第19話 そして俺は思い描いた未来を掻き消した。

               ◇◇◇◇◇



「そうくん! 行くよ!」

「うん。行こうか、かおり」


 十一月一日。いよいよ待ちに待った修学旅行当日だ。


 時刻は朝の四時二十分。辺りはまだ暗く、電車もまだ走っていない。それに加えて三日分の荷物が詰まった旅行用バッグに、移動用の持ち運び用リュック。


 この大荷物を持って学校へと向かうため、俺はおじさん――かおりのお父さんの車に乗り込んだ。


「お願いします」

「おう、坊主。任せときな!」


 車で直接向かえば学校までは三十分ほど。この時間なら道もスカスカだろうし、もう少し早く着くかもしれない。


 後部座席のかおりの横に座った俺が頭を下げると、おじさんはミラー越しに俺を一瞥して、車を発進させる。


 普通、友達の親なんかと一緒にいると気まずくなって、会話が一切なしの車内になったりするが、俺とかおりの家では話が違う。友達どころか娘の彼氏を乗せているというのに、おじさんはどこか上機嫌で、むしろ積極的に話しかけてきた。


 思えば、まだ小さかったころにかおりの家で出かけるのに一緒に連れていってもらったときも、夏休みに一緒にキャンプに行ったときも、やたらと俺に話しかけてきた気がする。俺に気を遣ってくれているのだろうか?


「おじさん。そこのロータリーで降ろしてもらえれば大丈夫ですよ」

「おっ、おうよ。つーか坊主、そのおじさんっていうの、いい加減やめねぇか?」


 結局二十分と少しほどで学校に到着して車から荷物を降ろしている最中に、おじさんは頬を掻きながら言った。


「……?」


 いや、これは結構難しい問題だと俺もなんとなく思っていた。言うならば、『友達だとか幼馴染だとか恋人の親を、なんと呼ぶか問題』ってとこだろうか。


 『○○のお母さん』と呼ぶのは文字数的に長いし、だからといって『おばさん』というのは躊躇してしまう。かろうじて父親であれば『おじさん』で手を打つこともできるが、そんな妥協案に甘えていた俺とは違って、きっとかおりのお父さんにも思うところがあったのだろう。


 いや、そんな難しい問題じゃないだろ。修学旅行のテンションで変な方向に思考が飛躍してるな、俺。


「……そろそろ、『お義父さん』でもいいんじゃないか?」

「え……」


 そういえば、まだ俺が小学生だったときにも、同じようなことを言われたことがあったような気がする。


 かおりの家で夕食をごちそうになって、かおりと一緒に風呂に入って、ちょうどそこへ酔っぱらって帰ってきたおじさんがそんなようなことを言っていた気が。


 って、え? かおりと一緒にお風呂? 


 そういえばあの頃、俺はかおりとよく二人でお風呂に入っていた。しかも小学四年生くらいまで!


 やばい! あの頃の俺、羨ましい!! ずるい!!!


 自己完結的に心の中で叫んでいる俺の思考をおじさんは咳払いで止めて、返事のない俺に向かってもう一度口を開く。


「…………そろそろ、『お義父さん』でもいいんじゃ――」

「――いや、聞こえてますよ! ちゃんと聞こえてましたよ!」

「じゃあなんで無視するんだよ……」


 重要なことだったのか二度も同じことを言おうとしたおじさんに俺は突っ込み、そんな俺の言葉を聞いたおじさんは寂しげに呟いてしゅんとした。


「わ、分かりましたよ。とりあえず送ってもらってありがとうございました、お義父さん」

「お、おう! 楽しんで来いよ。かおり、そ……奏太!」


 いや、付き合いたてのカップルか! 俺の呼び方まで『坊主』から名前に変わってるし!


 おじさんの謎の言動の原因はいくら考えても分からなそうだったので、愛想笑いだけ返して、俺たちは車から離れた。


「……私、一人っ子だからさ。お父さん的には息子に憧れてるんだよ。昔から」


 集合場所になっている校庭へと歩きながら、かおりはにこっと笑って言う。


「もちろん、私のこともすっごい想ってくれてるけどね! でも、もしもうちに息子がいたら、一緒にキャッチボールをしたりとか、サッカーをしたりだとか、たぶんそういうことをしたかったんだろうなって見てれば分かるんだよね」

「そういうもんかね」

「そういうもんだよ」


 確かに、うちの母さんも「かおりちゃんと話していると娘が一人増えたみたい」といつも嬉しそうに言っている。


 同性の子どもっていうのはそれだけで親近感も沸くし、茜がいるうちの母さんでもそんな様子なのだから、きっとかおりのお父さんはよっぽど「将来、でかくなった息子と酒を飲みたい」とか思っていたんだろう。うん。簡単に想像できる。


「これはもう結婚するしかないね、そうくん!」

「えっ……あ、うん」


 急に声色を明るくしてなんの恥ずかしげもなく笑っているかおりに、俺はどもりながらも返事をする。


「(お義父さん、か……)」

「ん? 今なにか言った?」

「なっ、なんでもないよ!」


 無意識に小さく呟いて、すぐに思い描いた未来の自分たちの幻影を頭から掻き消して、それから先に来ていたらしい亮たちを見つけて、俺は校庭へと駆けだした。



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