第87話:昇格のために
そんな騒ぎも落ち着きを取り戻し。
リビングで思い思いに話をしている皆に、スズと一緒に飲み物を配っていると、
「さて。ラムダ。B級昇格おめでとうございます」
「……え?」
姫に不意に言われた話に、冬は動きを止めた。
「……僕、B級に昇格しているんですか?」
「何の祝いやと思ってたねんっ」
「……おい、枢機卿」
『……あ』
「「あ……?」」
枢機卿は、そんな一文字を残すと、静かになった。
「まさか……知らなかった……かな?」
「知らないですよっ、今聞きましたよ!? いつ昇格をっ!?」
「昨日だな。許可証所持者に通達があったが」
「聞いてないですよっ!?」
「枢機卿から聞かされるはずなんだが……なぁ?」
シグマがここぞとばかりに枢機卿を責めるように言うが、枢機卿はどこにもいないので、どこを見たらいいのか分からず。
『……言い忘れていましたが、なにか?』
「「まさかの開き直り」」
枢機卿が『ワタシ、ワルクナイ』と、いつもの表現の豊かさを捨ててこんな時だけ機械に徹する様に、周りもこれ以上は突っ込めない。
「ここに皆様が集まった理由を本人が知らないというのも、それはまた――」
「妙に落ち着いてるなとは思ったがな」
姫が途中で考え込むように動きを止めた。
シグマはここぞとばかりに煙草を取り出すが、姫が指をするっと動かすと煙草が二つに割れた。
「こんなことで『疾』の型、だ、と……」
「型式? 私はそのような力は基本使いませんよ」
「いや待て。型式じゃないなら、いつもお前はどうやって……」
「そんなことより、貴方は吸わないと生きていけないのですか。ピュアより先に死んだら殺しますよ」
どうやら死んだあとに殺されるらしいが、姫ならやれそうで怖かった。
「ラムダ、貴方は」
「はい?」
「……いえ。貴方に聞いても分かりませんね。枢機卿。協会に承諾の回答を行っていないのでは?」
よく分かっていないラムダよりも、協会と常にリンクする枢機卿に聞いた方が早いと思った姫は、枢機卿に問いかけた。
『……あ』
また、枢機卿が黙る。
「そ、それをしないと、どう、なります、か?」
「流石に許可証剥奪はありませんが、心証が悪いので次のランク昇格は遠退くでしょうね」
シグマを指差し、「そこのS級蹴った男のように」と付け加えられると、信憑性がより増した。
「おい。誉めるなよ」
「誉めてないし。私の婚期が遅れただけだったよ」
S級に昇格とは偉業を為したということでもあるのだが、本人はそれを蹴ったことをまったく気にしていないようだ。
「上位に上がるときには、協会からのありがたーいお言葉と合わせて、意思の確認、能力の査定がされるんだよ」
「査定……ですか?」
「拒否も出来るし、隠してもいい。とりあえず、自分が何が出来るか、だね」
『今から向かうことは協会に伝えておきますので、悪いことにはならないようにしておきますよ。感謝してください』
「「感謝できねぇからなそれ!」」
行かないと、親への報復だけでなく、姉さえ探せなくなる可能性があるなら、今すぐにでも行かなければと、冬は、皆を見て頭を下げた。
「僕の昇格に集まってもらったのにすいませんっ!」
「終わったら皆で飯でも食いにいかへんかぁ?」
「いつものファミレスで?」
「いつものファミレスで」
「では、急ぎますっ!」
冬は、すぐにリビングから身を翻して玄関へと向かう。
「冬っ!」
「先輩っ!」
「冬ちゃん!」
三人娘に同時に呼び止められ、冬は焦り急ぐ身を止めて振り返る。
「「「目指すは、S級っ!」」」
三人がなぜS級にさせたいのか分からないが、冬はその応援に――
「はいっ! いってきます!」
――支えてくれる皆に感謝を込めて返事を返し、裏世界へと向かう。
周りに支えられて昇格へと向かう冬。
その、冬が去った後。
冬だけが知らされず。
それは、起こる。
「盛大にやらかしたな、枢機卿」
『……』
「すーちゃんも時にはミスすることあるんだから、気にしないっ」
『……』
「まただんまりかいな」
「……何だか様子がおかしくないかな?」
それは、家主のいない家に残るのもおかしいので、皆で先に香月店長のいるファミレスへ移動しようと話をしている際のことだった。
『なんですか、これは……』
「え?――」
誰もが枢機卿の戸惑うような機械音声に動きを止めた。
そして――
『っ!? こ、これは承認できませんっ! 断固拒否いたしますっ! 協会は何を……なんですかこれはっ!? 強制公開? 何の根拠にこん、皆様っこれは虚偽ですっ――あぁっ!?』
驚く枢機卿の機械音声と、普段見せない焦りと叫びに、誰もが何かとてつもないことが起きたのだと気づく。
そして。
『
殺人許可証所持者の持つ許可証から、枢機卿の声が一斉に、流れた。
この家にいる半数以上が殺人許可証所持者である。
一斉に流れた、先ほどまで聞いていた冬の枢機卿とは違う感情のない複数の機械音声に、驚きと、目の前で起きた光景に全員が身を固めた。
「なに? こんなの初めてだけど……」
自分達が持つ許可証が、それぞれの目の前に浮き出し、いつもとは違う真っ赤な電子掲示板を強制的に所持者の前に表示させた。
「な、なんや? こんなんも出来るんかいな」
「……いや」
シグマはそこに書かれた内容を読みながら松の言葉に否定する。
「枢機卿は、普段は何かしらの端末に許可証を差して起動する。……これは、俺が次のステップに開発していた、テスト用の簡易枢機卿だ」
それは、情報というものが携行できず、得られないのが窮屈だったこともあって、シグマが開発に着手していたものだった。
どこでも簡易的に枢機卿を起動し情報を得ることができる。
これは、許可証所持者の生存率も上げ、今回のように非番の所持者に情報を即座に渡す事出来る為、仕事の効率も格段にあげることもできる次世代の技術であった。
そのテスト機構は枢機卿内部――つまりは、協会内部の枢機卿のマスターの中に保管されていたものだ。
完成間近のテスト段階であったそれが、自分の許可なく起動していることは驚くところではあったが、シグマはそれを見て、一つの結論に達した。
冬達の許可証取得試験の時にもその節があった。
三人の合格者のはずが、五人。
その内一人は、横槍だとはわかっていた。
だが、もう一人。
『第四位』の殺人許可証所持者取得者。
それは、一年経った今でも。
姿を、現していない。
「これが、その結果か」
そこに書かれていたものは――
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