第六話 ハルと教会の子供たち
「ハル! ヤーパルマの群れが浅瀬まで来てるぞ! 早く行こう!」
朝メシの後片付けをしていたら、教会イチのワンパク坊主のラランがハルを誘いに来た。ヤーパルマは、甲羅のあるフタバスズキリュウを小さく丸くしたみたいな海洋生物だ。
人懐っこく、とても頭の良い生き物で、機嫌が良いと子供を背中に乗せて、泳いでくれたりするらしい。良いなぁ、俺もこっそり行って乗ってみたい。
「ヤー(了解の意)!
「ああ、井戸の脇に冷やしてあるぞ。半分くらい残しておけよ!」
「ララン! ハナちゃんも
ハナがデザートに食べていたモーモンの実(固くて酸っぱい)を全部口に入れて、ガリガリと噛みながら言った。
「チビハナは、ナユたちと後から来な! あっちで浮きぶくろ、ふくらましてるから。耳栓忘れるなよ!」
ラランが言い、ハルがマシルを網に入れて担ぎ、麦わら帽子をかぶって走り出す。
「行って来まーす!」
「あんまり沖へ行くなよ! 水分補給しろよー!」
あっという間に玄関を出て、階段を駆け下りて行く。『ヤー!』という返事が小さく聞こえた。
置いてきぼりを食らったハナが、ぷーっと膨れながらも『ハナちゃんもナユといくよ!』と言い、教会の方へ駆けて行った。
ハルもハナも、すっかり教会の子供たちと馴染んだな。海で遊んだり裏山の秘密基地に何やら持ち込んだり、街の路地で追いかけっこしたりと、毎日とても楽しそうだ。
だが、仲良くなるまでには、一悶着あった。教会の子供たちとハル――。その出会いは波乱含みだった。
ようやくミンミンの街に着いて、俺たち……俺はかなり浮かれていた。そのせいもあって子供たちの策略にまんまとハマり、振り回されてしまったのだ。(注2)
ナナミを俺たちに連れて行かれてしまうのが、嫌だったらしい。
あの滅多に怒らない温和なハルが、本気で怒っていた。あんなハルを見たのは久しぶりだ。
俺はようやくナナミに会えてホッとしていたし、ナナミの事を大切に思ってくれる人がいて、むしろ嬉しかったくらいだ。ハナはそもそもわかっていない。
ハルは静かに怒るんだよなぁ。そうして納得しない限り、なかった事にはしない。
教会の子供たちは、謝ろうとはしていた。内心はどうあれ、自分たちのした事が決して褒められる事ではない事は承知していた。
何度か大人たちが促して、仲直りの機会を作ったが、ハルは振り返りもしなかった。あとから聞いたら『この世界の言葉でぼくのきもちをせつめいできないし、あの子たちのきもちを言われても、きっとぼくにはわからないから』と、元も子もない事を言っていた。
そうだな。お互いに歩み寄らなければ、言葉の壁は高くなる。
「わかりたいとは思うのか? わかって欲しいと思うのか?」
「……わかんない」
「ハルは、何に腹を立てているんだ?」
「お父さんを穴に落としたこと。お父さん、片手で上がれないのに」
おお、俺の事で怒ってくれてるのか。なんか嬉しいな! でも、あの時点では知らなかったんじゃないか?
「あと、ぼくとハナちゃんに、お母さんが病気で泣きながら呼んでるって、ウソついた事」
あー、うん。その嘘はちょっと……。良くないな。
「あと……」
まだあるのか!
「あの子たち、ぼくとハナちゃんをズルイと思ってるんだ。お父さんもお母さんもいてズルイから、イジワルしてもイイと思ってる」
そんな事……あるのか? いや、ちょっとその気持ちも俺には分かっちまうんだが。うーん。
「……あの子たち、お父さんもお母さんもいないんでしょ? そんなきのどくな子たちに、勝てるはずない」
「勝ちたいのか?」
「ちょっとちがう。じぶんたちがかわいそうなことをりゆうにして、あの子たちの方がズルイなって思ったんだ。でも、きのどくな子たちに、そんなこと思うぼくもキライ」
なるほど、至極真っ当な葛藤だ。
「お父さんは、お母さんの事を好きになってくれたあの子たちが、有り難いなと思うぞ?」
「ハルくんの言う通りですよ、ヒロトさん。私たちは自分の恵まれない生い立ちを盾にして、あなた方に八つ当たりをした。本当にごめんなさい」
振り向くと、ルルが頭を下げていた。ルルの後ろにはそっぽを向いたナユと、泣きそうな顔をしたラランがいる。
ああ、似てるな。俺と姉貴の小さい頃と同じ顔してる。母親がいない事をからかわれて泣いて帰った俺と、仕返しに悪ガキを泣かせた姉貴が叱られた時にそっくりだ。
俺にこの子たちを、叱る事なんてできるはずがない。
「おじさんも、
ラランが首を振る。ナユはそっぽを向いたままだ。
「大好きな人ができて、楽しく笑ったら勝ちだ。キミがひとつ勝ったら、おじさんが頭を撫でる。おじさんがいなかったら、ルルが抱きしめるを、くれる。勝ちがたくさんになる、したら、悔しい、寂しいはなくなる」
うーん。うまく伝わると良いのだけれど。
「おじさんはナナミが大好きだ。ハルもハナも大好きだ。ほら、勝ちだろう?」
おっ! ナユがこっちを向いてくれた。
「……ヒロトさん。私も撫でて欲しいです」
ルルが冗談っぽく笑いながら言った。……冗談だよな?
「すまん、ルル。大人はナシだ。恋人に頼め!」
「かわいそうは、山ほど言われて来たけど『かわいそうでズルイ』なんて言われたの初めて」
ナユが俯いて、ボソッと呟くように言った。
「おじさん。あたし『かわいそう』でも『きのどく』でも『ズルイ』でもいたくない。『だいすき』で『たのしい』がいい」
顔を上げ、キッとハルを見る。
「ハル! あたしはまちがった! ズルイはたのしくない。くやしいは好きとちがう! 嘘ついてごめんなさい! おじさんも、落とし穴ごめんなさい!」
ハルが迫力に押されて、目を丸くする。
「おじさん! いつかあたしが、本当にかわいそうじゃなくなったら、頭を撫でてもらいに行く。待ってて!」
おう! ソレ良いな。いつでも来い! 待ってるぞ!
「ハル、あたし、大好きもある。楽しいもある。これからもどんどん増やしてみせる。だから二度と、きのどくなんて言わないで」
「うん、わかった。ナユはきのどく、ちがう。ぼくもズルイ、ちがう。だいすき持ってる、同じ。これからもっと同じになる」
ハルが右手を差し出して言った。あ、握手の習慣はこの世界にあったか?
案の定ハルの仕草にナユが首を傾げた。
「仲直りのしるしだよ」
「なんで手をつなぐの?」
「うーん。そのままいっしょに、遊びに行けるようにかな?」
ハルの言葉にナユが、満面の笑みを浮かべる。仏頂面が標準装備のこの子が笑うと、こんな顔になるんだな。
釣られてハルが笑う。
「お、おれもごめんなさい! あと、おれもいっしょにあそびたい!」
ラランがハルの、もう片方の手を取る。
「海のひみつきち、おしえてあげる! カニがいっぱいいるの!」
「カニ? 食べられる?」
「ちっちゃくて食うとこねぇぞ! ハル、おまえおもしろいな!」
「たびのあいだは、それがたいせつなんだよ」
「すげぇ! たびのはなし聞かせてくれよ!」
「あたし、あの紙折るやつ、おしえてほしい!」
大声で話しながら、弾むように駆けて行く。三人ともギュッと手を握り合って。ハルがちょっと照れくさそうなのが微笑ましくて、俺は声を出して笑ってしまった。
みんな良い子だ。真っ直ぐで強い。
この世界の事や、この街の事がまた少し好きになったな。なんだよ、俺が一番の勝ち組じゃん? 今のところ負け知らずだ!
と、思っていたのだが。
そのあと、昼寝をしていたハナが、置いてきぼりを食らった事に気づいて大泣きした。
ああ、やっぱり俺は泣く
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