第76話4-13ユカ・コバヤシ

4-13ユカ・コバヤシ



 「のきゃぁぁああぁぁっっ!!」



 師匠の一撃でとうとう最後の俺も吹き飛ばされ気を失う。

 ほぼほぼ毎日こんな感じかな、最近は?

 薄れ行く意識の中、ここ数カ月でさらに厳しくなったんじゃないかと思う。

 ああ、もうだめだ。

 そして意識が飛んだ。



 『ふがいないですわね、まったく、これでも元日本男児なのかしら?』


 うっすらと意識が戻るころ懐かしい日本語で罵倒される。

 

 『無理っすよ、師匠と同じになんて出来ないっすよ。』


 『あら、意識が戻ったかしら?タフな所はこちらの人間の体だからかしら?まあ、いいわ、そろそろ他の子も目を覚ましますわね。貴女も元日本人男児せめてほかの子には負けない気迫くらい見せなさい。』



 かなりきついお叱りで完全に意識を戻させられる。



 「師匠、やはり無理ですわ。英雄と言われる師匠と私たちでは根本が違いますわ。」


 『ふう、完全に目覚めたらこちらの言葉の方が先に出ますようですわね。やはり貴女は徐々にこちらの人間になってきているようですわね。』


 ため息をつきながら師匠はそう言った。

 何のことだ?

 俺がこちらの人間になっていると言う事は?


 『まあいいでしょう、同郷のよしみで教えておいてあげないと貴女もそれに気づいた時に混乱するやもしれませんからね。良いですか、須藤正志さん、貴女はもうその男の記憶を持っているだけでこちらの少女、エルハイミと言う女の子になっているのですわ。』

 

 『そりゃあ、女の子に生まれ変わっているんですから、エルハイミと言う少女ですよ俺は。』


 『いえ、あなたはまだちゃんと理解していないですわ。いいですか、これから先その少女の体の成長と共に須藤正志と言う男性の記憶は情報でしかなく、あなたの意思自体はエルハイミと言う少女のモノに変わっていきますわ。』



 何を言っているのだ?


 俺は須藤正志でエルハイミなんだから何が違うんだ?

 俺がエルハイミになって須藤正志が記憶の情報にしかならない?

 じゃあ、今ここにいる俺って何よ?



 『師匠、じゃあ俺は何なんですか!?』


 『残酷なことを言います、あなたはエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトン以外の何者でもなく、間違いなくこちらの世界の人間です。』




 そう言いきられて俺は、あたしは体の中に何か風が吹き抜けたような気がした。


 あたしはエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトン。


 須藤正志だったあたしはもういない。

 それに気づかされた。




 『師匠、それってあたしはもう・・・』


 『やっとわかりましたようですわね。エルハイミ、あなたは前世の記憶に振り回され須藤正志と言う男性を演じる必要がもうないのですよ。この世界でエルハイミと言う少女は年齢以上の頑張りをしているのですわよ。』


 優しい師匠の日本語に俺は絶句する。

 それと同時になぜか涙が出てきた。



 それはとどまることも無く、あたしは年相応の少女のように大泣きを始めた。



 師匠に言われてはっきりした。

 あたしの精神年齢は前世の記憶のおかげで三十代後半くらい。

 でも、本当のあたしは八歳の少女。

 


 大泣きをするあたしを師匠は優しく抱きしめてくれた。


 『エルハイミ、今は良いのですわよ。やっとその事実を受け入れ本当の自分に気付いたのですから。貴女の頑張りは見ていてわかっていますわよ。でもね、それを認めて貴女は初めてちゃんとした人間に、女の子になるのですわよ。』


 あたしの大泣きにティアナたちが意識を取り戻す。

 控えていたマリアやアイミもこちらに来た。


 「エルハイミ、いったいどうしたのよ?」


 「エルハイミちゃん?」


 「エルハイミ殿?」


 「エルハイミ~、どっか痛いの?」


 ぴこぴこ?


 みんなに囲まれたあたしはそれでも師匠に抱かれてその胸に顔をうずめて泣いている。



 ごめん、みんな、今はもう少し泣かせて。



 優しく髪の毛を撫でている師匠はみんなを見渡しながらこう言った。


 「今は泣いていますが、エルハイミはこの後別人のように強くなります。あなた達も頑張りなさい。」


 みんなは師匠の言っている意味を理解できないと思う。

 でもあたしにはたったこれだけのことでこの世界がまるで違ったもののように感じていた。

 どうにか泣き止んで、師匠の胸から顔を起こす。

 まだしゃっくりが出るけど、どうにか落ち着いた。


 最後にポンと師匠に頭を撫でられてあたしは涙をぬぐう。


 「師匠、ご迷惑をおかけしましたわ。でももう大丈夫ですわ。」


 そう言って立ち上がる。

 

 「もう一本お願いしますわ、師匠!」


 師匠は無言でうなずきみんなにはなれるように言う。

 あたしは師匠に対峙するも、今までとは全く違った感じがする。



 「行きます。」


 師匠はそう言っていきなり【炎の矢】を数十本あたしに目掛けて放つ。

 でも、あたしにはそれが緩やかに飛んでくる魔力の塊にしか見えない。

 あたしは片手をあげてそれらをもとの魔力に戻して吸収する。


 次いで師匠が居合切りで発生させた衝撃波も波動だから同じくらいの波長の衝撃波を周辺に有るマナを使って作成してぶつける。

 すると衝撃波同士がぶつかり大きな音を立てて霧散する。


 「なっ!!」


 「どういうことですか!?」

 

 「エルハイミ殿!?」



 横で見ていたみんなは一連の攻防に驚く。

 そりゃぁ、あたしだって同じ立場なら驚くよね?


 

 でも、今のあたしにはこれは当たり前のことにしか感じない。



 「ふう、エルハイミ、とうとう気付きましたね?」


 「はい、師匠。これが魂と体の同調ですわね?」


 「合格です!」


 師匠は ちんっ と音を鳴らせて刀を鞘に戻す。

 にこりと笑ってみんなを呼んであたしに向かって言葉にできるか聞いてきた。


 「魂と体の同調、これが英雄と呼ばれる人たちの強さの秘密ですわ。英雄と呼ばれる人はもともと魂が女神様たちと結びつきが強い、でも魂と体の結びつきは必ず強いとは言えませんわ。だからぎりぎりの環境の中でその結び付きを強くする、つまり意思の力で結びつきを強くするのですわ!」


 「その通り、最も言葉にして直ぐに出来るものではありません。私が教えてきた子たちもエルハイミ程しっかりと理解できていず、感覚的にしか理解できていない子の方が多かったようですが。しかし、使いこなせれば破格の力が手に入ります。」


 師匠はそう言って手のひらに【炎の玉】を出現させる。

 今までは自分の魔力だけでそれを作っていたように見えてけど、今のあたしには師匠は可能な限り近くのマナを引っ張り寄せて足らないほんのわずかな部分だけ自分の魔力を使って具現化させているのがすぐ分かった。



 万物に宿るマナはもともと女神様たちの有り余った魔素が元になっている。

 英雄足る人たちの目には魂を同調させることは女神様たちとつながることと等しいのでそのマナ自体が見えるし簡単に意思だけでマナを魔力に変え、必要な効果に具現化できる。


 まさしく女神の御業の神髄そのものなわけだ。



 「ですから、その逆も可能と言う事ですわ、まさしく魔力の回収ですわね、師匠?」


 そう言って俺は師匠の手のひらにある【炎の玉】を魔力に戻し自分の体に吸収して見せる。


 「よくできました。後はそれが常にできるまでもう少し鍛えて上げます。他の子もエルハイミに近づくまでどんどん鍛えますので覚悟しておくように。」



 ええっー!!


 ティアナたちの悲鳴が上がる。

 でも、こればかりは師匠の言う通り言葉だけで理解できるわけじゃない。

 ティアナたちには頑張ってその境地にまで辿り着いてもらわなきゃいけないもんね。



 あたしは騒ぐティアナたちを見ながら笑うしかなかった。 

  

 

 

 

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