第316話12-4水の神殿

 12-4水の神殿



 そこはベンゲルからオオトカゲで一日もかからない場所だった。



 「思っていたより広いわね」


 シェルはオオトカゲの背に立って見えてきた沼地を見ている。

 沼とは言えほとんど湖のように広いここは中心にある神殿に近ければ近いほど湧き水のおかげで水が澄んでいるらしい。



 「着きました、黒龍様」



 案内役のガルイさんがトカゲを止める。

 ここから先はぬかるみになって更に先は沼に入る事になる。

 水辺の草が生い茂るここは人の背丈に近い程の高さがある。


 「ご苦労様です。それで水竜は何処にいるのですか?」


 コクもトカゲの上に立つがまだ体が小さいので草に覆われてその先が見えない。

 

 「今は見当たりませんが水の中辺りと思います」


 ガルイさんも沼を見ながらそう答える。

 少し霞で見えずらい沼はよくよく見れば真ん中あたりに小さな島のようなものがある。

 そして更によく見れば島の木々に埋もれて何やら人工の建物のようなものが一部見える。

 

 「あれが古代遺跡ですの?」


 「妙に静かね? エルハイミ気を付けてね」


 隣に来たシェルは耳をぴくぴくと動かしながら当たりの様子をうかがっている。

 確かにこの沼はやたらと静かだ。

 

 と、あたしたちが沼を見ているとその水面が揺れ始めた。


 

 ずざざざざざっ



 それは白波を立てながら水中から長い首をもたげあげていた。

 口には大きな魚をくわえている。


 もたげあげた首だけで三メートル以上ある。

 とすれば全長十二メートル以上ある水竜と言う事になる。


 「黒龍様、出ました! あれが水竜です!!」


 ガルイさんは槍を構えてコクの前に出る。

 しかしコクはそれを制しクロさんとクロエさんを従え前に出た。



 「そこの水竜よ、私の声が聞こえるか?」



 コクの声が聞こえたのか水竜はくわえていた魚を一気に飲み込みこちらを見る。

 そして威嚇の遠吠えをする。



 「ぐぅろろろろろろろろろぉぉぉおおおおおぉぉっ!!」


  

 「ちっ、あの若造め、黒龍様に対してなんと無礼でいやがりますか!」


 「ふむ、やはりここは躾をしておかねばなりますまい。黒龍様よろしいですか?」


 「待ちなさい。もう少し話をしたい。若き水竜よ、何故そこまで荒ぶる。私は太古の竜、黒龍。お前と話がしたい」


 コクが話しかけるも水竜はどうも聞き入れるつもりがない様だ。

 威嚇のうなりをあげながらこちらに向かってきた!


 

 「黒龍様、お下がりください。この戯け者に礼儀を教えてやりやがります!!」


 「ふむ、この姿では足場が悪いな、クロエ竜の姿になり空より行くぞ!」


 クロさんがそう言うと二人は背中に竜の羽根を生やし空中へと飛び上がる。

 そして次の瞬間光ったと思うと二体の黒い竜が空を舞っていた。

 それは一目でわかる脅威。


 こちらに向かっていた水竜も黒龍の出現にその場でとどまり威嚇の鳴き声を発している。

 それに対しこちらの黒龍も威嚇の鳴き声を発し水竜の上空を舞う。



 「ふむ、どうやらあの水竜は何かの理由で自我が抑えられ、怒りに心が支配されているようですね?」


 「コク、それはどういうことですの?」


 あたしはコクを見る。

 するとコクは水竜を見たまま話し始める。


 「我ら竜族は幼竜時には本能だけで獣と同じく餌を食い体を大きくします。しかしある一定の大きさになると自我が芽生え徐々に意志を持ち始めます。そうすれば自分が何者であるかを理解し他者とも言葉を交わせるようになります。あの水竜は既に自我を持っているはずですが何かの理由でその自我が抑えられ怒りに心を奪われているようです」


 コクの説明に再び水竜に目を向けると既にクロさんとクロエさんの黒龍にボコられていた。



 あー、あれはえげつない。



 水竜は一生懸命に水のブレスを吐いているけどクロさんたちには水鉄砲の水程度にしかなっていない。

 多分人とかならあの水圧ですっぱりと切られるかどうかだろうけど黒龍のその強固なうろこに傷一つ付ける事が出来ていない。

 そして多分あれはクロエさんだろう、後ろ脚と尻尾で水竜を滅多打ちにしている。

 更にクロさんと思われる黒龍は時折手加減しているだろうドラゴンブレスを吐いて水竜の肌をどんどん焼いている。



 水竜は完全に二人にフルボッコされている。



 「あそこまで痛めつけているのにまだ抗いますか? 仕方ない、これ以上やってしまうと死んでしまいます。クロ、クロエその水竜を気絶させなさい!」


 コクからそう言われ黒龍たちは一旦左右に分かれ大きく旋回したかと思うと一気に水竜に襲いかかる。

 水竜は最後の力を振り絞って水のドラゴンブレスを吐いているけどやはり黒龍たちには全く通用せず左右から襲いかかってきた黒龍たちに尻尾で頭を交互に強打され水竜はそのまま水面に頭をぶつけて動かなくなった。



 「相変わらず容赦ないわね、クロエたちって」


 シェルがその様子を見てぽつりとつぶやく。

 そして黒龍たちは水面に浮かぶ、頭を強打され気絶している水竜を引き上げこちらまで運んで来た。



 * * * * *



 「コク、死んではいませんわよね?」


 あたしの【拘束魔法】で全身をぐるぐる巻きにされている水竜はまだ目を覚ましていない。

 若い竜と言っても全長十五メートルはある成竜であった。

 

 「ふん、腐っても竜族、この程度では死にはしないでいやがります」


 既に人の姿に戻っているクロエさんはそのメイド服のスカートを翻して水竜の頭に足をのせてぐりぐりしている。



 「こら若造、そろそろ目を覚ましやがるですよ! 黒龍様がお前に話が有るでいやがりますよ!!」



 するとどうやらこの水竜は気が付いたようだ。

 閉じていた瞳がゆっくりと開いていく。


 『う、ううっ、くっ、黒っすか? 自分は水色の縞模様の方が好なんっすが‥‥‥』



 びきっ!



 クロエさんの後頭部におこのマークが浮かんだ。

 そして一旦足をあげてから怒気をはらんでドラゴン百裂掌足版を放った!!



 「こぉのぉ若造がぁ!! なに人の下着を覗きながら自分の欲望を語っていやがるのです!!」




 どがががががががぁっ!!




 連続の蹴りが水竜の頭部に炸裂する。


 『ぶっ! がががががぁぁああああっ! ちょ、ちょっとタンマ! し、死ぬ、 マジで死んじゃいますぅ!!』



 ぶぎゅるっ!



 最後にクロエさんに頭を踏みつけられ水竜は消え入りそうな声で話す。


 『すみません、ごめんなさい、マジ死んじゃいます。もう勘弁してくださいっす!!』


 それを聞いたクロエさんは「ふんっ!」と言ってその場を離れる。

 哀れ水竜は涙を流して命乞いをしていたのだ。



 「さて、若き水竜よ。どうやら正気を取り戻したようですね? 私は太古の竜、黒龍。お前はどうやら今まで自我を失って怒りにその心を支配されていたようですが何が有ったのです?」


 コクは水竜の前まで出ていき話しかけた。 


 『こ、これはあなた様は太古の竜であられましたか! 数々のご無礼大変申し訳ありませんでしたっす! ですので何卒命ばかりはお助けを~』



 なんか可哀そうね。

 ここまで力の差がある竜にフルボッコされるとは‥‥‥



 「それはもうよいです。それより何が有ったのです?」


 コクがもう一度聞くと水竜は語りだした。


 『はい実はっす‥‥‥』



 * * *

 

 

 少し前に人族とリザードマンが湿地帯で戦をはじめ、面倒ごとにかかわり合いたくなかった水竜はこの沼地に移動してきたそうだ。

 しばらくは何事も無く平穏な暮らしをしていたのだが、この沼の古代遺跡にある時数人の人間がやって来たそうだ。

 その時は特に気にも留めなかったらしいがその人間たちが遺跡に入りしばらくすると遺跡から巨力な支配の魔力が出始め水中で眠っていた水竜はその魔力に支配されてしまったらしい。


 そしてとにかく遺跡に近づく者、沼に近づく者は排除しなければと思うようになっていたそうだ。



 『いやはや、参りましたよ。自分、争い事は苦手だったんっすがね、人間やリザードマン程度なら体の大きさに物言わせ対処できましたからね~』



 既に拘束魔法からも解き放たれ伏せの状態で黒龍と話をしている。



 幼女にひれ伏して尻尾振っているドラゴンと言う、とてもシュールな絵が目の前にあるわけだ‥‥‥



 「しかしそうするとその人間たちが遺跡に入って何かしたからそうなったと言う訳ですわね?」


 あたしの質問に水竜は応える。


 『そう言う事になるっすね。今は島からだいぶ離れたので支配される事は無いみたいっす』


 頭は上げられないので目だけあたしの方を見る水竜。

 うーん一体何が有るのだろう?

 ガルイさんの話だとあの遺跡はとっくの昔に盗掘に合い、今は古代語の石板が残っているだけって聞いていたけど?


 「そうするとやはりあの古代遺跡に行ってみなければいけませんわね」


 「え~? 水の中入って行くの?」


 「お姉さま、この沼にもヒルいますよ!?」


 みんな口々に色々話し始める。

 あたしはコクを見てから水竜を見る。


 『あー、自分は無理っす。あの魔力の支配に対抗できる自信ないっす』


 「ならばいかだでも作るか、主よ?」

 

 ショーゴさんはそう言ってなぎなたソードを引き抜く。

 しかしあたしは人差し指を立ててこう言う。


 「大丈夫ですわ、渡るだけならこうすればいいのですわ!」


 あたしは魔力を使って【創作魔法】を発動させる。

 すると軽い揺れが始まり水面に四角い渡る為に点々とした足場が出来上がった。


 「一応陶器と同じ構造ですので普通に歩く分には問題ありませんわ。それでは遺跡に行ってみましょうですわ!」




 あたしはその足場に一歩踏み出るのだった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る