第48話 なぜだか海の家で台風に遭う。(1)


「いやぁ、雨だね~」

「ですね~」


 海の家の窓から外を眺めて、俺は日奈さんに相槌を打つ。


 昨日に比べて朝から人はまばらだったが、雨が降り始めてきて少なかった海水浴客も一人また一人と帰っていってしまった。


 少し調べてみると、台風の前には夕焼けがきれいに見えるらしい。昨日のきれいな赤い空は、思いっきり台風の予兆だった。


「夜までずっと雨だってよ?」

「……で、なんで日向たちがここにいるんだよ」


 俺は店内に腰かけている日向を一瞥する。


「いやぁ、もう一泊していく予定なんだけどこの台風じゃどこにも行けないじゃん? だから友達がバイトしてる海の家にいるからって言って親にはホテルまで先に帰ってもらった」

「俺はその付き添いです」


 自分は姉の保護者だと言わんばかりの翔くん。日向よりもだいぶしっかりものに見える。


「まあどうせこの様子じゃ店仕舞いだし、好きなだけいていいよ」

「ありがとうございます」


 日向は日奈さんに満面の笑顔を振りまくと、持っていたかばんからトランプを取り出した。


「やることもないし、トランプでもしない?」

「俺は別にいいけど……」

「いいね。皆でしようよ」


 かおりの返事を聞いて、日向はトランプを混ぜ始める。


 それからしれっと日奈さんも輪に入れて、五人分のカードを配り分けた。


「じゃあまずはシンプルにババ抜きで」


 最初の手札からペアになっているものを場に捨てて、それからじゃんけんで引く順番を決める。


「あ、俺からだ」

「よし、じゃあ翔から時計回りで!」


 そうして始まったトランプ大会は、翔くんがポーカーフェイスを存分に発揮して、ダントツの一位となった。


 ちなみに、ジョーカーを引こうとするたびに口元を緩めて、それ以外を引こうとすると気難しいような顔をするなんとも分かりやすいかおりは、ダントツのビリッケツだった。


               ◇◇◇◇◇


「そういえば中学のころ、昼休みにトランプするの流行ったよね」

「そう言われるとそんなこともあったなぁ」


 三度のババ抜きを終えて、懐かしい話をしていた俺と日向を三回連続で最下位だったかおりが悔しそうに見てくる。


「私、知らない……」

「まあ藤宮が転校してったあとの話だしね」


 日向の言葉にかおりはむぅ、と唸ってため息をついた。


「それにしても雨強くなってきたな」


 ガタガタと音を立てて揺れる窓に目をやって、俺は話を逸らす。


「なんかわくわくしてくるよな~」

「お前は小学生か!」

「――ヒャッ⁉」


 嬉しそうにする姉に翔くんが突っ込んだのと同時に、雷の落ちた音が轟いた。


「けっこう近いね。かおり、大丈夫?」

「だ……だいじょぶ」


 ニュースを映していたテレビはプツリと消えて、店内の電気も一斉に落ちる。


「キャッ……停電?」

「やっぱりわくわくしてきた!」


 俺にしがみついてきたかおりとは対照的に瞳を輝かせる日向を、翔くんがバシッと叩いて黙らせた。


「私、ちょっと雨漏りしてないか確認してくるから。はい、こんなのしかないけどないよりましでしょ」


 日奈さんは手探りで引き出しから取り出したろうそくとライターを机に置いて、二階へ上がっていく。


「海の家、飛ばされたりしないよね?」

「さすがにそれは大丈夫でしょ」

「だよね……」


 不安そうに少し俯いたかおりの肩は、小刻みに震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る