店から被害が届けられていてね」


 形無はそう言うと、エントランスにいる所持者達に合図する。


「幾ら殺人を犯していいと言っても、それは限度もあれば、それ以外の犯罪行為は容認出来ないことくらいわかるだろ犯罪者。自分が取得できたこの許可証について、何でも許してもらえると勘違いでもしたのかね?」


 所持者達は一斉に自分達の武器を取り出し、敵対の意思をラムダに見せ、ラムダへの包囲を少しずつ狭めていく。

 その包囲の数は、二十ほどの数。

 それぞれが、仕事の経験を幾度となくこなして来た、ラムダと同じ殺人許可証所持者達――同僚だ。


「殺人許可証所持者の品位を下げる行為。それを今まで見逃していたとなったら協会の恥ともなる。だから、この場で死んでもらうことにした」


 目の前には。四院『疾の主』。


「逃げても構わないぞ。……すでに裏世界中にお前の情報は行き渡っている。表世界へ逃げようが、お前は追われる側の人間だ」


 逃げ場は、どこにもない。


「そ……そんなこと――」

「無駄ですよ、ラムダ」


 背後から声が聞こえる。

 一緒に来てくれた姫も、殺人許可証所持者である。


 ――もし、この情報を水原さんも見ていたのなら。


「貴方はすでに、黒帳簿ブラックリスト入りしております」


 先程、すでに知っていると思わせぶりなことを言っていた姫だからこそ、冬はこの時の為に近くにいて、先程一歩後ろに退いたのは、この状況に備える為だと感じてしまった。


 この場に誰一人として味方はおらず、あの圧倒的な力を有する姫が敵となることに恐怖を覚えた。


「水原さん、信じ――」


 とんっと、姫は逆にラムダの背中にくっつくように背中合わせになり、更に言葉を続ける。


「安心なさい。貴方を助ける為にここにいるのです」

「水原さん……」

「貴方がそのようなことをやっていないことくらい、貴方の家にいた誰もが信じておりますよ。枢機卿さえ、身を案じております」


 そう言うと、姫はくっつけていた背中を離し、一歩前へ――


「何をしたいのかは分かりませんが。これ以上は、私の友人への敵対行為と見做し、私が相手を致します」

「はっ、メイドごときが相手だぁ?」

「殺人許可証所持者の中でも見ないが、そいつの奴隷か?」

「……メイドごとき。奴隷、ですか」


 姫は近づく許可証所持者達の暴言に鼻で笑うと、紡ぐ。



「跪きなさい『牛刀』」



 姫の周りに、真っ白な光が満ちた。

 産声のように起動音を上げ、白い光が右腕に純白の穢れのない刀身を作り出す。



「舞い踊りなさい『鎖姫』」



 紡がれる言葉と共に左腕に現れるは、携帯できるように小型改良されたガトリング式の銃が。

 からからと、銃弾を欲して空回りする。



「そのメイドこと、『鎖姫』に殺されたいのなら。遊んであげますよ」



 その高名な弐つ名に。



 ラムダを狙う許可証所持者達は、自身が軽口叩く相手を間違えたと、絶句した。





   『御主人様の愛の奴隷です』




 エプロンドレスに描かれた文字は、今日も絶好調である。

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