第5話1-4書庫

1-4書庫


 あれから一年近く経っただろうか?



 毎晩お話を聞き、いろいろと観察をしていた俺はこの屋敷に書庫があると言う事に気付いた。


 お話は語ってくれる人によって内容が微妙に変わってくる。

 もう少し精度の高いお話を聞きたいのだが、こればかりは仕方がない。


 母親のユリシア=ルド・シーナ・ハミルトンは毎晩お話をせがむので最近は本を持ってきて聞かせてくれる。

 そしてこの世界にも本があり、文字があるのを再認識したわけだが。

 よくわからない文字と挿絵のある本は非常に興味深い。



 孫娘大好きな俺のじーちゃんになるイーガル=ルド・シーナ・ハミルトンは去年あたりにその伯爵の地位を息子である俺の父、ホーネス=ルド・シーナ・ハミルトン明け渡し隠居となった。


 ここって伯爵家だったのね~。

 道理でお金持ちなわけだ。


 しかも王族の血縁者ときている。

 そんな訳で、お屋敷と言うよりお城に近い。

 なのでいろいろなものがあるわけだが、その中に書庫もあったわけだ。


 最近は爺様が暇になったおかげでよく遊んでくれる。


 今日もお話を聞かせてとおねだりしたら、ネタが尽きたのか書庫に行ってお話用の本を取ってくるとか。

 それを聞いた俺はすかさず本を見たいとおねだりした。

 孫娘に弱い爺様はにっこり顔で俺を書庫へと連れて行ってくれた。


 「おじい様、私たちのおうちにご本がいっぱいあるなんてとっても素敵ですわ!」


 「うむ、エルハイミよ、ここには大切な本もあるから、汚さないように気を付けるのじゃぞ。」


 「はい、おじい様、わかりましたわ!」

 

 「おお、エルハイミはいい子じゃの!」


 と、他愛のないような会話だが、貴族の教育のせいかどう考えてもかなり上品な話し方、しかも女言葉になっているようだ。


 前にメイドたちが使っていた言葉を真似したら怒られた。

 どうも上級言語と下級言語と言うものがあるらしく貴族は下級言語を使ってはいけないらしい。


 文章の構成自体は同じなのだが、言葉一つ一つがほぼ別物で例えば母親を上級言語で呼ぶと「お母さま」となり、下級言語で呼ぶと「かーちゃん」となるらしい。


 まあ、その辺はおいおい覚えるとして今は会話ができるようになることが先だった。

 おかげでお上品な言葉使い、しかも女言葉になっているらしい。


 

 ・・・今は女の子だけど。



 うーん、教わった言葉で話す限り間違ってはいないはずなので良いのだろうけど、言葉一つとってもこれじゃあまだまだ覚えなきゃならないことはいっぱいあるなぁ。



 で、書庫についた俺は扉の奥につらなる本棚に思わず圧倒された。


 「うあぁ~、おじい様すごい数のご本がいっぱい並んでますわぁ!」


 「うむ、エルハイミよ、ここにはこのガレント王国衛星都市のなかでも最大の書物が保管されているところじゃ。我がハミルトン家の書庫は王都の書庫にも引けを取らぬものなのじゃぞ!」


 エッヘンと胸を張って自慢するじーちゃん。

 確かに書庫とはいってもほぼ図書館状態のここは中二階を入れれば何万冊と言う本が保存されていそうだ。

 まだ文字を読めない俺にとっては宝の持ち腐れであるが、文字が読めるようになれば情報の宝庫となる。



 情報戦は重要なのだよ、諸君。



 さて、そうは言ってもまだ文字が読めない俺は爺様にくっついてちょこちょこと歩いていく。

 そして爺様は不意に右側のカウンターに声をかけた。


 「ヨバスティン、子供向けの童話の本はどこじゃ?」


 と、カウンターで本の整理をしていたらしい二十半ばのメガネをかけた典型的な図書委員は直立して右手を胸の前に持ってきて角度四十五度で見事なお辞儀をした。


 「これはこれは、イーガル様。このようなところへご足労いただくとは。童話の本でしたら手前奥三列目の棚がすべてそれになります。よろしければご案内いたしますがいかがいたしましょうか?」    

 

 「うむ、頼む。エルハイミやこの者は我がハミルトン家の書庫番人をしておるヨバスティンじゃ。」



 俺は爺様に紹介された青年に向かってドレスのすそを上げ、軽く会釈して挨拶をする。


 「エルハイミです。ヨバスティンさんよろしく。」


 「おお、エルハイミよ上手に挨拶できたな、いい子じゃ!」


 ほっこり顔の爺様にこの青年もこちらに向かって右手を胸に当て爺様同様深々と挨拶をしてきた。


 「これはこれはエルハイミ様、私の様な者にさん付けなど不要にございます。どうぞヨバスティンとお呼びください。」


 「では、ヨバスティン、私はお話が大好きですの。特に最近は神代から古代魔法王国の伝説が大好きですの。だからそう言ったお話の本を探してくださいましな。」


 そう言ってお母様に習ったしぐさをまねて口に軽く手を当て軽くしゃがんで直ぐに立つ。

 この動作は男性に軽い挨拶や謝意を表す行為だとか。


 「おお、エルハイミや、もうそんな挨拶もできるようになったのか!良い良い、ヨバスティンよ、とびきりの伝説の本を探すのじゃぞ!」


 「はっ、おまかせあれ。でしたら、そうですね、まずは古代魔法王国の建国王の伝説などいかがでしょうか?」


 「あら、面白そうですわ、ぜひお願いいたしますわ。」

 

 そう言って俺は営業スマイルでにこっとする。背景にはちゃんとピンク色の壁紙とお花を準備してキラキラフォーカスも付けておく。

 爺様含めヨバスティンも軽くほほを染めほっこりとだらしない笑みを顔に張り付け感動している。



 ふっ、ちょろいものだぜ、だてに女の子四年近くやってないぜ!


 ・・・なんか最近こういうのだけは上手くなってしまったなぁ。



 さて、サービス終了して張り切るヨバスティンを筆頭に本棚へと歩み寄る。

 本棚には区分の為か一番端っこに文字が刻まれている。三列目の本棚に差し掛かるころ、ヨバスティンは爺様に少々お待ちくださいと言って脚立を持ってきて上の方から数冊の本を選び出した。


 「この三冊がエルハイミ様にはよろしいかと思います。一つは天秤の女神が建国王に魔法の秘密を授けるお話。二つ目は建国王の冒険譚。そして三つ目が古代魔法王国エグザイム建国のお話です。」


 そう言って一冊目の本を開きこちらに見せる。

 

 俺、まだ文字読めないんだけど・・・


 しかし挿絵なども入っており面白そうではある。

 俺はそれを期待のまなざしで爺様に向けて子猫のようにして懇願する。


 「おじいさま、エルハイミはおじいさまに直ぐにこのご本を読んでいただきたいですわ。」


 うるうると懇願するその様に爺様あっけなく陥落。


 「任せておけ!エルハイミよ!すぐに読んでやる!ヨバスティンよ閲覧席を準備せえ!それと茶の用意も忘れるな!」


 「は、直ちに準備いたします!」


 そう言ってヨバスティンは閲覧用のテーブルと椅子、程よい明りの魔法を定位置にかけ、メイドたちに連絡してお茶の用意もさせた。



 むう、なかなか手際が良いな。意外とやれるやつなのかな?



 「お待たせいたしました、イーガル様、エルハイミ様。どうぞこちらへ。」


 そう言って椅子を引いてくれた。俺は例のちょこんとしゃがむお辞儀をしてから椅子に掛けた。

 ヨバスティンは爺様にも同様に椅子をすすめ爺様の前に用意された閲覧用のやや斜めのテーブルに本を置き、背表紙を開いた。


 「エルハイミ様、お熱いのでお気を付けくださいませ。」

 

 そう言われてメイドにお茶を出してもらってこっちも準備万端。


 「では、エルハイミよ、読んでやろうか。」


 爺様はそう言ってメガネをかけ本を読み始めた。


 俺は爺様の横でワクワクしながら聞き始めた。





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