第16話 もう1人の柚葉

俺の左手の怪我を、応急処置してくれた明菜さんに怒りながら「後で病院に行くように!」と言われた。しかし何故明菜さんが怒るかわからなかった。

そんな俺に翔先輩が俺に近寄ると




「俺や明菜はお前の性格を知っているらな。お前の事を心配して怒っているんだよ。俺と明菜の件もあるしな」




そう言うと、翔先輩は俺の右肩をポンと軽く叩いた。

翔先輩と明菜さんの件‥‥‥

俺は一瞬、脳裏にあの頃の記憶が浮かぶ。

あの雨の日、翔先輩と明菜さんを結ばせたあの日。俺は何故かわからないが、1人雨の中で天を仰ぎながら泣いた記憶が‥‥‥。




「お兄ちゃん?」




俺が昔を思い出しながら立っていたので、柚葉が俺に声を掛け、心配そうに見つめる。

そんな柚葉を見た俺は「大丈夫だから」と柚葉に笑みを見せた。


翔先輩の家の前にある、俺の家の玄関を開け、全員が一階にある俺の部屋へと移動する。(メソッドネットタイプのアパートだから直ぐ移動できる)

部屋のドアをゆっくりとあけると、夏の日差しを遮るカーテンが閉められた薄明るいエアコンの効いた涼しい部屋のベッドに、由奈の娘、柚葉はスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。

由奈はベッドに近寄ると、柚葉の寝顔を見て安心したのか、笑みを浮かべてた。

寝ている柚葉を見た俺は、気持ちよさそうに寝ているので、もう大丈夫だと由奈に言うと、由奈は俺に向いて「ありがとう、フミ君」と笑み見せた。

由奈はベッドの前に腰を落とすと、寝ている柚葉の手を握り、




「柚葉‥‥‥あのね、フミ君がここで一緒に暮らさないかって。私はこの申受け‥‥‥ううん、違うわね、罰を受けるつもり。柚葉、それにあなたが‥」


「う、ううん〜」




由奈の声に目が覚めたのか、ベッドで寝ていた柚葉が目を覚ました。

目をゆっくりとあける柚葉。

まだ頭がボーとしているのか、意識がはっきりしていない。

そんな柚葉は



「‥‥‥私‥何故?‥‥‥あっ‥‥‥そうか公園で‥‥‥あのお兄さんに‥‥‥」




柚葉はまたゆっくりと目を動かすと、その視界に見慣れた顔が‥‥‥




「‥‥‥マ、マ‥‥ママ?えっ!なんで?なんでママがここにいるの!」




由奈の顔が柚葉の視界にはっきりと入り気づくと、いきなり驚く柚葉に由奈は抱きつく。

いきなり抱きつかれ驚く柚葉は




「ママどうしたのいったい?それになんでママがここに?もしかしてあのお兄さんが」


「えっ?‥‥‥あっ‥」




由奈が少し困りながら言葉を選んでいたので、俺は由奈の肩を優しく叩くと、由奈を見て頷く。それを見た由奈は




「ええ、そうよ。あとね柚葉、あなたが‥あなたがあの日から逢いたがっていた人、見つけたよ」


「私の逢いたがっていた人‥‥‥えっ!ママどこにいるの!」


「柚葉‥‥‥その人ね、今ここに‥‥」

「♫〜」



由奈が話していると、俺のスマホのアラームの音楽が急に流れ出した。

俺は慌ててスマホを取り出し、アラームを消そうとすると、柚葉は慌てた様に




「まっ、待ってください!その曲‥‥‥」


「えっ?この曲?」


「そうこの曲‥‥‥あの時の‥」




柚葉の脳裏にはあの日の事が蘇る。あの日、俺が2歳の柚葉を助けたあの日、俺の携帯から流れたあの曲‥‥‥。




「まさか‥‥‥ねえ‥ママ‥‥‥」


「ええ(微笑み)あの日、あの時からあなたが一番逢いたがっていた人」


「本当に?」


「ええ、本当に」



由奈が俺の方を向く。俺は柚葉の前に立つと、柚葉の目線まで腰を落とし、右手を柚葉の頭の上載せると、優しくなでた。



「あの時の、あんな小さな子が、今はこんなに大きくなったのか‥」



柚葉は俺の顔を見ながら由奈に



「ママ‥この人が‥」


「ええ。この人があの時、私たちを助けてくれた人よ」


「この人が‥この人が‥」



柚葉の目が少し潤んでいる様に見えた俺は柚葉に笑み向けた。

柚葉は俺を見て、いままで探していたものが突然目の前に現れた、そんな様な表情をし口を少しあけると



「バァッ!」

「あっ!」



俺に泣きながら抱きついてきた。



「お兄さん!お兄さん!本当にあの時の」

「ああ‥」


「私!私!あの日から、お兄さんに逢いたかった!」

「‥うん」


「お兄さんにお礼が言いたかった!」

「うん」


「けど‥けど‥お兄さんどこの誰だかわからなかった。だから私探したの、探したんだよお兄さんを!」

「そうか‥ごめんな」


「けど、こうしてまた逢えた。お兄さんに逢えた」




泣きながら柚葉は俺に言う。そんな柚葉を見ていた俺は急に柚葉が愛おしくなり、右腕で柚葉を抱きしめた。

柚葉は俺に抱きしめられたせいなのか、心の何かが弾けたのか、俺の胸に顔を埋めると、涙を流して泣いた。

そんな柚葉を俺は優しく頭をなでた。

そして一言柚葉に‥‥‥



「おかえり、柚葉」‥‥‥と。



柚葉はしばらく俺の胸の中でいままでの悲しみを忘れるかの様に泣いた。








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