第18話:第二試験開始
香月店長と和美と共に、美菜が事件に巻き込まれていないことを祈りながら、テレビを消して、店内の電気を消そうとしていた時。
ピピピピピピッ!
「っ!?」
いきなりの着信音にびっくりして、冬は思わず跳ね上がってしまった。
「冬ちゃんの?」
「ええ、そのようです……」
ポケットの中からその音の発生源を取り出す。
新しく出た型のスマホだ。
「……はい」
『久しぶりという程の時間は経っていないが、覚えているか?』
第一声がその言葉。
そこまで時間は経っていないし、印象が強くて覚えている声だった。
「はい。その前に。なぜ僕の番号を知っているのでしょうか」
『俺が一次試験のお前の担当審査員で、これから担当試験官だから、と言うと理解できるか?』
黒装束の審査員。
すぐに気づいたはいいが、『これから担当試験官』という言葉に、すぐに別のことを理解できた。
「はい」
やっと始まるのか。と、嬉しい半分、もう少しこの幸せと感じる表の世界に触れていたかったと思う半分の感情に、そんな気分ではすぐに死んでしまうだろうと、一次試験のことを思い出して気を引き締める。
試験という言葉が、冬の顔を真剣な表情にさせる。今まで、知り合いの前では一度も見せたことのない表情に、和美と香月店長も何か大事な電話がかかってきたのだと理解し――
「……ちょっと待ってください」
誰かの視線に気づく。
肩に手を当て、話を聞こうとしている和美と目が合う。
――理解し、盗み聞きしようとしていた。
「杯波さん……」
「何の話をしてるのかな?」
「いえ、ちょっとしたことです」
「ちょっとしたことって?」
「秘密です」
そこまで言うと、冬は倉庫のほうへと歩いていく。
それを和美が追いかけてくる。香月店長も「和美さんやめなさい」と言いながら楽しそうに追いかけてきているのはなぜなのかが冬にはよく分からなかった。
大事な話風に見せていたのに、それでも聞こうとする二人が、夜も遅くなってハイテンションにでもなっているのではないかと不安になってきた。
このままだと盗み聞きされるのは間違いない。
「すみません!」
一気に走り、男子トイレの鍵をかけ、更に個室に駆け込み、鍵をかける。
「はあはあ……」
『……話してもいいか?』
電話から、笑いを堪えたような声が聞こえてきた。
この一部始終が相手に丸聞こえだったことに、ミュート等にしてから走ればよかったと後悔した。
「ええ、すみません。……それで、どこでですか?」
顔が一気に赤くなり、冷静を装い言葉を返すが、電話越しから聞こえる声はまだ笑っているようだった。
『どこ? ああ、なんだ。次の試験内容はなんとなく理解しているってことでいいか?』
「予想くらいですね。実戦かな、くらいにしか予想できていません」
『そうだ。D級殺人許可証所持者が行う仕事と同一のことを行ってもらう』
殺人許可証所持者と同一の仕事。
その言葉に、冬はまた裏世界へ入り込めたと感じた。
『早朝。お前はある女子校が修学旅行の移動の際に使う、バスの運転手として乗車してもらう』
「……それだけ、ですか?」
『いや……そのバスは恐らくは、襲撃される』
「……襲撃?」
女子校という言葉と、襲撃されるという言葉に、つい先程ニュースで見た桐生女子を思い出した。
なんとタイムリーかと思うが、なぜバスの運転手として乗り込む必要があるのかは理解できなかった。
『テレビを観たか?』
「桐生女子の誘拐事件ですか」
『正解だ。……誘拐事件が発生し、学校としても危険と考え学生を乗せて戻るそうだ』
冬はその中に、美菜がいれば無事に帰すこともできるかもしれないと瞬時に思った。
だが、先程、この試験官は、『襲撃される』と言っていたことに違和感を感じる。
『犯人は彼女等を逃がすつもりはない』
「……僕の乗車するクラスの子達を、無事学校まで送ればいいのですね」
『違う。首謀者を暗殺してこい』
「は?」
思わず聞き返す。
『彼女等を囮にし、首謀者のアジトを発見。そして首謀者を暗殺。その後、俺と会い、報告。試験は終わりだ』
「誘拐された彼女達は?」
『放置しておけ。自分たちでなんとかできるだろう』
「……助けてはいけないのですか?」
『不合格になりたいなら、助けろ』
冬は、迷う。
不合格になれば、殺される。
一次試験でも脱落者は処分されているから間違いない。
『試験。受けるか?』
「……はい」
思わず、返事をしていた。
受けなくても、死ぬ。
どうやっても、受けるしか選択肢はないし、無事に任務を終えればいいだけ。
『では、明日』
「ええ。おやすみなさい……」
冬は迷いを残したまま、電源を切る。
「あ、冬ちゃん」
トイレから出てくると、和美が退屈そうに待っていた。
「……女の子から?」
和美は遠慮気味にそう聞いてくる。
あれが女性だったら、冬は腹を割いて自害したくなりそうと思った。
「違いますよ。おじさんみたいな人です」
笑みを見せながらそう言うと、冬は誰もいないカウンターまで歩いていく。
「……飲みますか?」
「ありがとー」
冷めたコーヒーを捨て、暖かいコーヒーを入れて二人に渡す。
先程は電気を消して帰ろうとしていたのだが、流石に一度気になるとキリのいいところまで見たくなったのか、二人はテレビに釘付けだ。
冬も二人の近くの席に腰を下ろすと、視界の片隅に、先ほどと同じ放送を流すテレビが写った。
香月店長も自分の店で働く従業員が大丈夫か気になっているようだ。
先程の悪ふざけは空元気だったのか、不安そうにじっとテレビを見ていた。
「……」
冬は目をそらす。
胸が万力で締めつけられるようだった。
冬は彼女達の親の今の気持ちが、痛いほど分かった。
冬も過去、似た経験をしているから。
だけど、その為に、自分の目的と命を差し出すこともできない。
だけど――
「無事、だと、いいですね」
「そうね……帰ってきたら、しっかり抱きしめてあげないとね」
――ここで、見捨てる選択肢はない。
まだ、冬の心は、裏世界の非常識には染まってはいなかった。
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