第19話 へそくり
「じゃあ早速で悪いんだけど、硬貨を食べさせて貰えるか?」
「……ちょっと待て。今出すから」
そう言うと剛士はその場で靴を脱いだ。そして中敷きを剥がして逆さに振ると、中からは四枚の金貨が転がり出てきたのだった。
「おいおい……」
「そんな所にお金を隠してるなんて、剛士ぐらいだよね」
「剛士、あんた……どれだけせこいのよ……」
「うるせえな! いざって時の備えはしておくべきだろうが!」
まるで初めて海外旅行に行く昔の日本人みたいな警戒ぶりだ。靴の中に金貨のような堅い物を敷いていれば履き心地が最悪になるはずなのだが、剛士にとって足の痛みよりも貧乏な方が苦痛なのだ。
「ほれ、これ一枚で一ヶ月は保つんだろ? さっさとしろよ。切れば良いのか?」
「え……いや、ちょっと……これは……」
右手に持ったフラガの剣先で地面の金貨を突き刺そうとするが、彼は剛士の腕に逆らって自らの栄養源である金貨から遠ざかろうとする。
「何をやってるんだよ。遊んでる暇はないんだぞ」
「いや、だって! オッサンの靴の中に入ってた金貨だぞ!? 臭いに決まってるじゃないか!」
「鼻もないのに何言ってんだ! いいからさっさとしろ!」
ぐだぐだと文句を言うフラガに業を煮やし、彼の意思を無視して強引に剣を振り下ろすと、刀身はさしたる抵抗もなく金貨に突き刺さった。その瞬間、フラガの刀身は淡い光を発して一瞬辺りが明るくなる。
「ああぁ……あはあああぁぁん!! み、満たされるー!」
空腹状態がなくなっているのかフラガは歓喜の声を上げている。しかし彼の声はまるで玄○哲章のように野太く、ダンディなセリフが似合いそうな声色だったため、女の子が快感にもだえるように悲鳴を上げる様はハッキリ言って気持ち悪かった。やがて光が収まると同時に辺りには静寂が戻ってくる。フラガが突き刺した金貨は影も形もなくなっており、完全に吸収された格好だ。
「……もう良いのか?」
「ああ、これで一ヶ月は大丈夫だ。その金貨も吸収して良いなら数ヶ月は食べなくても良いんだが?」
「いや、今は余裕が無いからな。これは活動資金に取っておく」
どこか物欲しそうなフラガを無視して、剛士はいそいそと懐に金貨をしまい込んだ。その時、懐でチャリッと硬貨同士が合わさる僅かな音がしたのだが、耳の良いリーフはそれを聞き逃さなかった。
「ねえ剛士。あんた今いくらぐらい持ってるの?」
「……なんでそんな事聞くんだ?」
「なんでって、今から街に向かうんでしょ? あんたが持っているお金がどのぐらいあるかで、この後の予定も変わってくるでしょ」
嘘は赦さないとばかりに視線を強くするリーフと、何とかして自分の金を死守したい剛士の視線がぶつかり合い、空中にはバチバチと火花が散った。もっとも、見えているのは本人達だけだったが。
「私は特別耳が良くてね。人間には聞こえないような音でも聞こえるのよ。今の音なら……最低でも二十枚は隠し持ってるでしょ?」
「え!」
「二十枚!? どこに!?」
予想外の数字にファングとナディアは驚きを隠せなかった。一見すると剛士はフラガ以外何一つ手荷物など持っていないし、服装も高級な生地が使われているだけでごく一般的な物だ。どこかに何かを隠しているようにはとても見えない。
「ちっ……!」
舌打ちし、悔しげに唇を噛む剛士。だがリーフが剛士の事をよくわかっているように、彼の方もリーフの性格を熟知していた。
「そこまで言うなら金を出しても良いが……リーフよ。お前も金を隠し持ってるよな?」
「え!? わ、私は持ってないわよ! なんなら脱いでも良いわ! なによ、疑ってるの!?」
「当たり前だろうが。おいナディア! この女の体を調べろ! たぶん呆れるほど金を隠してるはずだぜ」
「なんだかよくわからないけど、これからの活動にかかわるなら調べさせて貰うね。てなわけでごめんリーフ!」
「ちょ、ちょっと! やだ! どこ触ってるのよ!」
無遠慮に体を撫で回すナディアの手から身をよじって逃れようとするリーフ。積極的なナディアは胸や尻でもお構いなしで、初めて他人に体をまさぐられる体験をしたリーフは艶めかしい声を上げるばかりだ。そこだけ切り取って見ればまるで百合漫画のような美しい光景なのだが、隠した金を探すと言うゲスな目的のせいで台無しになっていた。
やがて、息も絶え絶えになって地面に突っ伏すリーフの前には、少なくない数の金貨が積み上げられていた。その数全部で十五枚。一体どこに隠していたのかと思える枚数だった。
「くっ……! 汚された……!」
「……凄いな。これはちょっと真似できない技術だぜ」
「本当だね。自分で探っといてなんだけど、まさかここまで出てくるなんて思わなかったよ」
まるでオークに襲われた女騎士のようなセリフを吐くリーフにファング達は驚きを隠せない。しかし彼等はすぐに思い知る。世の中、上には上がいる事を。
「思ったより持ってたんだなリーフ。感心したぜ」
「剛士……。今度はあんたの番よ。今更自分だけ隠し通そうったって、そうはいかないんだから」
「わかってるよ。いくら俺でもこの状況で隠し事はしないって。ちょっと待ってろ」
そう言って剛士は服を脱ぎだした。普段から男社会で揉まれていたナディアはともかく、リーフは顔を真っ赤にしながら慌てて目をそらす。いくら金に汚くとも、乙女として最低限の恥じらいは残しているのだ。そんな中、剛士は一枚服を脱ぐごとに生地の裏地を引き裂いて、中の硬貨を取り出している。皆が呆れた目で見守る中、彼が全て脱ぎ終わった後にはリーフを上回る枚数の金貨が姿を現していた。
「全部で三十枚ある。これで当分の生活費はおろか、活動資金は確保できるだろ」
「確かにそうだが……剛士。お前、金を隠すために自分で服を縫ってたのか? 凄い執念だな」
「ちょっと真似できないよね。この労力を他の所に回せばもっと儲かりそうだけど……」
「夜中にゴソゴソやってたのはこれだったのね……。あんた、どんだけ暇なのよ」
「……俺の今までの持ち主も大概金に汚かったけど、オッサンは別格だな」
どんなものだと胸を張る剛士であったが、周囲の反応は彼の期待したものとは真逆だった。
「なんなんだその言い草は! 何で金を出して文句をいわれにゃならんのだ!?」
「はいはい、わかったから。それより速く移動しましょう。このままだと山の中で野宿する事になるわよ」
「そうだな。フラガって言う戦力も手に入ったし、少しは安全に移動できるだろ」
「さっさと宿を取ってお風呂入りたいわ」
リーフを先頭にして移動を再開した一行。しかし最後尾を歩く剛士の口元は、上手くいったとばかりに少しニヤけていたのだった。
(ふぅ……。なんとか虎の子の金貨を隠すのには成功したみたいだな。流石にパンツの中に隠した金貨には気がつかなかったみたいだ。いざって時にはこれを使って、俺だけでも安全な所に逃げないとな)
そう。全部出したように見せてはいたが、実はほんの数枚だけ隠していたのだ。まるで麻薬所持で捕まった某勝○太郎のように。
いざという時に自分だけは逃げるつもりでいるなど夢にも思わない仲間達は、剛士に背を向けてどんどん先に進んでいく。それに少し遅れながら、剛士は置いて行かれないような彼等の後を急ぎ足で追った。
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