第31話:後始末
「さてと……桐生女子の皆さん、長い間、ご乗車ありがとうございました。この観光バス……この観光大型車は目的地に、到着いたしました」
冬は痛む腹を押さえながら、目的地に到着したことを告げ、慣れた仕種でお辞儀をする。
冬の目の前にいるのは、先の屋敷内で囚われていた女生徒六十人だ。
「……さ、早く学校へ行ってください。僕達はここまでです」
そう言うと、荷台から彼女達の荷物を出し終えた松に合図する。
松は不眠不休――したのは冬だが――の眠そうな瞳をごしごしと擦りながらカタールから刃を現す。
「盛大になぁ」
一閃。
閃光が走り、大型車の荷台が横に真っ二つに割れた。
続けてタイヤもそれぞれ二つに分けると、大型車はずんっと辺りに響く大きな音をたてて一気に車高を下げる。
同時に、こぽこぽと、どこからか液体が漏れ始めて辺りを濡らし出した。
「そうですね。盛大に、ですね」
冬はポケットの中からライターを取り出し、それに火をつけて液体に向かって投げ捨てる。
ぼんっと激しい爆発音と共に、大型車は業火に包まれた。気づいた近所の人や、桐生女子高校の生徒などが窓から顔を出して騒ぎ出す。
「な、なにを……?」
「跡を残したくありませんから。では。皆さんお元気で」
「あの! 遠名さんっ!」
帰ろうとすると、女生徒達に声をかけられ振り向く。
「……なにか?」
「あの……また、会えますか?」
「……さあ」
そう言い、帰る前に冬は美菜に近づく。
「お兄ちゃん!」
「僕がこういう試験をしていることは、誰にも言わないでくださいね」
彼女を口止めしておかないと、バイト先で何を言われるか不安でしょうがなかった。
「どうして?」
「どうしてもです」
「……うんっ!」
しばらく考えるような仕種をし、にやりと不敵な笑みを浮かべられて返ってきた答えを聞くと、冬は「大丈夫だろうか」と、頭を撫でながら苦笑い。
その不敵な笑みが、美菜だけではなかったことに、冬は気づいていない。
冬は、大きな失態を犯していたのだ。
美菜という同級生がいるのなら、美菜から居場所を聞けるということに、まったく気づいていない。
冬の天然が、また発揮された。
「あの……皆さんもお願いできますか?」
「お願いって言われてもね……言っても自慢にならないでしょ?」
「そうよね。自慢って言うか、怖がられるかもね」
「会うことはもうないかもしれませんが。よろしくお願いします」
そう言い、お辞儀をして、冬と松の姿は燃え盛る大型車の前でうっすらと消えていった。
残るのは、その二人によって助けられた桐生女子の生徒達と、それに気づいて学校から走ってくる彼女達の父母と、教師。
いつの間にか来ていたテレビ局のカメラを通し、相手の温もりを確かめ合う、感動的な場面は速報として、生中継で放映された。
しかし、彼等は知らない。
その感動的な場面の裏で、殺人許可証取得試験受験者が、彼女等を救出するため暗躍していたことに。
彼等は、そのことを知ることはない。
「はる~」
ポケットから煙草を取り出し火をつけ一服していると、自分を呼ぶ声が聞こえてきてため息をついた。
「はる~――ぐぇ」
「……」
間延びした自分を呼ぶ声が、急に蛙が潰されたような声に変わり。
『はる』と呼ばれた男は振り向く。
視界に、外の風景ではなく、白い壁に挟まれた一本道の通路が映る。
その通路に敷かれた赤い絨毯の上に、無様に顔をぶつけている一人の女性がいた。
その足にはコードが絡まっており、どうやらそのコードに引っかかって倒れたらしい。
沈黙。
『はる』も、言葉が出ない。
「……お前は……」
「何よぉ! こんなところにコードがあるのが悪いのよっ!」
「その、地面に限り無く密着しているコードに躓けるのは、お前だけだ……アホか」
がばっと顔を持ち上げ、『はる』を睨む女性に諦めの表情を浮かべながらコードを指さす。
「それとアホがどう関係してるのよ!」
女性は絡まっているコードを必死にほどきながら反論する。
しかし、コードはさらに足に絡まり、かなり複雑に絡まって簡単には取れなくなっていった。
「どうやったら取れるのよぉっ!」
と、自棄になってかんだりつねったりし始め、コードはうねうねと蛇のようにのたくり始める。
白い壁に白いコード。白い髪に真っ白な服装に身を包んだ女性を見ていると、彼女の顔だけがぽかんと浮かんで見える。
などと関係ないことを思いながら、『はる』は吸いかけの煙草を捨てて女性へと近づいた。
コードの発生源であるコンセントからコードを抜き取り、コードを引っ張ると、くるくると、コマのように女性は回り始め……
「……なぜお前が回る」
「あんたが回してるのっ!」
コードが全部取れると、女性は息を荒くしながら怒鳴りつけてきた。
肩が動く度に揺れる、リボンで束ねた尾のような左前髪が、妙に掴んで引っ張りたくなる。
「はあはあ……そんなことより。姫ちゃん、御主人様に会えたって」
「……ああ。あの後会えたのか」
「『シグマ』に、いつかお礼を、だって」
ぼーっと、その前髪を見ていたため、『はる』――シグマの反応が遅れる。
「よかったねぇ~」
「よくないだろ……」
と、シグマは外を指さす。指すときもその前髪からは目を離さない。
「あんな化け物を、外に出したわけだ」
よくはないのだ。
仮にもB級では収まりきらない実力の持ち主が表世界に出て暴れようものなら、裏世界総出で倒しにいかなければならない。
特にシグマも真新しい記憶にある、裏世界で気にせず暴れまわっていた姫を見ているため気が気ではなかった。
「だって、ずっと御主人様に会いたいって暴れてたじゃない」
「その暴れかたが異常だったろうに……」
ある日この目の前にいる自分の恋人に連れてこられた、『姫』という化け物を野放しにしていていいのかと、呆れてしまう。
それが、殺人許可証所持者のトップとも言える存在が気にしていないことが、何より不安になるのだが……。
目の前でコードと格闘するアホには何言っても無駄だな。
そこにシグマは落ち着いた。
「で、で」
「ああ、辞退したぞ」
「やっとシグマもS級の仲間入りだよねっ! 約束通りけっこ――はぁ!?」
女性の表情の変わりように、思わず笑ってしまった。
「なんで、なんで! 私の婚期をどれだけ遅らせるの!?」
「いやぁ……ちょっとお気に入りがしくじったから、フォローのために、な」
「待って、待って。その私の婚期を遅らせた馬鹿って誰よ――」
「男だぞ。高校生くらいの少年」
「男? 女? 女だったらゆ――さっきから先に返さないでよー……」
「男でも許さんっ」と、最高ランクのこの恋人に狙われたら命がいくらあっても足りないだろうな、と。
笑いながらシグマは帰路へと。
「まっ。道はできたのだから。後は頑張るといい、少年」
歩きながら、ぼそりと。シグマは呟いた。
◼️第二試験結果
受験者名:永遠名冬
試験内容:拉致された生徒の救出
*他受験者より低ランク任務のため、
別試験を追加
本首謀者に雇われた裏世界の殺し屋の
撃退・殺害も試験内容とする
なお、殺し屋の撃退が出来ない場合
裏世界での活躍が見込めない為
脱落者として処分
殺人数 :7名
任務報奨:200万円
報奨は許可証取得後に
■補足
本受験者について
救出任務:成功
殺し屋の撃退・殺害:失敗
上位殺し屋組織『血祭り』構成員と遭遇後、単体での撃退に失敗、同試験会場内の受験者も危険に晒し、試験官に自身が救出されていることに、能力不足と判断
脱落者として処分対象とする
受理
賞金首として殺人許可証所持者へ通達
殺害対象として処分開始
訂正:
A級殺人許可証所持者
シリーズナンバー『シグマ』より
処分破棄の申請有
本所持者のS級殺人許可証昇格の破棄を条件に処分を撤回
五日後の許可証取得合否により
殺人許可証所持者とする
D級殺人許可証所持者として
裏世界での活躍を期待する
シグマより
コードネーム授与
コードネームは――
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