第九章

第229話9-1暗闇

 9-1暗闇



 「そろそろ穴ですわ! 二人とも準備してですわ!」


 

 あたしたちはこの異空間から脱出するべく命綱になる魔法の糸にしがみついていた。

 もしエルフの魔法の袋と同じ原理なら例え針の穴のように小さなこれでもあたしたちは外に出れるはず。

 どこに出るかは分からないけどとにかく今はこの空間から脱出することが最優先だ。



 引っ張られあたしたちはとうとう針の穴のように小さな光に吸い込まれていく!



 「うあぁああぁぁっ!」


 「うおっ!?」


 「ふみゃぁぁあああぁぁぁですわぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!」


 あたしたちは叫びながらその小さな光に吸い込まれていった!



 * * * * *



 「もうだめっ! 召喚獣も間に合わない!!」



 そんな声が聞こえる。

 あたしたち三人はいきなり薄暗い所へ出た。



 そしてあたしのライトプロテクターとシェルのライトプロテクターが勝手にあたしたちの体を動かし振り下ろされた戦斧を防護する。



 「へ?」


 「ふみゃですわ??」



 「主よ! ストライクモード!! セブンソード!!」



 ざしゅっ!!



 「ぶぅもぉぉぉおおおおぉぉっっ!!」


 ショーゴさんが何かを切った。

 それはボトリと床に落ちる。


 見れば筋骨隆々な腕が切り落とされている。



 「へっ?何なんですの!!!?」


 「主よ下がっていてくれ、こいつを始末する!」



 そう言ってショーゴさんは暗闇の中、良く見えないむこうでショーゴさんよりずっと大きなその影に切り込んでいった!

 それが振り回す戦斧を巧みにかわしショーゴさんが剣を駆使してそれを切り刻む!

 ほどなくそれはただの肉塊になり替わり沈黙した。



 「ふむ、だいぶ大型のミノタウロスだったな。通常の物より強かった。」


 ヒュンと剣に着いた血糊を振り払い鞘に戻す。

 そしてあたしたちの後ろを見やってこう言う。


 「ミノタウロスは倒した。もう安全だ。ところでここは何処なんだ、教えてもらえないだろうか?」


 あたしとシェルはここへ来て初めてあたしたちの後ろに人がいた事に気付いた。



 「あ、あのミノタウロスをこんなに簡単に倒してしまうなんて‥‥‥」



 見るとあたしよし少し年下っぽい魔術師の格好をした女の子がいた。


 癖のある栗色の髪の毛、大きな瞳に小さな鼻と口、暗い中でもはっきりとわかる白い肌。

 可愛らしいその子はポカーンと口を開いたままだった。


 「え、えーと、私はエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトン、こっちのエルフがシェルで先ほどミノタウロスを倒したのがショーゴ=ゴンザレスですわ。あなたは?」


 あたしのその声に彼女はハッとしてこちらを見る。

 そして赤い顔をして話始めた。


 「あ、危ない所をありがとうございました! あたしはイオマ、見ての通り冒険者です。」


 そう言って彼女は安堵の息を吐いた。

 冒険者かぁ、しかし見たところ一人??


 「それでイオマさん、ここってどこですの?」


 「え、ええぇとぉ‥‥‥ 実はあたしもよく分からないんです。みんなとはぐれてトラップの転移魔法に引っかかって気付いたらここに。それであのミノタウロスに襲われて召喚獣を呼ぼうとしたんです、でも間に合わないと思った瞬間皆さんが現れて助けてもらったのです。」



 なんと、召喚獣の呪文がたまたまあたしたちの近くで発動したのか!?

 でも助かった、たとえそれでもあの異空間から抜け出せたのは。


 

 「そうするとここはどこかの迷宮か何かか?」


 ショーゴさんがこちらに戻ってきて聞いてくる。

 イオマさんはショーゴさんの異形の兜と仮面にびくつくが首をこくこくと縦に振っている。


 「え、ええとあたしたちが入ったのはイージム最大の地下迷宮です。ただあたしはみんなとはぐれて転移トラップでどこかに飛ばされて今いるここが何処か全くわからないのです‥‥‥」



 イージム大陸!?



 ここはイージム大陸って事!?

 あたしたちのいたウェージム大陸から一番遠い大陸じゃない!!


 「そうか、イージムの地下大迷宮か‥‥‥ またなんとも厄介な所に出たもんだな。ミノタウロスがうろつくと言う事は地下五層以下の場所と言う事か」


 ショーゴさんはそう言ってミノタウロスに振り返る。


 「主よ、とんでもなく厄介な場所に出てしまったようだ。イージムの地下大迷宮は知っているか?」


 「確か世界で一番深く広いと言われる地下迷宮でしたわね?」



 イージムの地下大迷宮。


 ここは暗黒の女神ディメルモ様が倒れた地でその眷属である黒龍が眠る場所。

 女神戦争で他の女神を焼き殺したと言われるその黒龍はディメルモ様の牙城であるこの地下大迷宮の奥底にいるとされている。

 その深き迷宮は十層にも及びいまだその最奥には誰も踏み込んだ事は無いとされている。


 「ここは五層以下だからマッピング地図も何もない状態では地上に出るのに最低でも一年はかかるぞ」


 「一年ですのっ!?」


 ショーゴさんに言われてあたしは驚く。



 一年もかかるっていったいどれだけの迷宮よ!!



 「記録に残っている限りこの迷宮にもぐった最高記録が確か六層だ。そこから道を知っていたとしても最短で半年はかかると言われている」


 あたしは愕然とする。

 と、あることを思い出す。


 「シェル、とりあえず私たちが無事で今どこにいるかファイナス市長に風のメッセンジャーで知らせてもらえますかしら?」


 「あー、それはだめね、ここ地下だから風の精霊が全くいないわ。あれって風の精霊がいないと使えないのよ」



 がーん!!



 そうするとティアナにあたしたちが無事であることを伝えられない!?

 マッピング地図無しだとまっとうに進んでも地上に出るだけで一年はかかる!?


 どうすんのよこれ!!


 あたしがパニクっているとイオマさんが話しかけてくる。


 「あのぉ~、お取込み中すいません。エルハイミさんでしたっけ? 皆さんは地上に出たいんですよね? もしよければあたしもついて行っていいですか? あたし一人じゃとてもじゃないけど生きてここを出れる自信がありません」


 「そう言えばなんであんたこんな迷宮に入ったのよ? 他の人とははぐれたって聞いたけど」


 シェルがイオマさんに聞く。


 「はい、実はあたし冒険者になりたてで簡単なクエストで地下一階の鉱石採取の依頼を受けたんですが流石に一人じゃ危なくって。それで同じ冒険者になりたての人たちとパーティーを組んでこの迷宮に入ったんですが鉱石採取に夢中になっていてはぐれたところ宝箱を見つけて開けたらそれが転移トラップで今に至ると言う訳です」


 うあー、冒険者初心者だったのか。

 地下一階に有るような宝箱なんてトラップ以外の何物でもないわよ??

 それに飛びついてここにいるってわけか。


 「初心者にありがちな事だな。仲間も初心者ではだれも注意してくれんだろな、この迷宮ではよくあることだ」


 ショーゴさんはそう言う。     

 するとシェルがショーゴさんに質問をする。


 「ずいぶんとこの迷宮の事詳しい感じだけど、ショーゴってこの迷宮に入ったことがあるの?」


 「ああ、俺はイージム大陸の出身だ。もともとはジマの国の出だ。」


 「ジマの国ですって!?」


 イオマさんが驚く。

 ジマの国って確か‥‥‥


 「『呪われし亡者の国』ですの‥‥‥」


 イージム大陸の小国ジマの国。

 もともと妖魔や魔獣が多いこの大陸で最東端に位置したその国は十年近く前に発生した亡者の王リッチの大軍に滅ぼされたと聞く。

 その折に国王や王族はバラバラに国外に逃げたと聞いているがその行方は分かっていない。


 そしてその国の出身者で元の主を守り切れずジュメルに復讐を誓ったって事は‥‥‥


 「ショーゴさん、あなたもしかしてジマの国の騎士だったのですの?」


 「主よ、過去の話だ。今は主に仕える身」


 素っ気なくそう言うショーゴさん。

 しかし握られた拳をあたしは見逃さなかった。


 「まあ、ショーゴにもいろいろあるのだろうけど、今はこの大迷宮をどうやって抜けだすかの方が重要よ!」


 気まずい空気を動かし始めたシェルは一番重要な事を言う。

 その通り、まずはここから出なければだ。


 「そうですわね、まずはここから出なければ何も始まりませんわ。イオマさん、とにかくここにいても仕方ありませんわ、いっしょにいきましょう」


 イオマさんはこくこくと首を縦に振ってあたしの手を取る。


 「あ、ありがとうございます~!! 助かりますぅ~!!」


 そう言ってあたしの手をぶんぶんと振る。

 事情を知ってしまったのだ、放っておくわけにもいかない。

 しかしどうやってここを出るかだけど‥‥‥


 「ショーゴさん、このこの大迷宮についてはどのくらい知っていますの?」


 「知っている事は大したことは無い。ただもしここが地下六層であるのならば上に行くのはかなり面倒となるのだけは確かだ」


 ショーゴさんは顔を上にして天井を見る。

 地下迷宮と言っても改めて周りをよく見ると人の手が入ってる様な形跡はなく、どちらかと言うと鍾乳洞のような感じだ。


 つられてあたしも天井を見るが‥‥‥


 天井が見えない。

 暗いとかじゃなくて壁も途中で無くなってその上が夜空のように真っ暗になっている。

 試しに明かりの魔法を使って頭上にそれを浮かばせてみるけどその先は何も見えない。


 「これは間違いなく第六層だな。地下五層と六層の間には数百メートルにも及ぶ空間があると言われている。何故か床には迷路のような壁が点在しているというがここには凶悪なモンスターや妖魔が出るともっぱらの噂だ。上の階につながる階段を見つけるのは一苦労だな」


 そうするとあたしたちが今いるここはイージム大陸の大迷宮地下第六層で、記録上人間が到達した最深部と言う事になる。


 あたしは大きくため息をつく。


 「それでもここから動かないわけにはいきませんわ、とにかく上を目指しましょうですわ」


 そう言って歩き出そうとする。

 しかしショーゴさんがそれを引き留める。


 「主よ、これは噂話だがここから地上に戻るにはむしろ最地下層の黒龍のもとに行った方が早いらしい。黒龍はこの何十数年に何度か地上で目撃されている。神代の時代より最地下は女神ディメルモ様の神殿と聞く。わざわざ黒龍たちが迷宮を通って地上に出るとは思えん、きっと簡単に地上に出れる方法があるのだろう」


 ショーゴさんのその物言いにあたしは考える。

 黒龍の話は有名で最古の竜とも呼ばれている。

 その巨体を考えると確かにもっと簡単に地上に出れる方法があるのかもしれない。

 

 ここが地下六層だから残り四層。

 この層も考えると上に行く方が時間がかかる。

 

 ‥‥‥黒龍は人との意思疎通もしたと記録があった。

 伝承では見た目ほど狂暴では無いらしく、気に入れば人ともかかわっていたとか。

 話が出来るのならいきなり襲って来る事は無いかもしれない。

 

 う~ん、どうしたものかとあたしが悩んでいるとシェルがこういう。


 「ねえねえ、その黒龍ってメル様たちと同じ神代からいるのでしょう? ぜひ見てみたいわ!!」


 こいつ怖いもの知らずかよ!?


 しかし今は一刻も早く地上に出たい。

 あたしは意を決して地下に向かう事にする。


 「わかりましたわ、それでは地下の黒龍に会いに行って地上に出る方法を教えてもらいましょうですわ!」 

  

 イオマさんが悲鳴を上げているがどちらにしろこのままではらちが明かない。

 


 あたしたちは地下への入り口を探して行動を開始するのであった。     


 

 

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