第102話5-8イチロウ・ホンダ


5-8イチロウ・ホンダ



 午後になりあたしたちは「緑樹の塔」に来ていた。



 師匠に頼まれていたお使いでもあるイチロウ・ホンダさんに試作の鰹節を渡さなければならないのである。

 あたしたちは一階のカウンターで来訪した旨を伝えてもらう。


 「それじゃ、こっちの応接室で待っていてくださいね。」


 そう言って職員のおばちゃんはお茶を出してくれながら応接室で待っているよう伝える。

 待つことしばし。


 「俺に用事があるってのはあんたらかい?」


 そう言って部屋に入ってきたおっさんはぶっきらぼうに言い放つ。

 見た感じ三十路過ぎくらいのいかにも頑固そうな職人風だ。

 

 「お初にお目にかかりますわ。エルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトンと申しますわ。こちらはティアナ=ルド・シーナ・ガレント、アンナ=ドーズ、ロクドナル=ボナー、ソルミナ、そしてフェアリーのマリアとマシンドールのアイミですわ。師匠のユカ・コバヤシより預かりものを持ってまいりましたわ。」


 「俺はイチロウ・ホンダだ。そうか、ユカさんからの預かりものか。早速だが見せてもらえるかい?」


 あたしは風呂敷包みの箱を渡す。

 イチロウさんはありがとよと言ってその包みをその場で開く。


 「エルハイミ、師匠の言っていたカツオブシって何?」


 「えーと、魚の燻製みたいなものですね?」


 覗き込むティアナ、つられて他の人も覗き込む。

 イチロウさんは箱を開け、鰹節を二つ取り出す。

 そしてそれを左右の手に持って打ち合わせる。

 

 カン、カン


 「うん、流石ユカさんだ、いい出来だ。」


 イチロウさんは他のも同じく打ち合わせてみる。

 

 カンカン!


 「それ、何してるんですか?それに随分と堅そうなんですけど、本当にそれって魚ですか?」


 興味深々なティアナ。

 イチロウさんはこちらに顔を向けてニカッと笑う。


 「嬢ちゃんは鰹節見るのは初めてか?これはな固ければ固いほど出来がいいんだよ、しっかり芯まで乾燥しているから旨味がギュッと詰まっている。こうして打ち鳴らすことによって乾燥具合が分かるんだよ、金属音に近いくらいのは最高に良いやつだ。」


 そう言って一つティアナに渡してくる。

 それを触ったティアナはまるで乾燥した木材のようなそれに驚く。


 「エルハイミちゃんだっけ?ご苦労さんな、助かった。これで課題の和食の素材がそろったよ。」


 「和食ですの!?」


 「お?和食を知っているのか?そうだよ、俺やユカさんの故郷の料理だ。幸い近い素材はこの世界でも手に入るんだが全部自分たちで一からやらなきゃならないんでね、時間がかなりかかった。」


 そうするとこの人があの食べ物をこの世界に伝えたのか?

 

 「もしかしてたこ焼きとか、最近スィーフで栽培されているお米って・・・」

 

 イチロウさんは再びニカッと笑って首を縦に振る。


 「おう、そうだよ。俺が教えた。コメは品種改良に時間が掛かったが、この三十年でやっとそれらしくなってきたからなぁ。」


 え?

 三十年??


 「あの、失礼ですがおいくつなんですの?お見受けいたします限り三十路過ぎくらいのようなのですが?」


 「お?そうか、俺は今年で六十になる。俺の嫁さんのおかげで年とらねえんだけどな。」


 え、それって??


 「もしかして奥様はエルフの方ですか?」


 アンナさんがイチロウさんに聞いてみる。

 イチロウさんは頭の後ろをかいて今度はちょっと恥ずかしそうに笑う。


 「おう、よくわかるな。アレッタってエルフなんだけどよ、あいつのおかげで年取らなくなってんのよ。」


 「アレッタの旦那さんでしたか!」


 ソルミナ教授が驚く。

 どうやらアレッタさんとお知り合いのようだ。


 「お?そっちのエルフの嬢ちゃんはうちのを知っているのかい?」


 ソルミナ教授はええ、と言いながら視線を外す。


 「ソルミナ教授、お知り合いだったんですか?」


 「いえ、その、以前何度か兄の様子をのぞき見したくて内緒でエルフの里に戻った時、ここでアレッタには会いました。エルフの村にいた時より胸が随分と大きくなっていたのでどうしたと聞いたら人間の男性と一緒になって住んでいると。」


 ああ、エルフの村以外で胸の大きなエルフに会ったって話の。

 そうすると恋人にマッサージされて大きくなったって話の・・・・


 ん?

 そうするとその旦那さんはイチロウさんだから・・・


 自然と女子たちの視線がイチロウ・ホンダさんに集まる。

 みんな少し顔を赤らませて。

 その視線に気付きイチロウさんはちょっとたじろぐ。


 「そうなんだ、イチロウ・ホンダさんが。」


 「さぞ奥様を大事になされているのですね。」


 「アレッタがうらやましいです。」


 女性陣のいろんな意味を含んだ言葉にイチロウさんは赤くなる。


 「よせやい、そんなのぁ普通だ。そんな事よりちょうどいい、鰹節を試してみたいからお前さんたちも昼めし食っていきな。」


 そう言ってイチロウさんは鰹節を持って立ち上がる。

 どうやら厨房に向かうらしい。

 あたしは他の事もあってちょっと気になるのでイチロウさんに許可を取って厨房で見学させてもらうこととなった。

 他のみんなはどうやらここで待っているらしい。

 それはあたしにしてみると好都合だ。


* * *


 あたしはイチロウさんにくっついて行って厨房に行く。


 「えーと、イチロウさんはこの世界に召喚されたのですわよね?」


 「ああ、そうだ。ユカさんから聞いてねえか?」


 「ええ、聞いていますわ。それで、どんな感じでこちらに召喚されたか覚えていますかしら?」


 「そうだなぁ。」


 イチロウさんは仕事のために手は動かしながらその記憶を呼び起こす。

 

 召喚された頃、当時戦争が終わって日本全国が復興の為徐々に回復を始めていた時代だったらしい。

 イチロウさんはそんな中、料理を勉強してみんなにたらふく飯を食わせるのが夢だった。

 その為いろいろな料理を覚えるのに日本全国を周っていたとか。

 しかしそんな中、野宿で祭りの神社で境内に寝泊まりしていた時に召喚されたらしい。

 

 「まあ、驚いたよ。俺を召還したのは北の方の国だったが、右も左もわからない中ユカさんに助け出されたってわけよ。」


 当時はまだ魔人戦争終結の後だったらしく各国もごたごたしていた中にあってイチロウさんは何故か異世界から召還をされた。

 誰に召喚されたか聞いてみても、当時のイチロウさんは事情が分からないので黒ずくめの連中としかわからない。

 ただ、師匠が訳の分からない集団だと言っていたのは覚えてるとの事だ。


 「そうですか、ありがとうございますですわ。それと、イチロウさんには私の秘密をお伝えいたしますわ。他の人には内密にお願いしますわ。」


 そう言って改めてあたしは日本語で挨拶をする。


 『ホンダイチロウさん、改めましてごあいさつ申し上げます。私はエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトン。前世に須藤正志という者の記憶を持った転生者です。』


 日本語でしかもあたしの正体を聞かされたイチロウさんは驚きのあまりその手を止め、あたしを見る。


 『日本語なんて久しぶりだ、しかも嬢ちゃんも元日本人かい?名前からすると男か?』


 『記憶と魂は元男性のそれですが、今は見ての通りこちらの人間で女の子です。意識はもう女の子のそれですよ。』


 あたしはちょっと苦笑してそう伝える。

 イチロウさんはちょっと複雑な表情をしたが、納得してそうかとだけ言った。


 『ユカさん以外に日本人には会った事無いがこれが初めてかな?しかし、あんたの場合転生か。そうすると召喚じゃないんだな?』


 『ええ、あたしの場合は仕事で海外に行っていたときにテロリストに殺されて気付いたらここに居ました。どうやってこっちに転生したかはわかりませんが。』


 イチロウさんはそうかとだけ言った。

 しかし一番聞きたかったことはこれで分かった。

 イチロウさんが召喚された時は魔人戦争後だった。

 しかも北と言っていたから間違いなくルド王国あたりだろう。

 しかも師匠の言っていた訳の分からない黒の集団が関わっていたっぽい。


 『まあ、俺は今の生活を気に入ってるし、こっちの世界でも皆に旨い物食わせられるならそれでいいんだがな。とりあえず鰹節が手に入ったからな、焼うどんを作ってやる。食ってけよ。』


 『焼うどん!!?』


 それあたしの大好物!!

 生前飲み屋でも必ず締めに頼んでいたやつ!!

 まじっ!?


 

 『ぜ、是非ともおねがいしますぅぅううっ!!』


 

 あたしは心からお願いするのであった。 

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