第52話:相変わらず鈍い彼 1
冬のバイト先のファミレス。
「でさ。旦那とは上手くいってるの?」
「旦那って……冬はそういうのじゃないってば」
スズは、友達と冬のいない時間帯に来店し、恋バナに花を咲かせていた。
「あれだけ仲いいのに付き合ってないとか、あり得ないよ」
「私と冬は幼馴染みなんだけど」
「一人暮らしの彼氏の家の合鍵とか持ってるのに?」
「起こしにいってるだけだよ」
「通い妻ね」
「つ――違うってばっ!」
目下、スズと冬についての話題の最中であった。
「そもそも、旦那って言われて永遠名君の名前が出る時点で、意識しちゃってる証拠」
「う……」
「いい加減、くっついちゃえば?」
「絶対上手く行くって!」
と言われても。
スズはスズで、最近の冬に思うこともあった。
友達に話せるわけもないが、最近の冬が危険なことをしていることは分かっている。
姉絡みではないかとスズは思っていた。
姉を必死に探す冬のことを知っているスズとしては、そんな冬の邪魔になるようなことはしたいとは思えず。
だけど、見たこともない怪我をして、夜遅くに帰ってきた冬を見るのも辛く。
例え、冬とそのような関係になったとしても足手まといとなるのは分かりきっており、自分の気持ちは後回しとしたい部分もあった。
このまま、幼馴染みとして傍にいるだけでもいいのだが、誰か他の人に冬を取られたくもないし、自身の気持ちを伝えたいのも確か。
だけども、告白して振られたらその関係も変わりそうで。
冬が自分のことをどう思っているのか分からず、勇気がないのも確かである。
「二人ともお似合いだと思うけど?」
どうしてもくっつけたい友人達に、ちょっと待って欲しいと思いながら、渇いた笑いを浮かべることしかできないスズであった。
バイト先のファミレスへと向かう路地。
「あー。面白かったー」
冬は、先日約束をしていたファミレス仲間の和美と、やっと暇ができて先日約束をしていた遊園地に二人で遊びにいっていた。
遊園地でデフォルメネズミのカップルの鼻ちゅーを見たり、メルヘンな世界から急に落とされるジェットコースター等、遊園地に諸事情があって行ったことのない冬には新鮮な一日を過ごし。
流石に疲れはあるが、今日は互いにシフトが入っていたので、バイト先へと同じ道を歩いている最中だ。
「今日も頑張りましょう」
「えー。これからバイトとかだるいから休もうよ」
「いえいえ。流石に杯波さんが急に抜けると売上に響きますよ」
「えー。私、別に売上関係ないしー」
一歩先を進んで振り返りながら笑う和美を見ながら、冬は――
無事、何も起きませんでしたね。
そう、思っていた。
この、遊園地に行くというイベントは、当初は以前断ったお誘いの埋め合わせであったが、冬にとっては今は違うものとなっていた。
「冬君の手伝いをする代わりに、頼みがあるのよ」
ファミレスで未保の目を治すために手伝ってくれた香月からの依頼。
「あの子。可愛いからまた被害にあってるみたいなのよ」
「ストーカーですか?」
香月の経営するファミレスは、香月が選び抜いた可愛い処が揃ったお店である。
その従業員を守るため、香月は情報屋の力を惜しげもなく発揮し、従業員を良からぬことを考える輩から常に守っていた。
「……杯波さんも大変ですね」
以前、和美を狙ったストーカーは、すでに和美自身が冬に相談した結果、今は逮捕されて現れることはないが、別のストーカー被害にあっていることを情報網で把握していた香月は、許可証所持者となった冬に、またストーカーの撃退を依頼しようと考えていた。
「従業員が楽しく仕事してもらうためにも、冬君はとても重宝するわけよ」
「なるほど」
手伝ってもらってる手前、断れるわけもなければ、これからもお世話になるのだから断るわけもなく。
「杯波さんと出掛ける予定があったので丁度良かったです」
「あら。デート?」
「え。そうなんですか?」
「……あなた……いつか刺されるわよ……」
デート。
そう言われて初めてデートなるものを体験した冬ではあったが、冬のなかでは和美をそのような対象として見たこともなければ、体験して心境が変わったわけでもなく。
なぜなら、デートではなく、冬は『仕事』と思っているからである。
男女で出掛けるのだから、拗らせたストーカーが出てくるかもしれないと考えていたのだが、現れる気配はなく。
気を張らせながら、常に多数の人ゴミのなかで周囲を警戒していたので、疲れは相当なものだった。
「冬ちゃんも楽しかった?」
「ええ。楽しかったですよ」
和美はどうかは別としても、冬も少しは楽しめはしたが、――意外と楽しんでも先があるわけでもなく。
とは言え、和美の言うように、流石にこれから仕事と言うのも辛い。
次回がもしあるのなら、今度は休みを取っていこうと思う冬である。
依頼主である香月店長にも結果を伝えないと。と、間近に見えた依頼の終着点である自動ドアの前へとたどり着く。
何事もなく終わったことにほっとしながら、バイト先のファミレスへと――
「……冬?」
すーっと、ドアが開いた先のレジ前に、スズがいなければ。
きっと、何事もなくバイトも出来たのだろう。
「スズ……? ここで何を?」
「何って……ご飯食べてただけだけ――」
すっと、冬の片腕に腕が絡み付き重たくなった。
「冬ちゃん。今日は楽しかった! また誘ってねっ」
腕を絡めてきた和美がそんなことを言って、ずるずると冬を店内奥へと連れていこうと腕を引っ張る。
「いや、あの……?」
スズが連行するように連れていかれる冬の反対側の腕を掴むと、左右から引っ張られる痛みに真ん中から裂けそうに。
「……どこか、一緒に行ってたの?」
「遊園地に行ってました」
「ふ~ん……楽しかった?」
「そ、それなりに」
痛いのでどちらか離して欲しい冬は、なぜ互いに引っ張りあいを始め出したのか分からず。
出来ることなら、自分の体でやらないで欲しいと思わずにはいられなかった。
スズの隣の友人を見ると、「あいたたー」と、その引っ張られる現場を見てなのか、それとも別の意味でなのか、気まずそうな表情を浮かべて助けるような仕種さえ見せてくれない。
「私は楽しかったよー」
和美が反対側のスズを牽制するように言うと、ぐいっと力を込めて冬を引き寄せる。
「私は冬に聞いているんです」
そう、ムッとしてスズが引き寄せる。
一番の要注意人物が、この和美なのだと分かっているスズは、このまま冬を和美に持っていかれたくなかったし、和美は、冬といつも一緒にいる冬の同級生に、ただでさえ楽しかったデートの最後に渡したくもなく。
「いや、あのですね……ここ、入り口なので……」
両腕から伝わる何かしらの弾力もまた、冬には辛く。
とにかく離して欲しいと思うばかりだった。
そんな睨み合いは、
「お兄ちゃん引っ張るの混ざるー」
と、無邪気に飛びかかってきた
なぜ、こんなことになったのでしょうか……
なんて。千切れそうになって痛む両腕と、冷たい床に倒れて思う冬であった。
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