第438話15-27ティアナ将軍
15-27ティアナ将軍
「ティアナ!」
あたしは思わずティアナを呼び止めていた。
緊急の連合会議でティアナやあたしは大人しくしている事を要請され事実上その職務停止を受けていた。
会議が終わりその決定が下されれば如何にガレント王国の姫であるティアナでも従わざるを得ない。
彼女は自ら連合軍に参加を希望したのだ。
そして将軍職を務めていた彼女が感情的に会議の決定を覆すことは許されない。
ティアナは退席して廊下を歩いていたがあたしの呼びかけに振り向かず答えた。
「エルハイミ、これは議会での決定。大人しく従うしかありません」
「しかしティアナ‥‥‥」
あたしは困惑していた。
立場を理解しない訳では無いがあまりにも無責任な会議の決定にとてもじゃないが従う気にはなれない。
事は一刻を争い、ジュメルの野望が成立すれば本当にこの世界は壊滅してしまう。
しかしティアナは冷静だった。
「エルハイミ、アンナの所へ行きます。ついてきなさい」
ティアナはそれだけ言うとまた歩き出したのだった。
* * *
「殿下、お疲れ様です。会議はやはり?」
「ええ、大かた予想通りになってしまいました。師匠も同じ思いでしょう。それでアンナ、書類の方は?」
「こちらに」
何の書類だ?
ティアナもアンナさんもずいぶんと落ち着いている。
するとアンナさんはあたしにも一枚の書類を渡してきた。
あたしはその内容を見て驚く。
「アンナさん、これは!」
「私が忙しかったのでセレちゃんとミアムちゃんが色々調べるのを手伝ってくれました。正式な書類です。現在は師匠がその受理認証をしてくれます」
渡された書類は連合軍の現職の長期休暇申請だった。
申請書にはあたしが自国に戻り自宅であるティナの町で休養を取ると言う事になっている。緊急の用でも無い限りその休暇期間は特に決められていない。
「まさかですわ! ティアナ!」
「私も休めと言われています。申請書はエルハイミ同様ティナの自宅で休養を取る事となっています。期間は決められずにね」
「セレちゃんとミアムちゃんが調べた内容では連合会議長である師匠が一任されているので師匠さえ認証すればこれは正式に有効となります。緊急招集も連合会議開催後でなければ有効には成りませんから殿下やエルハイミちゃんが自宅に戻りそこから個人的に旅行などに出かけるのは制限されません」
アンナさんは珍しく子供っぽい悪戯顔をする。
「ここからは個人としての行動です。エルハイミやりましょう!」
ティアナはその書類にさらさらとサインをする。
そして羽ペンをあたしにも渡して来る。
なるほどそう言う事か。
あたしも羽ペンを受け取りさらさらとサインをしていく。
そしてアンナさんを見る。
「これで師匠が受理すれば殿下とエルハイミちゃんの長期休暇が始まります。初号機は出資がガレントだけであったのが幸いしています。零号機同様ガレントの資産としていますので自由に使えます」
アンナさんにそう言われこれで心置き無く初号機も使える。
それに今の所、初号機はティアナ以外には扱えない。
ティアナはここにきてやっとニヤリと笑う。
最悪を想定していて動いていた結果何とか間に合いそうだ。
「殿下、師匠からはガルザイルに志ある者を集める、後は頼みますと言われています」
「ええ、勿論です。エルハイミ師匠に挨拶に行きます」
ティアナは書類をもって師匠に会いに行く。
あたしも慌ててティアナについて行くのだった。
* * *
「申請の受理をします。これであなたたちは長期休暇となりました」
師匠は書類の内容を見ることなく承認欄にサインをする。
事前に決められていたのだろう。
「しかしティアナ、現状残念なことに私とアンナは動けません。可能な限り支援をしますが考えは有るのですか?」
「まずがガルザイルに戻ろうと思います。そして連合軍駐屯所に行き私が長期休養に入りティナの町に戻る事を伝えます。連合軍には会議での決定事項を伝えそれに従ってもらいましょう。事実小規模のジュメル殲滅は彼らで可能でしょうから。問題は『女神の杖』を持ち逃げしたイパネマですが、わたしは通常ルートを来るのではと思っています」
あたしたちは現実味のあるミハイン王国経由の西ルートと思っていたが何か確信でもあるのだろうか?
「それは何故ですか?」
「イパネマとはそう言う人物だと思います。静かにそして確実に事を実行する。十二使徒である事へのプライドもありましょう」
師匠はしばし黙ってティアナを見る。
そして頷き「わかりました」とだけ言う。
ティアナは師匠にお辞儀をしてから部屋を出る。
あたしも慌てて同じくお辞儀してからティアナについて行く。
「でもティアナ、何故イパネマが通常ルートで行くと思うのですの?」
「多分西ルートは偽物の連中が動いていると思うのよ。それと東ルートもね。ジュメルがどう言った手法で連絡を取り合っているかは知らないけど偽物を用意して確実にこちらをかく乱させるでしょう。そしてその間に移動する最短ルートは結局通常ルートが一番早い。こちらにはエルフのネットワークと風のメッセンジャーがある事は向こうも知っている。だから偽物でこちらの戦力を分散してその隙に通常ルートで突破すると思うのよ。そしてどちらにせよガレントのノージム大陸行きの海上ルートはユエナで止められるから陸上ルートで通るのは」
「私たちのティナの町‥‥‥」
ティアナは無言で首を縦に振る。
人として移動できる方法は限られる。
ホリゾンだってあたしたちのティナの町を突破できない限りガレントには押し入れ無い。
それほど人の往来は方法が限られるのだ。
あたしたちにはゲートがある。
だから先回りしてガルザイル以北で網を張る。
ティアナはそう考えている様だ。
「さてと、そうなるとみんなに話をしなきゃね。今後はあたしたち個人の行動になるのだから」
ティアナはそう言ってみんなが待っている大部屋へと向かうのだった。
* * *
「つまり今後はあたしたちは自由に動いていいってわけね?」
シェルやセレ、ミアムまで申請書にサインをしていた。
一応連合軍所属となっていたからだ。
それらの書類をイオマは集めてアンナさんに渡す。
「これで皆さんは自由に動ける事となります。殿下、陛下には?」
「既にメッセンジャーで連絡済みです。私たちの動きについても大まかに話してあります」
ティアナはそう言ってこれからの事を話す。
「イパネマは『女神の杖』を何が何でもジュメルの本拠地である北に持って行くつもりでしょう。そしてルド王国で『狂気の巨人』を復活させる気です。そこでそれを阻止するために第一段階でガルザイル以北ティナの町にまで私たちが主体となりイパネマたちを捕らえる防衛線を張ります」
ティアナはみんなを見ながらそう言う。
誰もがティアナの次の言葉を待っている。
「そして万が一それが突破されれば第二段階としてティナの町に集結、そのままホリゾンへと侵入します。これは個人としてのホリゾンへの侵入となり、ここから先は完全にガレントの支援は無くなります。そしてここからが問題ですが潜伏しながらルド王国へ渡ります」
「ホリゾン帝国ではイパネマたちを捕らえないの?」
シェルのその質問にティアナは首を横に振る。
「ホリゾン帝国で事を起こすつもりは有りません。あそこで動けば残りの十二使徒やホリゾン帝国軍、聖騎士団を相手にする事になりその隙にルド王国へ行かれる可能性の方が高くなります。ですので静かにルド王国へ渡りそこで『女神の杖』をたとえ一本でも良いので奪取出来ればこちらの勝ちです。奪取出来たと同時にエルハイミとアイミでその杖を異界に飛ばします」
ティアナのその計画にみんな唾を飲む。
かなりぎりぎりの連続だ。
しかし一本で良いのだ「女神の杖」を手に入れられればもうジュメルの野望は潰える。
厳しい条件、危険な行動。
どれをとっても割りには合わない。
しかしあたしたちがそれをしなければきっと「狂気の巨人」が復活してしまう。
あたしたち誰と無く頷くのであった。
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