第49話:偽善と仲間達 1

『偽善者になれそうですか?』


 自宅へと戻ったラムダは、自身の目の前から聞こえる女性の声に苦笑いを浮かべた。


「そうですね。まだ分かりませんが。一歩前進という所でしょうか」

『それはよかった』


 という言葉とは裏腹に、相変わらずの舌打ちが混じる半透明の液晶画面から聞こえる機械音声は、喜んでいるようには聞こえなかった。

 喜ぶといった複雑な人間の感情は持ち合わせていないだろうとも思えるが、舌打ちすることからそれも疑わしく。

 こんな仕組み、誰が作り上げたのだろうと作成者に思わず興味が湧いた。


 枢機卿の作成者にすでに出会っていることを知って冬が驚くのは、まだ先の話だ。


『まあ、偽善といっても、色んな意味があります』

「あれ? 慰めてくれてます?」

『まさか』


 枢機卿と先日話し、ラムダ――冬は、裏世界で手に入れた報酬は、全て表世界へ還元することに決めていた。


 自身が人を殺して手に入れた金。

 それを使って、自分の身を守るために武器や情報を手に入れることは気にならなかったが、自分の生活の為に使うということは躊躇われた。


 使っても気にしないのが裏世界の住人達である。

 そのお金で豪遊することを目的として裏世界へ身を落とすものもいるのだから。


 冬の目的は姉を探すことと、親に報復することだ。


 そこに、お金を稼ぐ、ということは必要なく。また、お金に困っているわけでもない。

 それこそ、順当にアルバイトで小銭を稼いで生活すれば、一生暮らせるだけの蓄えはすでにある。


 だが。

 裏世界に染まっていけば、いつかこの考えさえも、消えてしまうかもしれない。

 これからランクを上げたときに、必要になるかもしれない。


 でも、今はそうではない。


 枢機卿が言ったように、最低ランクだからこそ。いまだからこそ出来ることをしようと冬は思った。


 だから、自分ではないところで還元することに決めた。


 それの第一歩が、自身の身の回りでお金に困っている人への救済。



『それにしても、あの病院は黒かったですね』


 ラムダが病院で声をかけ、そして資金を提供すると伝えた少女――暁美保の目は、表世界の医師には治せないことがわかった。


 だからこそ、手術代が高い。

 いや、正しくは、治せないから高い、だ。


『情報屋は見つけましたか? あの少女の目を治すには裏世界の技術が必要ですよ』

「あ……そうでしたね」


 的確に忘れてしまいそうな情報を伝えてくれる枢機卿は、冬にとって重要で、とてもありがたかった。


 確かに、冬の行おうとしていることは、本人への承諾が第一歩である。


 殺人を犯して得たお金だ。

 金銭そのものに罪はないが、人間の感情として、それは汚れていると表現できてしまう。


 だからこそ、ある意味これからの使い道の実験でもあった。


「情報屋も宛はあるので明日にでも話してみますよ」

『紹介はいらないと。よかったです』

「問題は病院側ですね」



 最初に枢機卿と相談したときにすぐに出てきた対象は、記憶にも新しい後輩だった。

 その後輩の目の病気が何なのか、枢機卿のネットワークを使って調べた。


 その結果――


「ええ。裏世界で開発された試験薬の投与を、テスト的に行っていたというのは黒ですね」


 彼女は、裏世界の現在進行形の犠牲者だと分かった。

 投与されていたのは劇薬である。


 医学の発展のため認可の降りていない試薬品を投与するのは確かにあるが、試験者に同意を得て行うものであり、ましてや、人をじわじわと殺すための毒を投与されることはまずあり得ない。


「どこの組織から流れたかは分かりましたか?」

『……知ってどうします?』


 裏世界が表世界に深く関与し、被害を被る罪のない人がいることを知ったいい機会であった。


 それが、最低ランクのD級が主に表世界で暗躍する理由でもある。


 裏世界がどれだけ表世界に影響を与えているかを知るための仕事。

 それを知り、初めて裏世界に関わるための知識を養い、準備するのだ。


「早く、助けてあげたいですから」


 だからこそ。状況は違っていても、彼女は自分と同じく裏世界の犠牲者、と考えると、純粋に助けてあげたいとそう思った。


 まだ、彼女の場合は、間に合うのだから。


『情報屋にでも聞きなさい。知っていてもあなたのランクでは教えられませんね』

「ランクによって提供度合は変わりますか」

『当たり前です。……私は、ですが。情報屋はそれに見合うお金でいくらでも話してくれますよ。……出所が貴方の手に追えない組織だとしたら。貴方は逆に狙われるかもしれない。ただでさえ手薄で、すぐに消えてしまう所持者を守るのも私の役目です』


 最後に、『忌々しいことに』と、とにかく不本意だと伝える枢機卿が、本当に人工知能なのかと疑ってしまう。

 だが、守ってくれていると言うのは、本当なのだろうと思った。


 松や樹は同じランクだから、枢機卿から得られる情報は少ない。

 情報提供がランクによって変わるのも、裏世界の仕組みを知るための、協会の作った新人許可証所持者の教育課程である。


 瑠璃君ならどうでしょうか。

 瑠璃君に事の顛末を伝えたら、共にその組織を潰してくれるかもしれません。


 そんなことを考えた冬だが、瑠璃にもやることがあると、考えを打ち消した。


 自分の道楽に、裏世界の同僚を巻き込むわけには行かない。


「ツンデレな枢機卿さん。情報ありがとうございました」

『……ツンデレとは、なんですか』


 流石にそこまでは分からないようですね。


 なんてことを思いながら。

 いい結果が出ることを期待し、冬は明日のことを考えながら眠りについた。

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