第283話10-25リッチの影にいる者
10-25リッチの影にいる者
うおおおおおおぉぉっ!!
ジマの国の王城が人間の手に戻った瞬間だった。
あの後あたしは自分が何をしたのかをみんなに伝えてからミグロさんの元へ向かった。
はっきり言ってみんな信じられないという顔をしていたけどシェルの「だってエルハイミだもん、常識が通用するわけないじゃん」の一言で何故かみんな納得してしまった。
良いのかそれで?
そんな訳で急いで戻った訳だけど、ほとんどアンデットは片付いていたようで戻る間には一回も遭遇しなかった。
そして短剣を胸に刺され横たわっているミグロさんの元へ駆けつける。
「既に呪いは解けているはずだ、ミグロ短剣を抜くぞ。我慢しろ」
そう言ってショーゴさんはミグロさんの胸に刺さった短剣を引き抜く。
呪いが解けていたようでそれはあっさりと抜けた。
「ショーゴさん、どいてくださいですわ。回復魔法をかけますわ」
あたしはショーゴさんに代わってミグロさんに回復魔法をかけようとしたが、ショーゴさんが怪訝な顔をしている。
不思議に思い、あたしもショーゴさんが見ているその短剣を見てみると、血痕が全くついていない?
「おい、ミグロ。起きろ、ミグロ!」
ショーゴさんは短剣を放り投げてミグロさんを抱え起こす。
「んっ? あれ? ショーゴ殿?」
「ミグロ、ケガは無いのか?」
そう言われた初めてミグロさんは自分体を触り始める。
そしてミスリルの鎧の胸に刺さった所を外しながら確認するとわずかの差で胸に傷らしからぬ傷があった。
そう、ほんのちょぴっと。
それはかすり傷にすらならないような傷。
「ええと、大丈夫みたいだ‥‥‥」
「「「‥‥‥」」」
みんなジト目でミグロさんを見ている。
しかしちょびっとでも刺さったから呪いがかかっていたようでその辺は間違いなくリッチのせいであった。
「しかし、エルハイミさんの鎧のおかげで大事なくって助かったよ、特に胸部が厚めに出来ていたから助かったようなものだろう?」
はははぁっとか笑っているが心配していた皆はやはりジト目のままだ。
ミグロさんは額に汗を浮かべその場に土下座した。
「すまんっ! 本当にすまんっ!!」
まあ、それでも何事も無くって良かった。
一応はリッチの呪いもかかっていたことだし、これのおかげで更にレジスタンスのみんなが一致団結できたのだ。
あたしたちはため息をついてもう一度ミグロさんに言う。
「ミグロさん、リッチは倒しましたわ。 ジマの国はあなたたちの手に戻ったのですわよ!」
あたしがそう言うと周りのみんなが勝鬨をあげる。
うおおおおおおぉぉっ!!
十数年亡者の王リッチに支配されていたジマの国が人の手に取り戻せたのだ。
みんなは抱き合い喜びそしてミグロさんの名を、あたしの名を称える。
「いいぞミグロ! ジマの国復活だぁ!」
「育乳の魔女のおかげでジマの国は救われたぁ!!」
「育乳の魔女様、私の胸も大きくしてぇっ!!」
おいこら、なんであたしの名前じゃなくて不名誉な二つ名で呼ばれるのよっ!
しかも後ろの方の女性の声援、自分の願望しか言ってないしっ!!
盛大に盛り上がる中あたしだけ不満顔になるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、あたしたちは取り戻したジマの国の王城整備を手伝っていた。
不浄な者がいたおかげでその清掃はものすごく大変だった。
特に死体が転がっていた床なんて何度洗っても落ちないし、匂いがものすごいのなんの。
緊張していた時には気にならなかったけど改めてこの臭いに気付くと卵が腐ったような何とも言えない臭いでついつい顔をしかめてしまう。
おかげであたしがメインで浄化魔法を使い徹底的に大掃除となった。
「それでシェル、ファイナス市長には連絡が取れたのですの?」
「それがねぇ、どうも長距離の風の精霊が飛んでいけないようでまだ上手く行って無いのよ」
シェルはあたしが浄化魔法を使っている横で果物をかじりながら見ている。
「だから近くにいる渡りのエルフたちにもお願いしているの。とにかくあたしたちが無事で今ジマの国にいるって事と、それをティアナに伝えて欲しいってことをね」
あたしは浄化魔法をかけながら安堵の息をつく。
とにかくティアナに一刻も早く連絡を取りたいけどまずはこちらの安否だけでも伝えなければ。
連合には確かドドス共和国が参加しているはず。
そうするとドドスには風のメッセンジャーがあるわけだけどあたしたちに使わせてくれるかどうかは分からない。
北のイザンカは連合の参加を拒否したって聞いているし、もしかしたら風のメッセンジャーが支給されていないかもしれない。
あらかた清掃が終わってあたしはみんなの元へ行く。
「お疲れ様です、エルハイミさん。どうぞこちらで休んでください」
ミグロさんがそう言ってあたしにお茶を入れてくれる。
あたしはありがたく熱いお茶を口にする。
ふわっと花の香りがしてとても美味しい。
「このお茶、とても美味しいですわ! 花の香りがして清々しくて!」
「このお茶はジマの国の特産です。この地にしか咲かない花をお茶にしているのです」
そう言いながらミグロさんはお代わりのお茶を注いでくれる。
「皆さんのおかげでジマの国を取り戻せました。改めてお礼を申し上げます」
お茶をいただきながら話しているとミグロさんが改めてあたしたちにお礼を言ってくる。
そして思い切った感じであたしたちに提案をしてくる。
「皆さんがもしよろしければこの国、ジマの国に残ってもらえないだろうか? 特にエルハイミさん、私は貴女に引かれてます」
やや頬を赤く染めミグロさんはあたしに面と向かって話しかけてくる。
はいっ?
あたしは突然の事に目をぱちくりしている。
「駄目です。主様は私のです。ミグロにはあげません。始祖母コクの言う事が聞けませんか?」
コクがずいっと前に出る。
腕を組みぷんすか怒っている。
「し、しかし黒龍様、エルハイミさんほど美しく、気立てのいい女性なんてそうそういないじゃないですか!」
ずいぶんとあたしを持ち上げてくれるものだ。
しかしあたしは静かに首を横にふる。
「申し出はうれしいですが、私にはティアナと言う心に決めた伴侶がいますわ。私は一刻も彼女の元へ帰りたいのですわ」
「し、しかし、その方は女性なのでしょう? 考え直してもらえませんか!?」
あたしはもう一度静かに首を横にふる。
それを見たミグロさんはがっくりと肩を落とす。
「それではせめてもうしばらくここへ滞在していただけませんか? この国を立て直すにはまだまだあなたたちの力が必要だ。町の整備や隣国への大使の派遣も行わなければならない。そこへ黒龍様と名高いエルハイミさんの後押しがあれば隣国もまたこの国を認めざるを得ないでしょう。どうかお願いします」
そう言ってミグロさんはまた深々と頭を下げる。
それを見ていたコクはあたしの袖を引く。
「主様、これからどうするおつもりですか? やはりウェージム大陸に渡られるのですか?」
その質問にあたしはすぐにこたえる。
「勿論そのつもりですわ。私のいるべき場所はティアナの横でありますもの」
「お姉さま‥‥‥」
今まで黙ていたイオマがぽつりとそう言う。
「わかりました。ならば私も主様について行きます」
コクは迷わずそう言う。
「黒龍様、よろしいのですか?」
「ディメルモ様の言いつけはよろしいのですか?」
クロさんやクロエさんがコクに問いただす。
「私とディメルモ様の関係は既に終わりました。今は新しい主様に仕える身。きっとディメルモ様も分かっていただけます」
そう言ってちょっと寂しそうにする。
過去にコクと暗黒の女神ディメルモ様に何が有ったかは知らないけど、今のコクはそう決めたようだ。
あたしはもう一度ミグロさんを見る。
「もうしばらくはお手伝いしますが、その後は私たちはウェージムに帰りますわ。お申し出はうれしいですがやはり私はティアナの元に帰りたいのですわ」
あたしにそう言われミグロさんはため息をつきながら「わかりました」とだけ言った。
「そうですよね、お姉さまには待っている人がいるんですもんね」
イオマはそう言って寂しそうにした。
ちょっと胸が痛むけどイオマを受け入れるわけにはいかない。
そんな事をしたらあたしはティアナの元に戻れなくなってしまう。
「とにかく分かりました。もうしばらく手伝っていただけるというだけで助かります。早急に隣国に大使を派遣しジマの国復活を告知しましょう! そうすればイザンカかドドス経由でウェージムにも渡れるでしょう。ただ、イザンカは今内戦が勃発していて不安定です。できればドドスから戻られた方が良いでしょう」
ん?
イザンカが内戦だって??
初めて聞くその情報にあたしは驚きを隠せない。
だってイザンカって最古の都市であり最古の国のはず。
その運営基盤はしっかりとしたものでそうそう内戦なんかになるはずがなかった。
「どういう事ですの、ミグロさん?」
「おや? ご存じなかったですか? イザンカは次期国王に兄王子と弟王子の政権争いが起こっていて兄王子派が劣勢を強いられています。もともと連合に参加するつもりだった兄王子派は弟王子派の蜂起で外交が頓挫して内戦へとなっているんですよ、ここ数年」
あたしはその情報を初めて知った。
イザンカが連合に参加しなかった理由はこれだったのか。
でも弟王子派って?
「ずいぶんと穏やかでは無いお話ですわね? そうするとイザンカ経由では動かない方が良いと言う事ですわね?」
「はい、そうなりますね。それにイザンカへの大使派遣も考えなければ。兄王子派か弟王子派どちらに派遣するかで今後のジマの国の立ち位置も変わってきます」
ミグロさんは深くため息をつく。
そしてポツリこう言う。
「弟王子派はジュリ教の聖騎士団が助っ人についているらしいしなぁ、やはり弟王子派が優勢かな?」
なにっ!?
弟王子派にはジュリ教の聖騎士団が付いているだって?
「それは本当ですのミグロさん!?」
ずいっとあたしに詰め寄られてミグロさんは赤い顔をして驚いている。
そして乾いた笑いをして両手を小さく上げる。
「エルハイミさん、近い近い。ええ、そう聞いてます。ただ聖騎士団を見たものはいないので噂の範疇ですが」
しかしあたしは心当たりがある。
そう、あのリッチに加担していたっぽいジュメルの神父、カルラ神父。
あのリッチと手を組むほどだ、きっと普通のジュメルじゃない。
もしかして十二使徒の一人か?
あたしは唸ってしまう。
このまま素直にウェージムに帰るべきか、もう少しイザンカについて情報を集めるべきか‥‥‥
そんなあたしの悩みにイオマはうつむいたままこの部屋を出ていってしまう。
あたしは考えに没頭してそのイオマの行動に気付かなかったのだった。
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