第9話 恋の行方は

幸奈はいつものように、通学に使う電車を待っていると、やはりいつものように後ろから声をかけられた。

「おっはよー、幸奈」

「ぁ、うん。百合名、おはよぉ」

いつも以上に笑顔の百合名に、幸奈は力なく答えた。

「ぇ? どうしたの幸奈。昨日以上にテンションローなんだけれど、何かあった?」

「そ、そうなのかな? 昨日もローだったって、ことだよね。今日はさらにローなんだ」

「どうしたのよ? 可愛い顔がそんなんじゃ可哀想じゃない」

「言っている意味、分かんないし…… 百合名はいつも以上にテンションハイだね」

「なーにを言っているかなぁ、幸奈くん。私はいつもと同じだよ。幸奈が暗いからそう見えるだけだよ」

「ぇ? 私、暗いかな? いつもといっしょ…… じゃあ、ないよね。やっぱり」

「ないんだい幸奈、自覚あるじゃない。本当に何かあった?」

幸奈は静かに頷いた。しかし、相談する相手は、このエロ少女の百合名ではない。

紗央厘と合流するまでは、この話はお預けだ。

「ごめん、なんでも相談に乗るから、話して。特にアッチのことならそれなりに協力できるから」

おいおい、アッチのことって何だよ……

「ぁ、ぅん。ありがとう百合名。でも、このことはみんなが揃ってから言うから、できたら紗央厘に相談したいの」

紗央厘の単語を耳にして、百合名は幸奈の背中をバンバン叩いた。

びっくりして幸奈は思わず小さな悲鳴をあげた。

「幸奈くん、うちの紗央厘なら、それこそドーンとこいだよ」

「はいはい、いつから百合名の紗央厘になったのよ、って、昨日か……」

「はい、念を押すけれど、私と紗央厘の関係は絶対に秘密だから、いいね」

「はいはい、分かっているよ。でも、それを百合名が言うかな。すぐにバレるんじゃない?」

「大丈夫ダイジョーブ。はたから見れば、私達はただの仲のいい友達なんだから。バレやしないよ」

幸奈は鼻で大きく息を吐いた。いつも以上にベタベタくっつけば、いくら女子同士とはいえ薄々バレることだろう。きっと。

そこへ千秋がやってきた。会話の末端を聞いていたのか、内容に首を突っ込んできた。

「何がバレるって? 何かヤバイことでもしたのか? 実は幸奈に彼氏ができたりしてて、アッチのことについて相談でもしていたのか? それとも、もうやっちゃったことをバラすなってことか?」

「してないしてないっ、私じゃないからっ。違うんだから……」

幸奈は顔を真っ赤にして否定した。

「何言ってんだ? 冗談だよ、じょうーだん。何顔を真っ赤にして恥ずかしがっているんだ? 昨日の今日でそんなことがあるわけないだろう」

千秋の冗談は、幸奈の心をえぐっていた。すでに幸奈の心は平常心ではなかった。

「なぁ百合名。今日の幸奈、変じゃないか? 何かあったか?」

「そうなんだよ。あったみたい。だから紗央厘に相談するんだって」

「……そうか、ってことは、ソッチ系か? 私達の専門外だな。なぁ幸奈、何を見た?」

紗央厘はスピリチュアル系に詳しい。特に占いはとても評判がよく、女子の間では恋の相談と一緒に、相手との相性占いもしていたのだ。

霊感もあるとかないとかで、そっち系の相談は紗央厘の専門だ。

今回、「見た」というのは、霊的なものか、もしくは怖い夢のどちらかだろう。

「うん。見たのは夢なんだけれど、夢の中の私は、別の人だったの」

「うんうん、それで」

千秋と百合名は、顔を近づけて次の内容を聞こうと迫ってきた。

「ぇっと、続きは四人揃ってからね。話し出したら長くなるから……」

「もったいぶるなぁ。でもまぁ、ここは専門家がいないとダメか。じゃあ教室でゆっくり聞かせろよ」

「そうだね。私の紗央厘姫がいないと話は進まなそうだよね」

幸奈は果たして、この二人に話して良いのか不安に思った。特に百合名はあっち系になるとやたら首を突っ込んでくる。

知らないことを知ってしまったが、やはり知らないことだから、何か聞かれても答えようがないのだ。

ここはとりあえず紗央厘に相談して、ことの行き先を考えよう。

そういえば、千秋は何か変わったことはあったのだろうか? この四人で変化がなさそうなのは千秋だけだ。

「千秋は最近夢とか見ないの? それから、参拝した後、何か変わったことはあった?」

千秋は首を傾げて考えたが、返事はすぐにきた。

「無い」

「ははは…… そうなんだ。でも、なんだか楽しそうな気がしたから、良いことでもあったのかなって」

千秋は首を逆に掲げて考えた。今度はなかなか返事はこなかった。

「ぅーん。そーだなー。私が楽しそうに見えるのかぁ。そうか、楽しそうなんだ。じゃあ、きっと楽しいんだ」

「答えになってないよ…… でもいいなぁ。千秋は恋をしているからきっと楽しいんだよ。きっとそうだよ」

長身の千秋は、幸奈の背中をバンっと叩いた。思わず幸奈は悲鳴をあげた。

「そうだな。幸奈の言う通りだよ。だから楽しいんだ。じゃあ、次は幸奈の番だ。しっかりな」

「そうだよ。ちゃんと恋をして、私達の恋バナに花をそえてほしいな」

百合名はそう言って、再び幸奈の背中を叩いた。

「もう、二人はテンションが高いんだから。私のことを少しは気遣って欲しいな」

「だから、こうやって「気愛」を入れてやっているんだろう。感謝しな」

千秋はそう言って再び幸奈の背中を叩いた。

「もうっ。わかったから、叩かないでっ」

「やっとでいつもの幸奈が戻ってきたね。ほらほらもっと怒ってぇ」

幸奈は笑い、そして感謝した。

 この遠慮のない友人たちの温かい気持ちに。

紗央厘と合流した幸奈達だったが、そういえば、紗央厘も昨日から何やらおかしい。

相談に乗ってくれるだろうか。しっかりとした答えをもらえるだろうか、少し心配だった。

しかも、昨日の電撃告白劇の次の日だ。きっと情緒不安定なのではないかと思われた。

しかし、電車の中で合流した紗央厘は、いつものクールな女子だった。

それどころか、いつも以上にクールに感じられたかもしれない。

「あら、おはよう。幸奈は今日も冴えないわね。昨日以上かしら? 何かあって?」

「おはよう紗央厘。あとで聞いて欲しいことがあるの。ちょっと夢を見たんだけどね、その夢がとてもリアルで、なんて言うのかな、私じゃなかったの」

「は? いつもながら幸奈は不思議なことを言うのね。まあいいわ、落ち着ける場所でゆっくり聞いてあげるわ」

やはり、いつも以上にクールだ。昨日冴えなかったのは紗央厘だったが、たった一日でこうも変われるこの女子を改めて賞賛した。

「おっはよ紗央厘。昨日は眠れた? 私なんか全然寝付けなかったから、何回したことやら……」

「こら百合名、はしたない。そう言うことは周りに人がいない時に言ってね」

あれ? と、幸奈と千秋は思った。人がいなければ言っていいんだ、と。

それに、百合名と話すときの紗央厘は、なんと言うか、少し可愛い。

日頃生真面目で冷たい印象のある雰囲気は、その時だけ普通の女子のように、表情が柔らかくなっていた。

なるほど、これも恋する紗央厘の、女子の一面なのだと感じた。

そして思った。自分のこの胸の動悸は、もしかして恋の前兆なのではないのかと。



朝のホームルームまでの空いた時間に、幸奈は昨日朝起きたら泣いていたことと、今朝の夢のことを話した。

内容をつい摘んで話したのだが、その時の思いがこみ上げて、大粒の涙と、嗚咽を漏らしてしまった。

教室いた他の生徒の視線が集まる。

どうした? ふられたのか? いじめられたのか?

そんな心配するような声が届いたが、聞き手の紗央厘が、なんでもないのよ、大丈夫だからと、みんなをなだめていた。

幸奈は気分を落ち着かせ、夢の記憶を思い起こした。

夢の中では、自分はミヤヅという名の人物だった。そして、お相手の人をタケルと言っていた。殿とも呼んでいた気がした。

ことの成り行きを一通り話すと、紗央厘はため息をついた。

「ねえ、幸奈のご先祖様って、尾張氏の人なの?」

「ぇ? 終わりし? の人? なにそれ。悪いことなの?」

紗央厘はため息をついた。この地は愛知県だ。尾張や三河を知らないのかと。

「この地を治めていた古い祖の一族よ。ミヤヅっていう人は、その一族のお姫様なの」

「ぇーっと。それはつまり、あれかな? 私が恋をしたいって神様に頼んだから、昔の恋バナを神様が見せてくれたってことなのかな? 神様の知っている恋愛ドラマを私にみせて恋のイロハを教えたってこと?」

紗央厘は首を振った。

「それは違うと思うわ。つまりね、幸奈が恋ができないのは、過去に、過去って遠い昔のことよ、その過去に恋ができなくなる何かがあって、それが原因で、いまの今世にいる幸奈は恋ができなくなったってことよ」

聞いていた幸奈もそうだが、ほかの二人、千秋と百合名も、頭上にハテナマークのランプが点灯しているようだった。

「紗央厘姫ぇ。もう少しわかりやすく言ってくれないかなぁ。私達シロートさんにはついていけないよ」

これは百合名だったが、ほかの二人も同じだった。

「あっそう。じゃあ、シンプル簡潔にいうわよ。これはあくまでも仮説だから真に受けないでね。ミヤヅ媛の転生が幸奈なのよ。もしくは、同じ魂を持つ、もしくは魂の入れ物がよく似ている存在なのかしらね」

「紗央厘ぃ。やっぱりわからない。夢に出てきたミヤヅさんは、確かに少し私に似ていたかもしれないけれど、転生ってあれでしょ? 生まれ変わりってやつでしょ? そんな、信じられない」

紗央厘はもう一度深くため息をついいた。

「そうね、私も信じたくない。だって、あのミヤヅ媛よ。幸奈は知らないでしょうけれど、とてつもなく凄い人なんだよ。はっきり言ってありえない」

「そんなぁ、紗央厘がそんなこと言ったってぇ、私じゃどうすることもできないじゃない」

「そうね、幸奈がまずやるべきことは、ミヤヅ媛のことを知るべきね。あと、これは四人だけの秘密よ。超一級極秘情報だから、絶対に漏らさないように」

そこに意地悪そうに百合名が言ってきた。

「私と紗央厘の関係も、超一級クラスの極秘情報なのかな?」

「あたりまえよ!」

紗央厘はピシャリといった。

「それと、幸奈がちゃんとミヤヅ媛のことをお勉強したら、次の作戦を開始するわよ」

「ぇ? 作戦? ……なの?」

「そうよ、これは「幸奈の恋の封印解除大作戦」なのよ。だいたい筋書きが読めてきたわ。この私がこんなに燃えるなんて久し振りのことよ。感謝しなさい」

幸奈は、紗央厘がなにを言っているのか、さっぱり分からなかったが、こんなにも真剣に自分のことを考えてくれているのだなと改めて感謝した。

それにしても作戦とは、自分に何かをやらせるつもりなのか? この自称占い師の、見た目はお嬢、中身は性悪女は、きっと自分を餌にイベントを行うのだろう。

前回みんなでの参拝は、結果的に良い方向に向かっているように思えた。

今回もそうなれば良いのだが…… などと気に病んでいても仕方がない。ここは友達を信じて身を委ねるしかない。

そうと決まれば、まず自分がやらねばならないことは、夢に出てきた人物の調査だ。

「わかった。まずは自分で、あの人がどんな人なのかを調べるね。人から聞いていても頭に入らないものね」

「そういうことよ。だからお勉強なのよ。私が知っていても意味がないのよ。これは本人の問題なんだから。ところでみんな、週末は空いてる?」

聞いていた三人はお互いに顔を見合わせた。

「紗央厘姫が空けてって言うなら、もちろんあけるよ」これは百合名だ。

「私はいいよ。でも午後からだよね? 部活あるし」これは千秋だ。紗央厘と千秋は同じ弓道部だから、行動もほぼ同じになる。

「うん、午後からならいいよ。みんな部活があるんだよね。だったら、ここで待ち合わせね」

幸奈は自分のために他の三人を巻き込んでしまった後ろめたい気持ちもあったが、紗央厘が言い出したことだ。きっといつの日か、みんなでハッピーになれる時がくるのだろう。

「よし決まりね。いい機会だわ。みんなで幸せを掴みに行きましょう」

紗央厘の言葉に、三人はなんとなく、ことの経緯が見えてきたような気がした。

紗央厘の趣味は、占い、スピリチュアル、おまじないと、ある意味オタク系の人間だった。

 三人はよくこの紗央厘のために、あちらこちらと振り回されていた。

結果、それはイベントであって、楽しんで参加できていたから、特に不満はなかったのだが、今回はどこに連れて行かれるのだと、期待と不安が混ざっていた。

幸奈は、今回は自分が中心になっていることに少し緊張した。この三人の期待に添えてあげたいと、そのために自分はどうしたら良いのかと、少しばかりかプレッシャーを感じていた。

それに気が付いたか、紗央厘は幸奈に声を掛けた。

「今回の主人公は幸奈だけれど、私はミヤヅ媛と、もしかしたらお話ができるんじゃないかなって思ってね。それが第一の目的だから、幸奈は気楽にしていていいのよ。多分すぐには返事は来ないからね」

「……ぁ、うん、わかった。私も今朝みた夢を、もう一度よく思い出して、メモっておくね」

「よろしい。その心意気が大切なのよ。じゃあ、土曜日はよろしくね」

幸奈、千秋、百合名は紗央厘のキリッとした顔を見て頷いた。

そして、四人は思った。きっと自分の願いは叶うのだと。

特に千秋と百合名は期待を膨らませていた。

百合名は一応紗央厘と交際をしていたのだが、それ以上の進展はなく、それゆえ、紗央厘と彼氏の竹山との関係も停滞したままだ。

百合名と紗央厘の関係が深くなれば、紗央厘と山竹の溝は深くなり、千秋もことの進展を進めやすくなる。

四人は、今度の土曜日に、きっと何かの進展があるだろうと胸を弾ませた。


 

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