泡沫の独白

 何を、どこで間違えたのかなんて、とっくに分かっている。

 一つ目からボタンを掛け違えてしまったせいで、最初から全てが……それこそ、全ての全てが狂ってしまっていたのだから。

 私の目からはもう涙も溢れない。

 頭上に広がる水面に向けて泡がのぼっていくばかりだ。

 悲しいな……。とっても、とっても悲しい。

 どうして私じゃダメだったんだろうと、私の頭はその問いばかりを繰り返す。答えなんて出ないのに。あるいは、答えを出すのを拒否してしまっているのに。

 指先から力が抜けていくような感覚があった。無力感とも無気力感とも言えるけれど、胸の内にある空虚がその感覚を生み出していることだけは、はっきりと分かった。

 御伽噺の人魚姫もこんな気持ちだったのだろうか。

 あのお姫様は、悲しいだけで済んだのだろうか。

 そうだとしたら、彼女はひどく優しい女性だ。

 私にはそんな優しい最後は無理で、どうしても相手のことを恨む気持ちが浮かんでしまう。

 どうしてあの人は私を選んでくれなかったのだろう。

 愛しても、大切にしても、尽くしても、命を懸けても、全てを捧げても、それでも私を選んでくれないと言うのなら、私は一体これ以上何ができたと言うのだろう。私ばかりが濁りのない真冬の海のように隠し事をしなくても、あの人は嘘と隠し事ばかりだったのは、一体どうしてだったのだろう。

 私にはもう、何も分からなくなってしまった。

 何かを理解しようとするが、何を理解すればいいのか分からない。

 それどころか、その何かを探すことさえ億劫で、一言で言えば――死にたかった。

 下水に溜まったヘドロの方がまだマシに思える黒い感情が腹の底で指をさす。その先にいるのは私をこっぴどく捨てた男がいて、その顔を思い浮かべるだけで私の心は暖かくなり、同時に冷たく濁っていく。心が二つに割れてしまったようだ。大好きな人を、殺したくて堪らない。

 海の底にゆっくりと沈みながら、同時に浮上しながら、私は目を閉じる。

 ねぇ、どうして私に口付けをしてくれたの?

 ねぇ、どうして私を抱きしめたりしたの?

 あなたには愛する人が別にいたというのに。

 なんて汚い男。腐ったウミウシの死体みたいな男。

 そのせいで私、泡になってしまうわ。

 あなたが私にくれた幸せな夢を見ながら、泡になってしまうの。

 いくら愛していると伝えたくても、もう喉を震わせることができないの。

大声を出したくても、叫びたくても、口から出るのは宝石みたいな泡だけ。

水面に浮かぶ小舟。ああ、あそこから落ちたんだった。

あの船の上には、あの人がまだ乗っているのでしょう。

契約が果たせず、あなたの愛を貰えず、海に落ちた私をあなたは助けてもくれないのね。

懐からナイフを取り出す。護身用にと父が持たせてくれたもの。あなたが今、私を助けに飛び込んできてくれたなら、このナイフであなたの心臓を優しく切り裂いてあげるのに。

でも、無理だって分かっている。そんなのとっくに分かっている。私はあなたに愛されていないから。だから今こうして、私は泡になって消えてしまいそうになっているのだから。

水底に着く。私の身体を受け止め、柔らかく周りの砂が舞った。

もういっそ、このナイフを自分の胸に突き立ててしまえば楽になれるのに。

それでも私がそうしないのは、こうなってもなお、あの人が水面に飛び込んでくれるのを期待しているからで、私はどうしようもなく恋をしている女だった。

本当は、答えなんてすごくシンプルで、考える必要さえないことを知っている。

だって、心が知っているんだもの。知っていることを悩んで導き出すなんておかしな話。

水面に波紋。人影がこちらに向かって潜ってくる。

ほら、私の好きな人は、私の愛した人は、こういう時、ちゃんと助けに来る。

私の体は泡になっていく。

ナイフを握りしめる手は、もう無くなった。

必死になって潜る私の王子様。

そんなあなたが大好きだった。

流れなかった涙が止まらなくなっているのは、きっと、泡になってしまうのが怖いせい。

もう、私の身体は消えてしまう。

だから言うの。必死になって、伝わらないことを、声にならないことを知っていながら叫ぶ。

愛してます!

だから大嫌い!

死んじゃえバーカ!


そして、私は泡となって彼の身体を抱き締め、消えたのでした。

めでたし。めでたし。

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