第252話9-24卵

 9-24卵



 今日も日課の魔力注入をやる。



 あれからどのくらい経っただろうか?

 あたしは毎日黒龍様の卵に魔力を注ぎ込んでいる。

 多分既にひと月は同じような事をしていると思う。


 「相変わらずものすごいわね、エルハイミの魔力ほとんど吸い取っちゃうんだから」


 シェルは魔力注入後の卵を見ている。

 気のせいか最近は卵の表面の色艶が良くなってきたような気がする。


 そしてあたし自身も驚いたのだがどうやら成人を迎えたのにまだまだ魔力容量の成長も続いているようだ。

 最近は卵が満足するまで魔力を注ぎ込んでも余裕が出来てきた。


 「お姉さま卵ばかり相手にしないであたしも相手にしてくださいよぉ」                                                    

 イオマが魔力注入が終わった後のあたしに近づいてくる。

 最初はあたしの魔力切れを心配していたようだが最近は余裕が出てきたのを見取ってこうしておねだりしてくるようになった。


 「最近約束守ってくれないんだもの、お姉さま!」


 「分かりましたわ、今日はやってあげますからあまり騒がないのですわ」


 「やったぁ! お姉さまだ~い好きぃ!!」


 抱き着いてくるイオマ。

 そんなイオマの頭をなでながらあたしは卵を見る。

 一体何時になったら孵化するのだろう?


 あの時黒龍様はしばしのお別れとか言ってたけど、考えてもみれば竜の感覚での「しばし」だ。

 人間にとってはものすごい「しばし」になるのかもしれない。


 あたしはため息をつきながら本日のお勤めに入る。



 * * * * *

  

 

 「んっ、くふっぅ! お、お姉さまぁ~」


 「はい、イオマここまでですわ」


 あたしはイオマの胸から手を放す。


 「え~、もっとして欲しいのにぃ~ 何なら続きはベッドでも構わないんですよぉ?」


 「何を言っているのですわ、約束は胸を大きくするマッサージでしょう?そこまではだめですわ」


 あたしはそう言ってイオマに服を着させる。


 なんだかんだ言ってイオマの胸も順調に大きくなってきた。

 可愛いし、甘えてくるのでついついかまってしまうけど、流石に恋人にはなれない。

 あたしにはティアナと言う心に決めた人がいるのだから。


 「お姉さまのいけずぅ~ ところでお姉さまいつまでここに居るのです? あたしはお姉さまと一緒ならずっとここでもいいですけどぉ」


 上目づかいであたしを見てくる。

 こう言う所は素直にかわいく思うけど、あまり情が移ると別れがつらくなる。

 だからあたしはわざと冷たくする。


 「黒龍様の卵が孵って地上に出られるまでですわ。イオマだって心配してくれる人がいるのではないですの?」


 「あたしは‥‥‥」



 あっ!?


 もしかしてやばいこと言っちゃたかな?  

 人にはそれぞれいろいろな事情がある。

 不注意の一言がイオマを深く傷つける事があるかもしれない。

 あたしは配慮の無い自分を恨んだ。



 「あたしは物心つく頃からお師匠様と二人きりだったから、あたしの心配してくれる人なんていませんよ、お気軽な身の上ですから」


 意外とあっけらかんと言うイオマ。

 

 「お師匠様もある日突然旅に出るとか言っていなくなっちゃうし、そのままお師匠様の家に居ても食べていけないからあたしは冒険者になったんです。」


 そう言って自分の杖を取る。


 「お師匠様が旅に出て行く時にこの杖をあたしにくれたんです。これがあれば召喚獣を呼べる、お前でも一人でやっていけるだろうって言いながら」


 そう言うイオマはちょっと寂しそうだった。

 そして再びあたしの所へ来る。


 「でも今はお姉さまがいるから、あたしは幸せですよ」


 そう言いながら抱き着いてくる。

 


 ううっ、こういう話を聞かされしかも素直に好意を寄せてくれると思わず抱きしめたくなっちゃう。


 

 あたしは抱きしめたい気持ちを我慢してぽんっとイオマの頭に手をのせてなでる。


 「それでもこれ以上はだめですわ。私にはティアナと言う恋人がいますの」


 「それでもいいんです、お姉さま! 今だけでも私のお姉さまになってください!!」


 イオマがあたしの目を見る。

 その瞳はうるんでいて上気している。

 だんだんと近付いて来るイオマの顔。



 ああっ!

 やばい、可愛いっ!


 もしティアナがいなかったら押し倒してしまいそう!



 イオマは何かを期待してその瞳をそっと閉じる。

 思わず唾を飲み込んでしまうあたし。

 自然とあたしの顔もイオマに近づいてしまう。



 「おい、馬鹿エルフ、これのどこがおもしろいのでいやがりますか?」


 「何言ってるの、ここからよ! もうしばらくご無沙汰だからきっとエロハイミも野獣になるわ!」


 

 ‥‥‥


 って、おい、そこ、何覗き見てんのよ!?



 「シェル! それにクロエさんまで何しているのですの!!!?」


 あたしは念動魔法でわずかに開いていた扉を開ける。

 するとつまらなさそうにしているクロエさんと興奮しているシェルがいた。


 いきなり扉が開いて逃げ場がなくなったシェルは乾いた笑いをしながら頭の後ろを掻いている。


 「主様よ、主様もディメルモ様と同じく女型が好みでいやがりますか? そうするとやはりあっちの世界で黒龍様を手籠めにしやがったのですか?」


 冷たい眼差しであたしを見てくるクロエさん。

 既に大きな誤解が発生しているようだ。


 「そ、そん事とあるわけないですわ! そもそもあの世界にはシェルも一緒に行っているのだからシェルに聞けばその様な事は一切無かったとわかりますわ!!」


 慌てて否定するあたしにクロエさんはシェルに向かって訪ねる。


 「おい、馬鹿エルフ、本当に黒龍様に対してその様な事は無かったのでいやがりますね?」


 するとシェルは肩をすくめてこう言う。


 「残念ながらそれどころじゃなかったからねぇ~ 逆にあたしたちが襲われて乙女を失いそうになってたんだから。それにあんな美人とエルハイミを二人っきりになんてしておけないでしょう? エルハイミが変な気を起こす前にあたしが引っ張っていったからね」



 ちょっとまて、あたしが見境無い色欲のような言い方してるんぢゃないわよ!!



 「お、お姉さま酷い! あたしには手を出してくれないでやっぱりあっちの世界で他の女性(ひと)といちゃいちゃしてたんですね!?」


 いやまて、イオマ。

 あなたも何を大きな勘違いしているのよ!?


 あたしは誰にも手を出していないってば!!



 「とにかく、私はその様な事は一切していませんわぁ!!」



 久々にあたしの声がこだまする。



 * * * * *


 

 「ふう、終わりましたわ」


 「お疲れ様です、主様。して、黒龍様の様子はいかがですかな?」


 卵に魔力をたっぷりと注ぎ込んだあと、クロさんはあたしにお茶を入れなが話しかけてきた。

 あたしは入れたての紅茶にたっぷりのミルクと砂糖を入れてから一口いただく。

 芳醇なその香りとまろやかな味が魔力をたくさん使ったこの体に染み渡る。


 「今の所は特に変化は無いように思いますわ。魔力は注ぎ込むとどんどん吸収してくれるのでしっかり孵化に向かっているとは思いますわ」


 「そうですか、それは何より」


 そう言ってクロさんはお茶請けを出してくれた。

 奇麗に焼かれたクッキーをあたしはつまみながらいただく。

 サクッとした触感にバターの濃厚な味が口いっぱいに広がる。

 本当にここの食べ物は全て美味しい。

   

 「あ~、お姉さまいいなぁ、あたしもいただいていいですかクロ様?」


 「うむ、まだまだあるゆえ、どうぞこちらに」

 

 イオマもお茶を入れてもらいながら一緒にクッキーを食べる。

 しばらくそうしていると今度はシェルとショーゴさん、クロエさんもやってきた。



 「だから言ってやったです、人間風情やエルフが私にかなう訳ないですと」


 「だからと言って最後に竜の姿になるのは卑怯よ! せっかくあそこまで追い詰めたのに!!」


 「人のサイズで無ければ戦えないという問題が分かったのだ、今度はそれ以外でも対応できるようにすればいい」



 何やら物騒な事を言っている。

 最近シェルたちは体がなまるとか言ってクロエさんと模擬戦をしている。

 なんだかんだ言いながらもクロエさんも相手してくれるので最近はショーゴさんも参加しているようだ。



 「あ、クッキーね!? 美味しそう、あたしにもちょうだい!」


 

 そう言ってシェルはひょいっと一枚摘み上げて口に運ぶ。

 全く、このエルフ食い気だけはあるよなぁ。


 サクサクと音を立てながらそれを食べていくが、いきなり喉にでも詰まらせたのか、んーんー言って慌てる。


 「落ち着きがないですわね、はい、シェル」


 あたしは慌てて飲みかけていたあたしのカップを渡す。

 それをシェルは一気に飲み干し、慌てながらこう言う。


 「た、卵!!」



 ん?

 卵がどうしたって??



 あたしは言われて黒龍様の卵を見ると‥‥‥



 表面にひびが入っている!?



 それを見取った人はみんな思わず立ち上がり覗き込む。


 


 そう、卵にひびが入りいよいよ黒龍様の卵が孵化を始めたのだった。

   

 


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