第七章

第163話7-1説得

 7-1説得



 シェルの不器用な慰めだったけど確かに何時までも落ち込んではいられない。

 あたしはやらなければならないことを始める。




 「と言う事でお父様、私はティアナのもとに嫁ぎたいと思います。」


 「いやいやいやいや、エルハイミ、ティアナ殿下は女性だぞ!?何を言い出すんだ!?」


 パパンは額に手を当てふるふると頭を振った。

 ママンは相変わらず孫さえ見れればいいのよ~なんて言っている。


 「いいかいエルハイミ、お爺様が亡くなって混乱しているのは分かる、しかしいくら何でもそんな生産性の無い事に私が同意するわけにはいかないだろう?確かに殿下の元なら訳の分からないどこぞの馬の骨よりずっと安心だ、これが殿下の兄上エスティマ殿下なら文句も無い。しかしティアナ殿下は何度も言うが女性なんだぞ?」


 パパンは旧世代の考えを披露している。

 しかし現代はそんな考えにとらわれてはいけないのだ!

 あたしは現代の考え方や心のつながりによる幸福を解くと説く。


 「確かにティアナは女性ですがその経済力、包容力、指導力、相手を思う気持ちどれをとっても非の打ちどころが有りませんわ!」


 「だからと言ってもなぁ。なあ、お前からも言ってやってくれないか?」


 パパンは困ってママンを見る。

 しかしママンは相変わらずだ。


 「あらあらあら~、私はティアナちゃんでもいいと思うわぁ~孫の顔さえ見れればね~。」 


  「とにかく、私は成人しましたらティアナのもとに嫁ぎます。ハミルトン家にはバティックやカルロスと言う立派な跡取りがいますわ。私も今後は北の砦勤務になります、年に数回は里帰りしますから私も二人をバシバシと鍛えあげますわ!!」


 ふんっと鼻息荒くあたしは言い放つ。

 実際あの二人には魔術の才能はそれほど無く、ボヘーミャへの留学は考えていないそうだ。

 

 しかしハミルトン家を継ぐために鍛え上げる事は必要だろう。

 もしジーナがいてくれればそれで済んだかもしれないが、いない人を頼るわけにもいかない。

 定期的に帰ってきてその都度鍛え上げればいいだろう。



 「それにお父様、知っての通り北のホリゾンは今大変なことになっていますわ。いつ難癖をつけてガレントに手を出して来るかも分からないのです、私もやれることはやっておきたいのですわ!」


 そう、あたしの為ではなくみんなの為に、ティアナの為にやれる事はやらなきゃならないのだ、あたしは。


 するとパパンは真面目な顔であたしを見る。

 

 「エルハイミ、その事なんだが陛下がお忍びで葬儀に来られた折、アコード王子が北の砦に常駐を希望してきたとおっしゃっていたらしい。それほどまでに北の砦は厳しい状況なのか?」


 アコード王子はティアナの父親にあたる。

 そしてアコード王子が常駐を希望すると言う事は王子率いる第一軍も北の砦に常駐すると言う事である。

 ガレント軍の第一軍は独立遊撃部隊で精鋭の集まり、数こそ少ないものの戦場ではいち早く敵軍の出鼻を崩すのを得意とする。

 

 「お父様それは本当ですの?するとホリゾンに動きが有ったのですの?」


 「いや、ホリゾンにはまだ動きは無いらしい。しかしやはり北の砦が要になると言う事は明白。有事にいち早く動くには最適な場所だろう。」


 戦略的にはあの場所はガレントにとってもホリゾンにとっても非常に重要な場所となる。

 ホリゾン側はもう少し北に行けば険しい山岳地帯に入るし、南のガレント側は針葉樹の森が広がっている。

 森を抜ければ衛星都市コルニャがすぐそこにあるし西に行けばホリゾンから連なる山を背景にノルウェン国がある。

 

 ガレントを攻めるために軍を配置すればすぐにわかってしまうし、拠点としては最適の場所だ。

 本来ゾナーがそこにホリゾン側の砦を作り拠点にするつもりだったのが今次の勝負で敗れティアナのモノになってしまった。

 ホリゾンにしてみれば大きな痛手だろう。


 「お父さんはな、無詠唱の使い手として、国の防人としてそんな危険な場所に娘が勤務するのは心配なんだよ。お前が優秀なのはよくわかっている。しかし戦は優秀なだけではどうにもならないんだよ。」


 十数年前の北陸戦争はパパンもママンも体験している。

 その時はママンの活躍で敵軍が引いて行ったと聞いている。


 しかしそれもこれも元をただせば秘密結社ジュメルのせいである。


 そちらの問題については師匠たちが動いてくれている。

 何かあればあたしも勿論手伝うつもりだ。

 しかし今は北の砦の態勢を整えるのが最優先だ。


 「お父様、心配は分かりますわ。しかし私たちにはそれを抑制する力が有りますわ。私とティアナ、そしてマシンドールが防人としてその力を国の為に役立てますわ。」


 あたしのその言葉にパパンはため息をつく。


 「ふう、頑固な所は誰に似たのやら。しかし何度も言うが親より先に死ぬような事だけはしないでくれよ、エルハイミ。それと、嫁に行く行かないの話はせめて成人を迎えてからにしてくれ。確かにティアナ殿下は良き人だ。だが今は結論を急がないでくれないか?」


 ぬうぅ、この親父まだわからんのか?

 あたしはもう一度ティアナのすばらしさについて解こうとするとママンが割って入ってきた。


 「あらあらあら~、あなたもエルハイミもとりあえず落ち着いて。ティアナちゃんとの約束はエルハイミが子供産めるようになるなら認めるって事になっているし、エルハイミはもう時間だけは沢山あるのでしょう?」


 え?

 ママン、気付いているの!?


 「ユリシア、どういうことだ?」


 「あらあらあら~、バタバタしていてまだちゃんと紹介してもらっていないけど、あのエルフの子ってエルハイミのパートナーなんでしょう?」


 うーん、流石ママン、すべてお見通しか。

 あたしは観念して話始める。


 「お母様の言う通り私は『時の指輪』をはめていますわ。しかし事情があってこの指輪は私かシェルのどちらかが死なない限りはずれませんの。」


 「エルハイミ、そんな。」


 「あらあらあら~、あなた、エルハイミはもう自分で決めて自分で行動を始めてますわぁ~。私たちが何を言っても聞かないでしょうに。それにエルハイミは既に関わってしまってますのよ、運命に。」


 パパンは改めてママンを見る。


 「あらあらあら~、ちゃんと説明しないといけませんね~。英雄ユカ・コバヤシに鍛えられている時点で次の英雄候補なんですよ、この子は~。それに始祖母ライム様に関わっているって事はもっと他の事にも関わっているんでしょう?だからエルハイミ、お母様はあなたが幸せだと思えるのならばそれでいいと思ってますよ~。ただ、何かあったり疲れたら遠慮なくここに戻ってきなさいね~。お母様はあなたのお母様なんですからねぇ~。」


 緩やかににこにこと言う。

 相変わらずだなぁ。

 やっぱママンはすごいや。


 「そうか、英雄ユカ・コバヤシにか・・・ 全く難儀なことだ。」


 パパンはそう言ってため息をつきこう言う。


 「わかったエルハイミ。お前はもう決めているんだな?ならばこれ以上はもう言うのをよそう。微力ながらお前の幸せを祈るよ、そしてユリシアが言った通り何かあれば遠慮なくここへ戻っておいで。ここはお前の家なんだから。」


 あたしはただ頭を下げて「はい」とだけ言った。



 * * * * * 


 『ずっと黙っていたけど、あれでよかったのエルハイミ?』


 「私にはシェルやシコちゃんと同じく時間だけは出来ましたわ。だから他の人の為にやれる事をやる。それが私の今の目標ですわ。」


 そう言えば戻ってきてからまだシコちゃんやシェルの事もちゃんと紹介してなかったっけ。

 後でちゃんと紹介しなきゃだなぁ。


 そんなことを思ってシェルが待つ部屋へ向かうとバティックやカルロスが部屋の前でうろうろしていた。


 「どうしたのですの、あなたたち?」


 「あ、姉さま!」


 「姉さまの部屋にいるあの人エルフなの?きれいな人だよね?」


 困り顔のバティック、にこにこ顔のカルロス。

 どうしたのだろう?


 「シェルがどうかしまして?」


 あたしの質問にバティックは扉をもう一度見てから答える。


 「うん、姉さまが忙しいから僕たちにあのエルフの人が聞いて来たんだ、水浴びがしたいからたらいに水をくれって。でもうちはお風呂あるからお風呂に入るように言ったら熱いお湯に入るのは嫌だって言うんだ。それでどうしたらいいか困って。」


 「またシェルの奴わがまま言っているのですの?仕方ないですわね。」


 そう言ってあたしは扉を開けて部屋に入る。

 するとシェルは香りのいい香油を自分につけている所だった。


 「あ、エルハイミ話は終わったの?」


 「ええ、終わりましたが弟たちにまた無理なこと言ったのですの?」


 バティックとカルロスはあたしの後ろに隠れながらシェルをチラ見する。

 

 「無理な事かな?水浴びしたいから桶と水をお願いしたんだけど?もうしばらく水浴びしていないので流石に気持ち悪くなってきたわよ。」


 「水浴びじゃなくてお風呂に入ればいいじゃないですの?うちには湯船付きの大浴場が有るのですわよ?」


 するとシェルはあからさまに嫌そうな顔をする。


 「え~、お湯につかるのってあっつくない?なんか鍋で煮られているようで嫌なんだけど。」


 「そんなことはありませんわ。ここはユグリアから比べればだいぶ涼しい地域ですわ。お湯につかるのはとっても気持ちいですわよ?」


 と、あたしはふとあることを思いつく。

 どうせ今後北の砦でも湯浴みはしなきゃならないんだ、今のうちにシェルを教育しておこう。


 あたしはバティックとカルロスを見やりにっこりとほほ笑んでこう言う。

 

 「百聞は一見に如かず、今の時間は浴場は誰もいないはずですわ。シェルに慣れてもらうために今からみんなでお風呂に入りましょうですわ!」


 「「「ええっ!!?」」」


 驚く三人だけど、裸の付き合いってやつよ。

 バティックもカルロスもまだ七つくらいだからいいよね?




 あたしはシェルを捕まえバティックとカルロスを連れて浴場に行くのであった。

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