第210話8-12シルク

 8-12シルク



 ヨハネス神父が現れて三日たった。


 

 しかしその後ホリゾンが攻めてくる様子も無く、こちらの城壁の改修も終わり小型投石機の設置も終わっていた。

 観測班や偵察部隊は頻繁に情報をかき集めていたが、どうやらあちらはジルたちの村の跡に大規模な砦の建設に入ったようだ。


 「本腰入れて長期戦になるな、下手をしたら数年の戦になるぞ?」


 ゾナーのその言葉にティアナは思わず「げぇっ!?」とか変な声を出している。

 

 「そんなに長く戦をすることがあるのですの?」


 「ああ、双方決め手がない戦は概してこうなる。両方とも砦を築き補給線を確保しながら力をため、勝算がある時に一気に攻め込む。今はホリゾンの方が補給線を確保できていないからいくらメンツの問題でもここは落とせないだろう。だからあちらも時間をかけての攻撃となる。もっとも、その分こちらも準備が出来るがな?」


 そう言ってゾナーは試作で出来た簡易魔装具の剣を見る。

 つばの所に魔晶石をはめたり外したりをしている。

 どうやらその使い勝手を確かめているようだ。


 「流石、エルハイミ殿だ。これなら取り回しも換装もすぐにできるな。」


 軽くその剣を振って確かめる。

 そして満足そうな顔をして配下の兵に持って行かせる。


 「ルブクたちからは最初に出来上がるのは五十本、後二、三日で納品できるらしい。しかしあの歌はなんだ?やたらと耳に残る。工房に半日もいたらあの歌が離れなくなるぞ?」



 ビクッ!



 あたしは一瞬びくつくが平静を装って知らんぷりをする。

 

 と、そんな中シェルがやってきた。



 「ゾナー、またあの葉っぱが大量に欲しいのだけど、取ってきてもらえない?」


 「数日前にあれだけ持ってきたのにもう無いのか?」


 「あの子たち今が一番食欲旺盛なのよ!それとティアナ、あの葉っぱの木って農場で栽培できないかしら?野生のものでは不安定だし質のばらつきがひどいのよ!」


 資料を読んでいたティアナはシェルに言われたあたしを見る。

 あたしは別の資料を引っ張り出し耕作地の状況を確認する。


 「えーと、耕作地はガレント側に拡大中ですので大丈夫ですわ。ただ、あれは蚕専用の食料になるので人間は恩恵が無いのでうまく場所を選ばないと邪魔な木になってしまいますわ?」


 「それなら大丈夫よ、若い枝が出るたびにそれごと切ってしまうから幹にはならないわ!」


 幹にならない木って何よ!?

 どう考えても思いつかない。

 しかしシェルに言わせるともともと強い種類の植物でだんだんと岩の塊みたいに幹はなってそれからひょろひょろと枝が伸び葉っぱを生やすらしい。

 大きさも人の背丈くらいなので作物が日陰になるような大木にはちゃんと管理さえすればならないらしい。

 

 「それに暖かい季節には小さなブドウみたいな果物もできるのよ!あれ結構おいしいわよ甘くて!ただ、あの汁は衣服に着くと取れなくなるのよね、紫色できれいではあるのだけど。」


 そう言ってシェルは自分の服の一部を指さす。緑色を基本とした服だが白や紫のような色も混じっている。

 そう言えば生前田舎の爺さんの所でもドドメとか言う紫の食べ物食った事があったなぁ~。

 あれって桑の実だって聞いていたから、こちらの世界のその植物も似ているのかもしれない。


 「でしたら通路の近くにその木を植えましょうですわ。それとシェル、その果物って特産品に出来ないですかしら?もしたくさん取れるなら絹糸の染色にも使えまして?」


 そこまで言うとシェルは「ああ~!」とか言って手をポンと打つ。


 「染物には使えるわね!エルフの村でも使っていたし!暖かい季節ならその果物の沢山取れるから売るのも顔料にするのも足りるわね!」


 おおっ!

 ここにきてさらに産業に追い風かな!!?


 「でもシェル、さなぎを食べるのだけはやめてよね、そんな習慣がこのティナの町に広まったらかなわないわ!!」


 「だからあたしは食べないって!!あんなまずい物!!」

 

 「でも食べた事有るじゃない!!」


 がるるるる~

 ふしゃーふしゃーっ!!



 また二人でじゃれてる。

 でもさなぎは肥やしにもなるし魚のえさにもなる。



 ん?

 魚のえさ??



 「ゾナー、ここから東の川までどのくらいの距離ですの?」


 「ん?川なら歩いても一日で行けるぞ。馬なら半日もかからんだろう?」


 あたしは地図を引っ張り出す。

 そして川の流れを見る。


 北東から東に流れている川はこのティナの町とホリゾン側をきれいに分断している。

 川はそのまま東の海に流れ出ているけどそちらは確か断崖絶壁のようになっているはず。

 海からこちら側に上がってくるのは難しいその地形の為あちら側はほとんど開発されていない。


 あたしはその川のこちらガレント側を見る。

 水源としてはこの川は使える。

 更にティナの町と川の間には森ではなく草原になっている。


 あたしは考える。

 ここに隕石落として川の水を流し込み人工池を作ってはどうだろうか?

 そして魚の養殖をすれば食糧問題も産業としても使えるのではないだろうか?

 幸いにして魚のえさとなる蚕のさなぎはこれからたくさん出る。


 「ティアナ、川魚、沼魚ってお料理できる職人いましたっけ?それと魚の保存食とか作れる人も。」


 「あれ?保存食ならジルが詳しいわよ?」


 ティアナが答える前にシェルがそう言う。


 「料理は出来る人いると思うけど、ジルが保存食に詳しいの?」


 「狩人だからね、この辺の保存食には詳しいらしいわよ?」


 シェルはジルを弟分のように可愛がっている。

 暇さえあれば弓の使い方や動物の習性などを教え込んでいる。


 だったら行けるのではないだろうか!?


 「それでしたらこれからの事も考えて町の東に養殖池を作りましょうですわ!!」


 人差し指をぴんと立ててそう言うあたし。

 しかしいまいち反応が薄い?


 「エルハイミ、養殖池って何?」

 

 「養殖と言うからには池で魚でも飼うのか?」


 えっ?

 もしかして養殖池知らないの!!?



 あたしは養殖池がどういうものか説明した。



 「なるほど、それは理にかなっているな!!」

 

 「そうかぁ、牛や豚と同じで魚も食用として飼育できるんだ!?」


 どうやら理解してもらえたようだ。

 これでかなりの食料確保もできそうだ!



 「それで、蚕の方は糸取ってそのまま売り出すの?」


 シェルがあたしに聞いてくる。

 しかしそこもちゃんと考えてある。


 「そこはシェルの器用さをまた見込んで、最初期には下着を作るのですわ!!」


 「はぁ?下着!?」

 

 シェルが驚きの声を上げティアナもゾナーも変な顔をする。


 あたしもまだ体験した事は無いけどシルクの下着は貴婦人たちに愛用されるほど良いものらしい。

 衣服に比べて材料の使用量も少ないし、最初から良いお得意様をつかむにはこう言った珍しいものの方が有利だ。

 あたしの考えではまずコルニャのアテンザ様に試作品を送ってそこから広めてもらおうと思う。

 アテンザ様経由なら信頼も上得意様も簡単に得られるであろう。


 そう、つまり宣伝だ。


 うまく話が上流階級あたりに広まれば自然と此処へ買い付けに来る商人が増える。

 貿易ギルドにちゃんと管理させればそのままこの町の収入源になる。


 「でも、虫が作った布で下着なんてなんかやだなぁ・・・」

  

 ティアナは難色を示す。

 しかしあたしはシェルに向かって言う。


 「百聞は一見に如かずですわ、シェル、まだ生地は残っていますわよね?下着くらいの大きさなら作れまして?」


 あたしはかねてからティアナに履かせたい下着のデザインの絵を取り出す!

 それを見たシェルはう~んとか言いながら「横のひもは普通のでいいのよね?」とか言ってる。

 あたしは親指をサムズアップして「勿論ですわ!デリケートな部分は二重でお願いしますわ!!」と付け足す。


 「全く、女の考える事は理解できん。まあいいそっちはエルハイミ殿に任せる。俺は衛兵たちに簡易魔装具の取り扱い訓練をさせる。」


 そう言ってゾナー出て行ってしまった。


 「それではシェル、お願いしますわ!!」


 あたしは大いに期待するのであった。



 ◇ ◇ ◇



 「出来たわよ、エルハイミ。」


 そう言ってシェルは下着を手渡してくれた。

 そこには予想外に二枚もあった。


 「あら?二枚もありますわよ?よくそんなに生地が残っていましたわね?」


 「うん、後で布職人にシルクの完成品の見本としてとっておいたものも使ったの。」


 

 ん?

 なんかシェルの様子がおかしい??



 「ね、ねえエルハイミこれって、き、気持ちいいわね?」



 はぁ?

 どういう事よ!!?



 「シェルまさか貴女!?」


 「うん、実は試しに出来た物を穿いてみたらさらさらして蒸れなくてすっごく気持ちいいの!!」



 なんと!

 先に自分の分まで作っていたのか!!?



 「これ癖になりそう・・・」


 ぽっと頬を染めそう言うシェル。



 どきっ!



 いつも騒がしいシェルが可愛く見える!?

 こ、これはティアナに使えば凄いことになるかも!!



 「ありがとうですわ!またお願いしますですわ!!」


 あたしはそう言ってさっそくティアナの所まで行く!!



 * * *



 「ほ、本当にこれを穿くの?これって虫の糸でしょ??」


 「大丈夫ですわ!毛皮と同じですわよ!!それにちゃんと熱処理されてきれいになっていますから衛生面でも安心ですわ!!」


 そう言ってあたしは自分から下着を脱ぐ。

 そしてシェルの作った下着を穿いてみると・・・



 おおぉぅ!!

 うわさには聞いていたけどほんとにさらさらしている!

 横のひもでもう少し調整するとピッタリと吸い付くように肌になじむ。

 確かにこれは癖になるかも!!



 あたしが穿いたのを見たティアナは仕方なしに自分もはいてみる。

 すると・・・・



 「な、なにこれ!?き、気持ちいい!!?」



 「そうでしょうですわ!?どうですのティアナ?良いでしょうですわ!!」


 ティアナは横ひもをあたしと同じに調節する。

 

 「うわぁ、これ吸い付くようになじむ!なんか下着を穿いているのを忘れそうね!!?」


 そう言って自分の姿を鏡で見る。

 あたしもその横に行って二人して並んで鏡を見る。


 「これは確かに癖になりそうね。うん、これなら売れるわよ!!」

 

 「アテンザ様もこれならきっと満足してくれますわ。それよりティアナ、私頑張ったのですものご褒美はですわ?」


 ティアナににじり寄るあたし。

 ティアナは顔をあたしの顔に近づける。



 ばんっ!!



 「ティアナねーちゃん、エルハイミねーちゃん!シェルねーちゃんから聞いたぞ!保存食作るんだってな!なら俺に任せとけ!村では一番上手に作れるってぇぇぇぇ????」



 下着姿で抱き合ってキスしようとしているあたしとティアナ。



 それを見たジルは真っ赤になって逃げだした!!


 「ご、ごめん!!邪魔した!!シェルねーちゃん!!ティアナねーちゃんとエルハイミねーちゃんが下着姿で変な事してるぅ!!!」


 「ちょっ!ジルっ!!!変な事を大声で言わないでよ!!!」

 

 慌ててティアナは服を着てジルを追いかける。

 一人ポツンと残されたあたしは思う。

 

 

 ご褒美はあぁっ!!!??

 


 

 ティアナがジルを追って行った扉を見ながらあたしはため息をついて脱ぎ散らかしていた下着を回収するのであった。

 

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る