呼んでますよ、依子さん!

芹澤誕生日

総務の依子さん

1.え?総務ですか?

 とは言ってもやっぱり緊張する。


 小学校とか中学校の体育館にも劣らない広い食堂に集まった青い作業服の集団は、興味深そうに私たちを見つめていた。


「それでは、新入社員は一人ずつ自己紹介をお願いします。まずは……お、自ら手を挙げている強者がいますね。どうぞ」


 司会者からマイクを渡されるより先に立ち上がったのは入社初日から髪を丸刈りにしてきた少年……(大学は卒業しているから青年の方がいいのかな)と言ってもいいあどけない顔立ちの同期だった。


「あー……マイクテスマイクテスワレワレハウチュウジンデスチキュウノミナサンオゲンキデスカ」


 ふざけてないで早くしろよ、と愛のある野次が飛んできた。「はいっ」と応じた彼はピシッと背筋を伸ばし、わざわざマイクを切ってから正面を向く。


「○×大学から来ました四ノしのみや いつきと申します! 未熟ですが宜しくご指導ご鞭撻のほどお願いします!」


 清々しいまでの挨拶ときっちり九十度に下げられた頭。自然と拍手がわき起こる。

 私自身も拍手しながら彼のことを羨ましく思った。

 若くて、面白くて、明るくて、礼儀正しいムードメーカー。職人気質のおじさんたちはこういう子が大好きなはずだ。きっと可愛がられるだろうな。


「四ノ宮くんありがとう。じゃあそのままマイクを隣に回して」


 司会者に促されてマイクを握ったのは「さっちゃん」だ。入社前説明会や内定者懇談会で仲良くなってそう呼ぶことにしている。


「××大学商学部を卒業しました、森本さつきです」


 地毛ですと言い張れる程度に染めた自慢のロングヘアを後ろでひとつに束ねている。就活中の学生はみんなこんな格好だけど、本人曰く「二度とこんなダサい格好したくない。だから寿退社するまでここに勤める」そうだ。


「えーと、趣味は料理とボルダリングです。いまは二級に挑戦しています。よろしくお願いします」


 ボルダリングという単語に「おぉっ!」と驚きの反応がある。掴みは完璧。きっとボルダリングのできる新人ともてはやされるだろうな。


「森本さんありがとう。では次は松井さ……」


「俺が先にやります」


 私の目の前からすいっとマイクを奪い取ったのは今日初めて会った同期だった。

 初めて? そう初めましてだったの。びっくりした。私の同期は四ノ宮くんとさっちゃんだけだと思ったのに今朝来てみたら会議室にもうひとりいたんだから。


「中途入社の草壁です。前職は三九二みくに製作所設計部門。以上です」


 樹木のように背の高い彼は一言だけ喋ると私にマイクを押しつけてきた。

 食堂内は水を打ったような静けさに包まれ、少ししてザワザワと小声が交わされはじめる。

 一体何事かと慌てる私だったけど、隣の二人も怪訝そうに草壁さんを見ている点からするとマズイことを言ったらしい。それもかなりの。


「静かに! 皆さんお静かに! 松井さん、最後うまく締めて。ね?」


 困った司会者に手を合わせて笑顔でお願いされたけど、そんなの無茶です。無茶ぶりにもほどがあります。


「依子さん頑張って」


 隣のさっちゃんに小声でエールを送られたけど立ち上がるときから足がガタガタと震えてしまった。マイクを握りしめる指先はどんどん冷たくなっていく。


(そんなこと言われても)


 さっきの騒ぎのせいでなにを言うつもりだったか全部忘れちゃった。

 ざわついていた会場内も静かになって、みんなが私を見ている。


「……わた、私、は」


 自分の声が後ろから聞こえてくる。

 スピーカーどこにあったっけ。


「松井さん、もうちょっと声大きくね」


「は、はい」


 あぁどうしよう。

 視線が痛くて泣きそう。

 なんでもいい、なにか言わなくちゃ。


 名前、と、出身大学。あとなんだっけ、前職、は違うし、あぁそうだ趣味とか。具体的な数字も言った方がいいよね。


 あぁ早くしないと。みんな見ているじゃない。

 なにか言わないと、いつまでも終わらない。


「私……は、私は」


 言わなくちゃ。

 私のことを伝えなくちゃ。


 声は大きく。

 あ、前見て。

 叫ぶんだ。


「私は! だ、だる……だ、ダルマが大好きです! えと、100個以上持ってます!!」


 静まりかえっていた会場は一転して大爆笑に包まれた。



 ※



「あぁもう死ぬほど恥ずかしかった……」


 後悔先に立たず。全社員の前での挨拶を終えた私たちは会議室に移動していた。ここに来るまでも絶望と呼んでもいいくらいの悲しみが後から後から押し寄せてくる。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよー、お陰で会場の雰囲気明るくなったし」


 となぐさめてくれるのは四ノ宮くんだ。


「そうですよ。そもそも順番を飛ばした誰かさんが悪いんですから。――なぜかここにいないですけど」


 と、唇を尖らせるさっちゃんはここにはいない草壁さんの嫌味を言う。


「それにしても驚いたね、おれたちの他に入社する人がいるなんて。しかも中途」


「三九二製作所っていったら従業員千人以上を抱える大手ですよ。あたしレベルの大学じゃ相手にもされないくらいの。そんな人がどうしてここに? 年収だって桁が違うはずなのに」


「まぁまぁ。中途とは言っても同期だよ、仲良くやっていこうよ」


「あたしはちょっと気が引けますね。数年先に社会人になったからって偉そうでイヤです」


 やいのやいのとお喋りしているふたりだけど、私は先ほどのショックが大きすぎて会話に入れない。あぁもう、穴があったら更に深く掘って埋まりたい。


 ――コンコンコン、と扉がノックされた。私たちハッとして背筋を伸ばす。


「失礼します。みんな揃っているかな」


 顔を見せたのは人事担当で先ほど司会もしていた総務の川嶋七菜子さん。面接で見たときかな「きれいな人だなぁ」と思っていた。並んだときの背丈は百六十センチの私と同じくらいだけど卵形の小さな顔や栗色に染めたセミロング、すっきりとした目鼻立ちが華奢に見せるのだ。なにより腰の位置が高い。

 私なんて顔が大きくて頬骨は目立つし目は奥二重。どうにか小顔にならないかと毎日リンパのマッサージをしているが骨格の問題だからどうしようもない。父や母は「えびす顔」だからきっと幸せになれると褒めてくれたけど、残念、いま人生で一番の不幸を味わっている。


「すみません川嶋さん。ひとり足りないみたいですけど」


 さっちゃんが挙手すると川嶋さんは「あぁ」とばかりに頷いた。


「草壁くんはもう設計部門の方に行ってるわ。入社前にお給料や待遇、会社見学は済んでいるし即戦力としてすぐにでも活躍してもらうつもりだからね」


 私たちからすれば随分と特別扱いだなと思うけれど、中途とはそういうものなんだろう。


「では改めて皆さんのこれからのスケジュールや当社の社員として過ごす上の注意事項を説明しますね。まずはこれに目を通して」


 正面の席に座った川嶋さんはホチキスで留めた分厚い紙を配ってくる。向こう三ヶ月の新人研修日程や就業規則、出退勤やお給料などについて詳しく書かれていた。

 その途中、仮配属先についてのページを開いた途端「えっ」と二度見してしまった。恐る恐る挙手する。


「あの……この配属先についてなんですけど」


 四ノ宮くんは製造部門。

 さっちゃんは生産部門。

 そして私は。


「私、海外部門を志望していたんですが……」


「そうね。面接のときに希望を聞いたわ」


 川嶋さんはニコリと微笑んだ。


「でもね松井さん。会社は大勢の人間が役割分担をもって動いているものなの。自分の希望が必ずしも通る場所ではないのよ。分かるわよね」


 笑顔を少しも崩さずに語りかけてくる。有無を言わさず。


「初めてで不安? 大丈夫よ、みんなそんなもんだから。何年か経てばいまのわたしのように図々しくなれるわ。同じ総務として一緒に頑張りましょうね」


 そう、私の配属先は総務だ。

 無知で申し訳ないけれど「総務」って一体なにするの?

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