第395話14-20海上
14-20海上
貿易都市サフェリナは定期便でこのボヘーミャから大体一週間くらいの距離にある。
途中にマリアのいたミロソ島が有るがこの船はそこへは立ち寄らない。
なのでこれから一週間くらいこの船の上で過ごす事となる。
あたしたちは出航して二日目に成り既に陸地も見えなくて見渡す限りの海原の中にいる。
「あー、やっぱり風と水の精霊ばかりって違和感あるわぁ~」
まだ二日目だというのにシェルは甲板の樽の上でげんなりしている。
「まだ二日目ですわよ? 後四日はこのままですわよ?」
「分かってるって。でもやっぱり慣れ無いのよね~」
船酔いでもないのにシェルはだいぶダメージを受けている様だ。
「シェルって船ダメなの? あたしのおやつ分けてあげるから元気だしなよ?」
マリアがそう言ってあのプチドーナツを持ってくる。
シェルに渡すとシェルは素直にお礼を言ってドーナッツの穴から空を見上げる。
「ああ、サフェリナにまでどっかにゲートないかな?」
そんな事をつぶやいている。
「すんすん、何処からかドーナッツの香りがしてきますね? あ、お母様」
この子は犬か?
鼻を引くひくさせながらコクがやって来た。
「コク、他のみんなはですわ?」
「お母様の出した『オセロ』と『将棋』なる遊具に夢中になっていますよ? 確かにあれは戦略を練るなどの要素で面白いのですが、我々竜族の戦い方とあまりにも違い過ぎてなかなか慣れません。クロエは何度も赤お母様に挑んで負けているのでリベンジ中ですね」
あたしはこう言う時の暇つぶしにと【錬成魔法】でそれらの遊具を作っていたのだった。
まあ、あれはあれで楽しくて暇つぶしになるからなぁ。
でも竜族の戦い方とは根本的に違うのでコクたちには不利なのかな?
「意外なのがショーゴがあのゲームが強いと言う事でしょうか? 軍の動かし方など感心させられます」
そう言えばショーゴさんはもともとジマの国の騎士だったのだ。
そう言った戦略も知っているのだろう。
ならば「将棋」なども結構いけるのかな?
「それよりお母様、シェルは何処からドーナッツを? この船でも購入できるのですか?」
あたしは笑ってからポーチからドーナッツを出してコクに渡してあげる。
「あれはマリアが大切に取っておいた自分のやつですわ。でも大丈夫、ガルザイルでまた沢山仕入れましたから少しずつならコクにも食べさせてあげますわよ?」
「お母様! うれしいです! 大好きっ!!」
そう言ってコクはあたしに抱き着いてくる。
あたしたちは海を眺めてみんなでおやつのドーナッツを食べ始めた。
「シコちゃん、アガシタ様はサフェリナにいるのでしょうかしら?」
『そうねぇ、あの女神様は気まぐれだから分からないわね。でも、レイムの話だから南方にいるってのは間違いないのでしょうけど』
「アガシタ様っていつも一人でふらふらしているのですの?」
『どうかしらね? 前はライムを連れて人間界をふらふらしてたし、レイム含め三人の時もあったわね。とにかく気まぐれだからいきなりふらっと一人でいなくなることも多いかもね?』
シコちゃんにそう言われあたしはため息をつく。
ご先祖様の助言だし相手は女神様。
きっと何か手は有るのだろう。
あたしは自分の手を見る。
「私にあの力が使いこなせるのでしょうかしら?」
「エルハイミはあの時意識は有ったのでしょう? リッチの時だってあたしたちを回復してくれたし、ショーゴの腕だって治したじゃない?」
シェルにそう言われあたしはあの時を思い起こす。
確かに意思はあった。
しかしあたしがそう思っていたのかそれともあたしじゃないあたしが思った事だったのか‥‥‥
「私にも分からないのですわ。確かに記憶もあるし私がそうしたのだと思いたいのですが‥‥‥」
『どちらにせよエルハイミがその状態でも意思を保てるのであるし記憶も残っているのよね? なら心配はないのじゃない? きっとアガシタ様に良い方法を教えてもらってあの力を使えるようになるわよ?』
シコちゃんはそう言ってくれる。
しかしあたしの心にはまだまだ不安がよぎっていた。
「お母様の魂は私の魂を取り込んでも大丈夫だったのです、きっと何か方法があります」
コクはそう言ってドーナッツを平らげる。
そして名残惜しそうに自分の手をぺろぺろと舐め回している。
あたしは笑ってポケットからハンカチを取り出してコクの頬にまだついているかすをぬぐってやる。
「エルハイミさんたち?」
声のした方を見るとイパネマさんだった。
イパネマさんはあたしたちの方に歩いてきて一緒に座った。
「風が気持ちいいわね? エルハイミさんたちは何をしているの?」
「ちょっとみんなに内緒でおやつを食べていましたわ。イパネマさんもどうです?」
イパネマさんは「ありがとう」と言ってドーナッツを受け取るとそれを半分に割ってコクに与える。
「良いんですか? ドーナッツですよ?」
「いいの、いいの。子供は遠慮するもんじゃないわ」
そう言って自分の分にかじりつく。
その様子は珍しく子供っぽかった。
「こんな美味しい物、私が子供の頃は食べられなかった。だからあなたは食べられる時は遠慮せずに食べなさい」
「‥‥‥ではお言葉に甘えていただきます」
「ふふっ、素直じゃないわね? こう言う時は『ありがとう』ってだけ言えばいいのよ?」
イパネマさんに言われたコクはしばし半分のドーナッツとイパネマさんの顔を見ながらおもむろに「ありがとう」と言って美味しそうにドーナッツを食べ始めた。
「ねえエルハイミさん、あなたたちはジュメルを滅ぼした後どうするつもりなの?」
いきなりイパネマさんに聞かれあたしはきょとんとしてしまった。
ジュメルを滅ぼした後?
「それは、ジュメルさえいなくなれば世の中は平和になり私やティアナも落ち着いて二人で暮らせるのでは?」
「ジュメルを滅ぼせば平和になるの?」
「違うのですの?」
イパネマさんはふっと笑って立ち上がる。
「私が子供の頃この世界全てを恨んだわ。私の弟や妹はいつもお腹を空かせていた。だけど貴族どもは何時も私たちから奪いそして見下した。国だって私たち下々には何もしてくれない。そんな世の中って本当に平和なの?」
イパネマさんはあたしを見ながらそう言う。
「私だけじゃない。ミアムもセレも苦労はしているのよ? だからジュメルを滅ぼすだけで本当に平和ってのになるの?」
「それは‥‥‥」
イパネマさんが言おうとしている事は理解はできる。
ジュメルは誰が見ても悪の一点で間違いない。
しかしその悪を排除したらどうなる?
大局で見れば平和には成るのだろう。
しかしそれはあくまで大きな目で見ての話。
「ごめんなさいね。余計な事を聞いたわ。今のは忘れて」
そう言ってイパネマさんは「ごちそうさま」と言って向こうに行ってしまった。
『エルハイミ、貴女が考えなくていい事よ。彼女たちの様な境遇は世の中には沢山有るのだから‥‥‥』
分かってはいる。
あたしやティアナは生まれのせいもありそう言った苦労をした事は無い。
世の中にそう言った境遇の人は沢山いる。
「でもジュメルをやっつける事は必要でしょ? その後の事なんて知らないわよ。あたしたちエルフだってあいつらにどれだけ被害を受けたか!」
シェルはそう言ってマリアからもらったプチドーナッツを口に放り込む。
「お母様、あの人の過去に何が有ったかは興味はありませんがお母様に危害を加えるジュメルは許せません」
コクもイパネマさんにもらったドーナッツを食べ終わりそう言う。
あたしはふっと息を吐いて頷く。
「そうですわ。まずはジュメルの野望を打ち砕きヨハネス神父を倒せる力を手に入れジュメルを滅ぼすのですわ!」
あたしは力強くそう言うのであった。
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