第50話:偽善と仲間達 2


「難易度の高い手術ができる、高名な医者の紹介?」


 ファミレス。


 アルバイト先で、冬はいつもと変わらず食器を片付けながら香月店長に話を聞いていた。


「冬ちゃん。病気でもしたの?」


 厨房で、注文の品が出来上がるのを待つ和美が心配そうに聞いてくる。


「いえ、僕ではなく。知り合いに目の病気を患った方がいまして」

「女の子?」

「……後輩ですね」

「女の子ね」


 性別は別にどうでもいいのでは?と、思いながら、洗い終わった食器を片付けると手を拭きながら小休憩。


「……まあ、いるにはいるわよ」

「紹介してもらえますか?」

「高いわよ?」


 和美が「店長がめつい」と一言残し、怒られる前に出来上がった料理を受け取って去っていくと、香月店長は深いため息をつきながら冬を見る。


「冬君、伝手の話よね?」

「はい」

「何かあった?」

「実はですね――」








「かっかっかっ! 枢機卿ってそんな冷たないでっ!」


 高笑いがファミレスに木霊する。


 今はもう営業時間も過ぎ。

 閉店したファミレスのカウンター席に座る、そばかすが似合う学生服の少年が、冬の話を聞いて爆笑していた。


「枢機卿って、許可証所持者用のシステムよね。見せてもらえないかしら」

「止めたほうがいいですよ。死ぬから」

「あら残念」


 そんなやり取りを香月店長とかわすのは、頭の頭頂部の髪を筆のようにゆらゆら揺らす細目の少年。


「さて。冬君の話に戻すと。いくつか問題があるわね?」


 なぜこんなことになったのかと、隣でばんばんと肩を叩く同期の立花松そばかすと、それをにこやかな笑顔で見ている遥瑠璃細目を見ながら冬は思う。


「ひとつは、その総合病院が裏世界の薬に関わっていること」

「その女の子が試験体やったことやな」


 にやにやと下衆い笑顔で、「で? 可愛いんか?」と冬の顔を覗きこむ松。


「後は、治せる医者、かな?」


 瑠璃がそれに付け加えて「恋人?」と聞いてくる。

 なぜか妙に疲れが伴った。


「医者は心当たりあるからいいわよ。副作用とかも綺麗さっぱりできそうな医者がね」

「ほな、後は病院潰すだけやな」

「協会に依頼しておくわ」


 香月店長の紹介なら安心だと、ペコリとお辞儀する。

 今回の紹介はただでいいという香月店長から、「後で相談に乗りなさい」と言われたことが不吉に思えた。


「協会に? 正式に許可証所持者の仕事にするのかな?」

「ええ。まだルーキーだから経験にしておきなさい」


 殺人許可証所持者に来る依頼は、他の組合からの依頼か、枢機卿に集まる情報を枢機卿が選別し依頼として発行するものが主になっており、枢機卿が金額やランクを指定し、許可証専用サイトに貼り出している。

 それを、許可証所持者は自由に枢機卿から受注するのがメインの仕事の受け方だ。


 今回で言うなら、組合に属する情報屋からの指定依頼という分類とすると香月店長は言った。


「報酬は?」

「冬君が出すのよ。私が出すわけないでしょ」

「ほー。友達価格で安くしとくで」


 この指定依頼の良いところは、信頼のおける相手へ依頼ボードを使わず極秘に依頼を行えるというだけでなく、依頼者が金額を指定できるということだ。


「……」


 どんどんと進んでいく話に、冬はまったく付いていけず。

 後で枢機卿にまとめて聞かないと分からなそうだった。


「ただでもいいけどね。樹君も呼んでさ」

「樹呼んだら金かかるんちゃうかぁ?」

「皆さん、本当にいいのですか?」


 冬は、皆がなぜこうまで協力してくれるのか、分からなかった。


「冬君。あなたはもう少し人を頼りなさい」


 そんな店長の発言に、ドキっとした。


「そやで。困ったときはお互い様や」

「一人で何とかしようとか考えてたみたいだけど、それだと疲れるよ?」


 疲れる。

 今疲れさせているのは、この三人が時折混ぜてくるちょっかいや質問ではないかと思ったが、これは嫌な疲れではなかった。


「ほな。依頼受けたら、病院潰すか」

「大きな病院だから潰したらニュースになりそうだね。標的を絞らないと」

「その選定と、医者の手配は私がやるわよ。……あら、そう言えば、このお嬢さん。私と名前一緒ね」

「可愛いんか?」

「可愛いわね。……採用よ」


 そんな三人が、とても心強く。

 冬は、何に採用されたかは、聞かないほうがいいと思った。


「……すいません。お言葉に甘えさせてもらいます」


 自然と。

 冬は周りに助けを求めることができた。









『はあ?』


 家に帰り、ファミレスでの事の顛末を枢機卿に話した冬は、早速嫌そうな声をあげられた。


『香月美保? 情報屋の、ですか?』

「はい。ご存知で?」


 だが、枢機卿が気にしていることが店長のことだったことに、疑問符をあげてしまう。


『貴方は……シグマといい、――といい、同期が優秀なことといい、どこまで恵まれているのですか』


 ファミレスでの世間話で知ったことだったが、瑠璃はまだ仕事をほとんど行っておらずランクはそのままだったが、松は先日、D級からC級へとランクアップしていたことを冬は知った。


 松曰く。


「何回か仕事したらすぐ上がれるみたいやで」


 だそうだ。



「店長がどうかしましたか?」


 途中聞き取れない言葉もあったが、不必要な情報だと思い、無視して気になった疑問を投げ掛けた。


『今はほぼ引退しているようなものですが、太って疲れたウサギが目印の、<情報組合>トップギルド『ミドルラビット』の長ですよ』

「太っ……あ。だからファミレスの看板が……?」


 ファミレスの看板を思い出しながら、香月店長がなぜ裏世界の医者を簡単に紹介できたのか理解できた。


 どうやら、凄腕だったようで。


 今度、姉のことでも頼らせてもらおうと思った冬であった。

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