ささつきさんとカフェオレさん

 土曜日の午前中と、月曜から木曜まで、ささつきさんは私の住んでいるマンションの一階にあるコンビニで働いている。

 目が合うと会釈ぐらいはするので、互いに互いを認識はしているらしいが、特に話すことはなく、するとしても挨拶程度だった。

 それでも自分を知ってくれている人がいるというのは嬉しいもので、私はコンビニに行く時はなんとなく時間と曜日を確認してしまうようになっていた。

 水曜の夜。仕事を終えて家に帰る前にコンビニに寄ると、今日もささつきさんは黙々と働いていた。はっきりと言えばあまり愛想のよくないささつきさんだが、その礼儀正しさと勤勉さは見習うべきものであった。

 籠を手に取り、飲み物を入れる。小さな紙パックのカフェオレは子供の頃から愛飲していて、コンビニに来るとつい買ってしまう。それから、惣菜を二つに、カップ麺を一つ。ビールを一本籠に入れてレジへ向かう。

 商品の品出しをしていたささつきさんがレジ前に来た私に気付き、小走りでレジへ戻る。

「商品お預かりいたします」

 籠の中から商品を一つずつ丁寧に取り出しながら、ささつきさんはスキャナーでバーコードを読んでいく。ピッピッとリズムよく商品を登録していく。背後に人の気配。レジ待ちの人が一人増えたが、二つあるレジの片方は閉まったままだ。いつもこのコンビニには二人か三人の人がいるので、普段ならばもう一人が来るはずだったが、今日は来なかった。

「今日は一人なんですか?」

「……」

 視線を上げるささつきさん。手だけは動いているが、驚いているのがわかった。

「どうしました?」

「話しかけられると思っていなかったので。そうですね。今日はまだ一人なんです。もう一人の方が遅刻してしまっていて。惣菜温めますか?」

「いえ、結構です。もう一人の方、忙しくなるでしょうし早く来てくれるといいですね」

「連絡ではあと五分ほどで来るそうなのでまぁ平気ですよ。1326円になります」

「そうなんですね。支払いはカードで」

 レジの金銭置きにクレジットカードを置く。毎回同じカードなのに、ささつきさんは律儀にも毎回カードの裏面にサインがちゃんとしてあるか確認してからカードを通した。

 レシートが印字されて出てくる。カードを重ね、こちらに返される。

「少しの間大変でしょうけど、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」


 ◆ ◆ ◆


 仕事帰り、今日もコンビニに立ち寄る。ささつきさんは相変わらずテキパキと動いていた。入口の自動ドアが開くと、コンビニの入店音楽がなり、同時に「いらっしゃいませー」と二人分の声が飛んできた。今日はちゃんと二人いるらしい。

 籠を取ってカフェオレを放り込む。もはやカフェオレを籠に入れてからが買い物の始まりのようになっていた。

 陳列された商品を揃えていくささつきさんを横目に、私は買い物を始める。いつも晩御飯はお米だけを炊き、惣菜をおかずに食べているので、ここでの買い物がそのまま晩御飯の献立になる。夕飯で何を食べようか悩むのも、また楽しい。

 惣菜や飲み物を籠に入れながら店内を回ると、デザートコーナーに新商品を見つけた。栗を使ったプリン。季節限定品らしいそれを迷うことなく籠に入れる。甘いものは大好物だ。今日の楽しみが一つ増えた喜びを噛み締めていると、ささつきさんに声を掛けられる。

「それ、今日からの新商品なんですよ」

「……」

「どうされました?」

「話しかけられるとは思っていなかったので」

「わかります。驚きますよね」

 ささつきさんはうっすらと唇の端を釣り上げた。微妙な表情の変化だが、どうやら笑っているらしい。

「甘いもの好きなんですね」

「ええ。かなりの甘党なもので」

「良ければ新商品が出るときはお教えしましょうか?」

「嬉しいですが……遠慮しておきます。新商品を自分で発見した時のワクワク感も好きなので」

「そうでしたか。確かにそうですね」

「そうでしょう? では、お会計お願いします」

「かしこまりました」

 二人でレジへ。

 いつもと同じように、惣菜は温めず、支払いはカード。


 ◆ ◆ ◆


 また仕事帰りにコンビニに寄ると、私服姿のささつきさんと遭遇した。

「こんばんは。今から仕事ですか?」

「ああ、カフェオレさん。こんばんは。今日はもう終わりですよ」

「カフェオレさん?」

「いつもカフェオレを買っていくので。気分を害してしまいましたか?」

「いえ。ちょっと驚いただけです。平気ですよ」

「それなら良かった」

 店員にあだ名を付けられるという話はよく聞くが、まさか自分があだ名を付けられることになるとは思わなかった。よく考えたら相手はこちらの名前を知らないし、何かしらの特徴であだ名を付けるのは当然と言えば当然か。

「丸谷さんと呼んだ方がいいならそうしますけどね」

「あれ? 名乗ったことありましたっけ?」

「カードの裏に書いてあるので」

「あー……。そういえば」

 毎回律儀にサインを確認してくれているのだ。覚えられていても不思議ではなかった。

「ずっとカフェオレさんと呼んでいたので今更変えるのも違和感がありますし、カフェオレさんのままでいいですか?」

「なんと呼んでもいいですよ」

「ありがとうございます。あ、カフェオレさんをカフェオレさんと呼んでいるのは私だけなので、安心していいですよ」

「何が安心なのかはわかりませんが、安心しておきます」

 言ってから思う。

 確かに店員全員にカフェオレさんと認知されているよりは気楽でいいか、と。

「それでは私はこれで。また会いましょう。カフェオレさん」


 ◆ ◆ ◆


 翌日。ささつきさんの目には私がカフェオレさんとして見えていることを意識しつつ店内へ。

 今日はカフェオレを籠に二つ入れた。惣菜や缶ビールを買ってレジへ。

「今日は二つなんですね」

 レジを打ちながら、ささつきさんは言った。

「一つはささつきさんに。少し仲良くなった記念ということで」

 視線を上げるささつきさん。いつかのように手だけは動いているが、驚いているのがわかった。

「貰ってはいけない規定とかありますか?」

「いえ、そう言った決まりごとはありませんけど、いいんですか?」

「もちろん。休憩中にでも飲んでください」

「では、ありがたくいただきます」

 ささつきさんはカフェオレの片方にシールを貼り、レジカウンターの後ろに置く。

「今日は惣菜温めますか?」

「そのままで」

「支払いはカードで?」

「ええ」

 カードを出す。いつものようにささつきさんはカード裏のサインを確認し、カードを通す。印字されて出てきたレシートと重ね、返してくれる。

「カフェオレありがとうございます」

「いえいえ。それでは」

「ええ。またお越しくださいませ」

 コンビニから出る。

 買ったカフェオレを袋から出して、ストローを刺した。

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