第303話11-14風のメッセンジャー

11-14風のメッセンジャー



 「そうか、ドドス共和国に向かわれるか」


 「はい、そして南の大陸サージムに渡りボヘーミャを目指しますわ」


 

 あたしのその言葉にアビィシュ殿下は残念そうにする。



 「出来ればあなたには我が国に残っていただき宮廷魔術師になってもらいたかったのだが‥‥‥」


 「残念ながら私の仕える者は一人きりですわ。私にはティアナ以外に仕える者は考えられませんもの」


 にっこりとほほ笑んであたしはそう言う。

 そう、あたしにはティアナ以外いないのだ。



 「全く残念だ、私は貴女に求婚しようと思っていたのに」



 「で、殿下! エルハイミ殿には私が先に求婚しているのですよ!」


 「アビィシュ様!」


 ジニオさんとフィルモさんが声をあげる。


 「アビィシュ殿下、もう少しご自分の周りを見た方がよろしいですわ。あなたを支える人たちはこんなにあなたを思っている人がいましてよ」


 あたしはそう言ってフィルモさんのすぐ横に行く。

 既にフィルモさんは真っ赤になってうつむいていた。


 「はぁ? フィルモ、お前まさか‥‥‥」


 「や、やっぱりそうだったんだなー、フィルモは昔からアビィシュ様が大好きだったんだなー」


 驚くジニオさん。

 思い切り暴露するロングネマスさん。

 ぼーっとしている割にはフィルモさんの気持ちに気付いていたか?


 「フィルモ、お前がまさか‥‥‥」


 アビィシュ殿下は驚きを隠せない。


 「そ、その、小さい頃よりお慕い申し上げておりました。アビィシュ様‥‥‥」


 「せっかくこんなに美人が言い寄っているのに何も言ってあげないのですのアビィシュ殿下?」


 あたしはわざと意地悪に言う。

 あたしの見立てではアビィシュ殿下だってまんざらじゃないはず。


 「フィルモ、お前の事は妹のように思っておったのだがな‥‥‥ まさかこんな私で良いのか?」


 「アビィシュ様、何をおっしゃいます! 私はアビィシュ様のそのお髭で体中くまなくくすぐられることを夢に今日までお仕えしていたのですよ!!」



 いや、フィルモさん、ここで妄想を言っちゃったらまずいでしょ!



 あたしが引きつく笑いを顔に張り付けているのにフィルモさんは恋する乙女然で熱い視線をアビィシュ殿下に向けている。


 ふう、まあその辺は後はこっちの人で何とかしてもらおう。

 あたしも一応はここまでしか手伝えないからね、フィルモさん。



 「そういう事で、アビィシュ殿下、私たちは明日にはここを出発させていただきますわ」


 「明日ですか? それはまた急な。せめて私の戴冠式にまではいていただきたいのですが。この国を救ってくれた立役者として」



 あたしは首を横にふる。


 

 「そんなたいそうなものではありませんわ。私はただのエルハイミ。フィルモさんの知り合いでちょっとだけ手を貸した友人ですわ。もしそれでもと言うならばジマの国のミナンテ陛下と今後も和平を結び仲良くしてやってくださいですわ。あの国はコクの子孫ですもの」


 あたしはそう言ってとびきりの笑顔をする。

 アビィシュ殿下もジニオさんもロングネマスさんもあたしのその笑顔をポーっと見ている。


 「んんっ、アビィシュ様っ!」


 「うっ、あ、ああ、分かった。それではせめて今宵は宴を開きたい。エルハイミ殿、そのくらいは受けてくださるでしょうな?」


 「そうですわね、美味しいごちそうを食べさせてくださいましな」


 あたしはもう一度笑顔で答えた。



 * * * * *



 「エルハイミの嬢ちゃん、儂もあんたらについて行く事にした。ドドスには儂の故郷もあるでな。道案内くらいにはなるじゃろ」


 オルスターさんはそう言って美味しそうにお酒を飲んでいた。


 ここブルーゲイルの城では急ではあったもののあたしたちをねぎらう為宴が開かれていた。


 何やらいろいろな貴族挨拶やジニオさんのしつこい求婚もあったけどすべてお断りして今はこのバルコニーでシェルとイオマ、コク、そしてフィルモさんと一休みしていたのだった。


 「オルスター、どういう風の吹き回しよ? エルハイミさんたちについて行くって?」


 「そうよな、出来ればエルハイミに嬢ちゃんには儂らの国に来てもらいたいのじゃよ。ある事を思い出したでな」


 そう言ってオルスターさんはまたまたお酒を飲んだ。

 ドワーフの国って、あの地下にあるというドワーフ王国!?


 「オルスターさん、それはどういう事ですの?」


 「エルハイミの嬢ちゃんや、あんた『女神の杖』をジュメルとか言うやつには渡せんと言っておったな。何故じゃ?」



 オルスターさんは鋭い眼光であたしを見る。



 「それはジュメルが『女神の杖』を使って良からぬことを企んでいるからですわ。英雄ユカ・コバヤシも言っていた通り秘密結社ジュメルはこの世界に災いをもたらしますわ。この世に存在すると言われている十本の『女神の杖』、これがジュメルの手に渡ったらきっと悪い事が起きますわ!」


 あたしがそうはっきりと言うとオルスターさんはふっと優しい目つきに変わった。


 「やはりエルハイミの嬢ちゃんは優しいの。ならばやはり嬢ちゃんは儂らの国に来なければならん。儂らの王を説得して『女神の杖』を持ち去るがいい」


 そう言って楽しそうにまたお酒を飲んだ。



 ドワーフの国に「女神の杖」がある?

 あたしは驚きを隠せなかった。


  

 「ふう、今度はドワーフの国か。あーやだやだ、また土の中なんか這いまわるの?」


 「ふん、森でふらふらしておるおぬしらに土の中の良さが分かるはずもあるまいて」


 「なんですってぇ! これだからドワーフは!」



 あー、エルフとドワーフは何故か馬が合わないって聞いていたけど、本当だ。

 シェルもシェルでなんでこのタイミングで喧嘩腰になるかな?



 そんなあたしたちを見てフィルモさんは笑っていた。


 「エルハイミさん、ありがとう。本当になんといっていいのやら‥‥‥」


 そう言うフィルモさんの横顔は幸せそうだった。

 きっとアビィシュ殿下からいい返事がもらえたのだろう。


 「お姉さま、フィルモさん見過ぎです! 見るなら私を見てください!」


 「主様、人間の食べ物はやはり口に合いません。私は主様のおっぱいを要求します!」


 「あー、ここにいやがりましたか、主様。黒龍様もこちらでしたか」


 「主様、黒龍様、先ほどアビィシュから申し出がありまして馬車を用意するとのことです。よろしいでしょうか?」


 「主よ、ここだったか。ん、他の者もここだったか」


 なんだかんだ言ってみんなが集まってきた。

 せっかく一休みしていたこのバルコニーも一気ににぎやかになってきた。


 あたしはもう一度バルコニーの外を見て夜空を見上げる。

 空には二つの月が奇麗に見えていた。



 ティアナ、やっとあなたの元に戻れる。

 まっていてね、ティアナ。




 あたしは月に願いをかけてからまた宴の中に戻って行くのであった。  

 

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