第14話 厭世的になりますわ

 ごきげんいかがですか?


 夜九時を過ぎて、元妻からの緊急伝令。


「上の階の女が真夜中の一時に『わたしに殺される!』というメールを管理会社にしたんだってよ」


 はあ?


 確かに、昨夜の夜半に上から毎晩恒例の盛大な花火大会が始まったので、さすがのわたしも若干キレまして、


「うるさーい。眠れないじゃないか!」


 と武蔵坊弁慶のように、腹の底から大音声を発しましたよ。わたしは世界三大テノール次期候補ですから、相当な重低音をドルビーサラウンドでお届け出来たのでしょうね。だからって、殺されるってさあ、大袈裟だよなあ……


 自分がどれだけの騒音を下の階のわたしにお見舞いさせているのか、どうも上の女はわかっていないようですよ。主張はすれど、責任は取らずということね。世間知らずなのか? バカなのか? お子ちゃまなのか? まあ、知ったこっちゃありませんが、わたしを殺人者扱いするなんて、もうさあ、バカらしくて、生きているのがイヤになって来ます。クソーッ。


 まあ、とりあえず、わたしの怒りが相手に伝わっていたのは結構なことですけどね、そう簡単に他人を人殺しにするなんて、あんたは想像力がありそうだから、小説家にでもなればいい。どうせ、わたし同様にすることがないようですからね。ヒマつぶしにいいんでないの?


 わたしは普段から、虫も殺さぬ男ですよ。ただ、あまりに異常な騒音に堪忍袋の緒がキレただけの話です。それをこんなに大きく膨らましやがって、これで、このアパートを次回更新して貰えなくなるのは決定的ですね。陽がよく当たって、しかも直射は少ないといういい物件でとても気に入っていたのですが……わたしが天性のトラブルメーカーであることが、またもや証明されました。こんなこと初めてではないのですよ。恥ずかしながらね。


 わたしは確かに双極性障害Ⅰ型ですし、心に、でかい癇癪玉もあれば、猛々しい野獣も、天魔も住んでいますよ。それは正直に認めます。でもね、それらが暴れないように、細心の注意を払って、下手下手に丁寧に生きているのです。やつらを想う様に操って、暴れまくるのはとても簡単ですよ。でもね、それらを必死に押さえつけて、いつも言っていますが、僧侶の心境で日々、丁寧に暮らしているのです。なのに、いつも訳のわからないやつが突然、現れて、わたしの神経をかき乱すものですから、わたしも自衛の手段として、狂気の一端を表すというか、日本刀の鯉口をチラッと切って白刃を見せつけることになります。その瞬間から、わたしは周囲の人間から『狂人』『キチガイ』扱いを受けます。本当に理不尽だと思います。お前たちがわたしに変な挑発をかけてこなければ、そんなことは起きなかったのに! わたしが怒りの序ノ口を見せただけで、やつらは異常なまでに怯えてしまって、一気にわたしは『悪の権化』にされてしまうのです。マーベルはわたしを悪の総大将、ラスボスとして採用すればいいと思います。大悪魔王になったわたしは、この世に鮮血の大雨を永遠に降らし、赤い大洪水で、未曾有の大災害を引き起こしてやりますよ。ええ、微笑みながら平然とね。


 でも、実際のわたしなんて、大した悪党じゃないのです。ほんの小心者で、ただの理屈がたちすぎるきらいのある善人ですよ。野花を愛し、小鳥を愛し、のらねこ大好き、でも人間はほぼ大嫌いだ! 人間はわたしにすぐにレッテルを貼る。『大悪党 孤雲庵主人』とね。


 いっそ、法廷闘争にでもしてくれればいい。弁護士なんかに頼らずに、自分自身で論理的に敵の精神に二度と治すことの出来ない深い傷を負わせて、再起不能にしてやろうぞ。もはや、理も非もない。敵を全力で滅ぼすのみ。血族、郎党みな血祭りに上げてやるわ。ははは。カンラカラカラだぜ。

 ああ、これって『大悪人』の発想ですかね? まあ、根本がそうなんだからさ、仕方がないですね。眠れる狂気を目覚めさせたのはお前たちだ! 責任はお前たちの精神的致命傷で償って貰おう。


 とは言っても、物事はわたしの願うように迅速には進まないのです。上の階に殴り込みに行きたいのをグッとこらえて、さっきからずっMr.Children『HANABI』をリフレインで聴いて、傷んだ心を癒しています。ヘッドフォンでね。これならば、上の騒音も聞こえないというか、今日は無音だ。恐れをなして、逃げ出したか。卑怯者め! もう、わたしは戦闘モードに入ったからな。管理会社だろうが、弁護士だろうが、警察だろうが恐れはしないぞ。全員根絶やしにしてくれよう。覚悟せよ! 必ず完全勝利して、てめえの首級を恩田川に晒してくれよう。わたしを怒らせたら、死あるのみなのだ!

 少々、乱暴な口調でしたね。申し訳ございません。こういう本性なもので。

 では。

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